108:帰還

「――だいたいねえ、存在からして意味不明じゃないですかあのクソ鮫ジジイ! メトロ獣だか魔獣だか知んないけど、穴ぐら生活のくせにあたしより勉強できるんですよ! 修行と称して素潜りと一緒に微分積分やらされたときなんて脳みそごと溺れ死ぬところでしたよ! 」


 ぴったりしたウェットスーツからボロボロの狩人ジャージに着替え直したウツキが、愁のすぐ前を歩きながら延々とぶつくさ愚痴っている。三階に上がってからもずっとこんな調子だ。


 コンパスが使えないざっくりとしたマップしかない、という迷子濃厚な四階の道中だったが、ウツキの先導によってわりとあっさり三階への階段が見つかった。あとはマップに従って来た道を引き返すだけ、何事もなければ二時間とかからずに地上に出られるだろう。


「あの、ウツキさんって【羅針】持ちですか?」


 メトロの中は富士山の樹海かという風に方位磁石が使いものにならない。必然的に方角がわからなくなるが、それでも人の出入りの多いメトロではマップづくりが必須の課題となる。そこで役立つのが、【羅針】という菌能だ。


 〝細工士〟や〝付術士〟など複数の菌職で習得例のあるメジャーな能力で、まるで渡り鳥か故郷の川に帰るシャケかという風に、メトロの中でも方角の感覚を常に保っていられるらしい。マップづくりだけでなく道に迷ったときや初見のメトロへ踏み込むときなど、探索においてはヘタな戦闘系スキルよりも役に立つはずだ。


「いえ、あたしは持ってないですよ。師しょ……あのクソ鮫は持ってましたけど」

「そのわりに全然迷わなかったっすね」

「師……クソ鮫に弟子入する前は、よくこのへんうろついてたんで」

「不人気メトロなのに?」

「まあその……いろいろあったんですよ、人が少ないし景色はロマンティックだし」


 男か。


「それで、ちょっぴりバッティングっていうか、あたしめぐって激しめにトラブっちゃって」


 何股かけていたのか。


「そんなときにここで……師匠と会って、あちこち旅してるっていうからついていくことにしたんですけどね」


 つまり男でトラブってコマゴメに居づらくなったので旅鮫の押しかけ弟子になったわけだ。思った以上にろくでもない経緯だ。


「でもまあ、ほとぼりも冷めた頃だろうし、ちょうどよかったんですよ。いつまでもあのメチャクチャな鮫野郎の下について回遊魚生活なんか送ってたら、この玉の肌に鱗でも生えちゃうところだし。また無茶振りでもされたら命がいくつあっても足りないし。だから別に……寂しくないし……」


 愁からはウツキの表情は見えない、それでも肩を落とした彼女が洟をすする音は聞こえる。

 タミコがぴょんっとウツキの金髪頭に飛び移り、慰めるようにぽんぽんとする。ウツキはタミコの尻尾で涙と鼻水をごしごし拭い、ブチギレたタミコとケンカになって元気をとり戻す。


 なんだかんだ言いつつも、彼女なりにサトウを慕い、敬っていたようだ。サトウにしても弟子を不出来と切って捨てたわけではなく、むしろ信用して彼女にしかできない任務を与えたのだろう。

 それは愁にもわかる。わかるが――


(どうしよっかね)


 【感知胞子】で周囲を警戒しながら歩きつつも、頭の中ではウツキの処遇についてあれこれと考えをめぐらせている。


 あんな風に師匠に置き去りにされた(見た目)少女を、あの場に放っておくこともできず、とりあえずはなにも言わず同行している。


 だが――サトウに半ば押しつけられたような形であり(思い返せば「よろしく」の一言さえなかった)、愁としては彼女を仲間に加える理由もメリットもない。さらに言えば、彼女の任務とやらに積極的に協力する義務もないのだ。


 しかも微妙なことに、ノアの件もある。彼女が魔人病かもしれないことを、ウツキひいてはサトウに打ち明けていいものだろうか。


 サトウの魔人への憎悪はちょっとチビりそうになるレベルだ。絶対に敵に回したくないし、彼の目的とやらのためにノアをいいように利用されるようなことも勘弁してもらいたい。とはいえ逆に、彼ならノアの中に潜むものの正体やそのとり除きかたについて助言もくれるのではというジレンマもあったりする。


