杉野颯太Ⅰ-4

 まだ初秋をすこし過ぎた時期のため、夜はそこまで早くはない。ただ空に雨雲が広がれば、いつもよりは近く闇を感じさせる。けれども、玄関を出た颯太を待ち構えていたのは鬱々たる暗雲の残滓ではなく、切ない夕暮れだった。板のようだった雲はまばらになり、橙色の夕日が世界を満たしていた。あれだけ長く続いていた灰色の乱雲は、いつの間にかその姿を完全に消し去り、代わりにあまりにも鮮やかな夕焼けを残していった。


 その赤と橙色のコントラストに彩られた空があまりに綺麗で、颯太は言葉を失った。黄昏が混ざり合い、染められた街並みがどこか淋しげで哀愁を漂わせていた。遠くの工場が動いているのだろうか、煙突から白い煙が一筋、空へと昇っていた。


 寂しい街だと思う。


 町はずれには大きな実験施設が建ち並んで、世間からは一線の研究都市みたいな呼び方をされているが、住んでいる颯太にとってはとくにこれといった特徴のないただの田舎町だった。町の発展を見込んでか、大都市をまねて整理された区間や建てられた病院も、代り映えのしない人口から滑稽でしかなかった。それどころか少子化の影響を受けてか、年々居住する人は減っていた。コンビニの窓に貼られた、ほとんどのすべての時間帯に募集がかけられているバイトのポスターが、それを示していた。


 そんな街中を男2人と女1人が仲良く会話するわけでもなく、仏頂面のまま黙々と闊歩している。奇妙な光景だった。


「ねえ、颯太。どこに行くの?」


 しびれを切らしたのか優花が不安げに訊ねてきた。颯太は「ああ」と曖昧な返事をしただけだった。優花はしばらくその後の言葉を待っていたが、答える気がないとわかると、あきらめたのかふたたび黙り込んでしまった。


 俺はあいつをどこへ連れて行こうというのだろうか?


 自分でも疑問に感じていた。最初は人目のつかないような路地裏にでも連れていき、殴ってやろうかと思っていた。ただ気に入らないからという理由で傷つけようとしていた。だが、いざ学校の外に出るとそんな気持ちはどこかへ消えてしまった。出会ったときに生じた憎悪にも似た激しい感情は、秋の雨雲とともにどこかへ流れ、消散してしまっていた。


 神那があまりに素直についてきたので拍子抜けしたというのもあった。いくらクラスメイトとはいえ、初対面の人間にいきなりついて来いと言われてそれに従うだろうか。あいつには警戒心というものがないのだろうか。


 颯太は神那の表情を盗み見た。彼はきょとんとした面持ちでこちらを見つめ返してきた。そこにはなんの不安も敵意もなかった。


 このまま彼を介抱すべきだろうか。


 颯太は迷っていた。


 だが、いまさら振り上げたこぶしを収めることはできない。そうしてしまうと負けを認めたようで癪だった。


 結局目的を失った颯太は、その宙ぶらりんになったこぶしの行く先を探すため、あてもなく街をうろつく羽目となってしまった。誰もがどこに向かっているのか理解していなかった。ただ皆が疑問を持っていたのに、それに対する異議を誰1人言及しようとはしなかった。

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