 というか、そもそも論だが――ノアとウツキはウマが合わないのではないかと愁は予想している。生真面目な生娘巨乳ガールと偽ロリなビッチ無乳ババア。まさに水と油、不倶戴天。


 そうだ。あの子に相談もなくこんなうさんくさい女を連れて帰ったら、間違いなく怒られる。だけでなく下手したらビッチのせいで訝しげな目で見られるかもしれない。そう思うと「お師匠さんのところにお帰り」的にそのへんの池にリリースしたくなってくる。


「つーかさー、ねーねーアベっちー」


 いつの間にか敬語がとれているし馴れ馴れしい呼びかたになっている。公称年齢は彼女のほうが上だから別に構わないが。


「十三人目の〝糸繰士〟ってどういうこと? 〝糸繰士〟ってみんな前の世界の住人でしょ、アベっちもそうなの? 今までずっと隠して生きてきたの? それともイレギュラー的にシン・トーキョーで生まれた的な?」

「確かに俺も前の世界の人間ですけど、五年前までメトロの奥底で眠ってたんで」

「えー、ずっと眠ってた? 嘘でしょ、メトロの奥底で? どゆことどゆこと? つーかどこのメトロ?」


 隣に来て腕に腕を絡ませ、ぐいぐいとない胸を押しつけてくる。半笑いだからおそらくわざとだが、愁としてはちょっぴりドキッときているのは認めたくない。【魅了】の余波かなにかのはずだ、絶対そうだ。


「つーかさー、アベっちっていくつ菌能持ってんの? 〝糸繰士〟って菌能マスターなんでしょ、いっぱい菌能使えるんでしょ? お姉さんに教えなさいよーうりうりー」


 ここまで露骨だとうざくなってくる。過剰なボディータッチはこじらせた童貞には逆効果だ。童貞ではないが。


「ウザキさん」

「ウツキだけど」

「ウツキさんはここ出たらどうするんですか?」

「どうするって、アベっちとタミコっちの行くところに行くに決まってんじゃん」

「任務は? あいつら追いかけるんじゃないんすか?」

「いやいや、あたし一人でどうにかなるわけでもないし。つーかどこにいるかもわかんないのにさがしようもないし。師匠も言ってたじゃん、アベっちに同行して世の流れを見てこいって。ふふっ、敬愛する師匠たっての頼み事だもの、弟子としては全霊を持ってやり遂げなきゃね」

「さっきクソ鮫連呼してたやん」


 やはりついてくる気満々か。どうしよう。


「つっても、俺ら仕事とか他にやることもあるんで、あいつらさがすの手伝うのは無理っすよ。リクギ村ちょろっと寄ったらすぐにスガモ直帰しますし」


 愁だっていろいろと立て込んでいる身だ。目下の最優先事項は、ノアの憑き物落としに関する手がかりさがし。次にスガモ生誕祭までにアオモトの分もクエストをこなすこと。どこかのタイミングでレベル上げもしたいし、タミコの故郷であるナカノへも参りたい。


 さらにはヒヒイロカネを用いた武具づくり――これも今回の一件で優先順位が急上昇だ。菌能を封じる敵が出てきたのだ、今後も似たような手を食わないとも限らない、そんなときに強力なリアル武器を携帯していたら非常に心強い。結果的にオウジでの大冒険は大正解になったと言える。


 つまり、やはりウツキに付き合う時間的な余裕はないのだ。一緒にいても彼女の目的に沿う形にはなりづらいだろう。


「うん、それでもいいよ。別に直であいつら見つけらんなくても、君たちと狩人稼業やってればそのうち噂くらい聞こえてくるでしょ。急がば回れってやつよ」

「うーん」

「お姉さんもアベっちとタミコっちのお仕事手伝っちゃうからさ。こう見えてあたし結構やるときゃやるんだから。伊達に獣王の一番弟子やってないから」

「いや別に、人手は足りてるし…………ん、今なんて?」

「え、あー……やっぱ気づいてなかったんだね。バカ強いくせに世間ずれしすぎ、ずっと寝てたってのも納得だわ」

「なにが?」

「獣王。五大獣王って、一回くらい聞いたことあるんじゃない? 師匠の公式な俗称は〝氷絶龍鮫 サトウ〟、五大獣王の一角だよ」


 愁の足が止まる。思考が止まる。


「………………冗談でしょ?」

「冗談なわけないでしょ。サトウなんて名乗る鮫がこのシン・トーキョーに二つといると思う?」


 愁の脳内で昔ながらの砂時計アイコンがくるくる回る。ちーん、と電子レンジの完了音みたいなものが頭の中に鳴り響き、


「……ファー……」


 そうして愁の意識は秋ナスを抱えたカンガルーと虹色の芋虫のたゆたう群青の大海原へと旅立っていく。

 

 

    ***

 

 

 五大獣王。


 いずれも推定レベル200以上、魔人や〝糸繰士〟さえ超える別次元の力を誇る五体の獣。「〝糸繰りの神〟の化身」だの「来たるべき終末の顕現」だの、文化や組織によっていろんな評価がなされているらしいが、狩人ギルドは「五つの生ける災厄」と認定し、みだりに干渉することを禁じている。


 ギルド組合員登録時の講習では、旧シンジュクトライブ領一帯を占拠・支配している〝万象地象ワタナベ〟と、イチガヤの〝龍の茸巣〟頂上に鎮座する〝闇紫龍ヤマモト〟についての説明があった。ギルドはその二体を「世界滅亡の火種となりうる現実的な脅威」と認識しているとことで、それらの地にみだりに足を踏み入れないよう口酸っぱく警告された(茸巣のほうは登頂しないことを条件に一定レベル以上なら入場可能だが、シンジュクは完全に立入禁止区域になっている)。


 残り三体のうち一体は「人類と相互不可侵の約定を結んでいるのでただちに危険性はない」らしく、残り二体は「住所不定」「消息不明」「思惑も不明」。ということでそれ以上の説明もなく、名前もさらっと読み上げる程度で終わってしまった。


 そうだ。だから憶えていなかった。思い出せなかった。その中に「サトウ」という(以前の日本では)ありふれた名字があったことを。


 「ひょーぜつりゅーこ」なんて口頭で言われてもまったくぴんとこなかったし、ましてや現実に遭遇することになるなどと想像さえしていなかった。愁の狩人ライフにおける未来予想図にそんなイベントは入っていなかった。


 だから気づかなかったとしてもしょうがない。不慮の事故だ。不可抗力だ。

 ――そう自分に言い聞かせても、背中をびっちょり濡らす滝のような汗は引いてくれない。

 一緒に焼き魚をつつきながら夜ふけまでダベった鮫が、まさかこの国きっての超VIPだったとは。


(マジか……本物の獣王……)

(そりゃあ、只者つーか只鮫じゃないって思ってたけど……)


 目の前に核爆弾があると気づかずに焼き魚うめえとかぶっこいていた。相手が温厚なお年寄り風だったからよかったものの、電車のシルバーシートに足伸ばして座るヤンキーみたいな真似をしていたらこのメトロごと灰燼に帰していたかもしれない。


 なにか不興を買うような発言はしなかっただろうか。たぶん大丈夫だとは思うが、今日は枕を高くして寝られないかもしれない。


「あーもう、全然気づかなかった……思い出すべきだった、不覚だ……」

「ぶっちゃけ西側――都庁派の地域じゃあ馴染みがないからね、ギルドもあんまり危険視してないみたいだし。気づかなくてもしかたなかったと思うよ」

「あたいはきづいてたりす」

「嘘つけ」

「五大獣王でも一番地味でマイナーで、肉じゃがで言ったら糸こんにゃくみたいな存在だし。逆に東側の教団派、特にアキハバラ本部なんかだと諸悪の根源みたいな扱いされてるけど」


 数十年前にやらかしたとかいうやつだろうか。なにをやったのか聞きたい、でも聞くのが怖い。


「俺ら……なんかまずいこととかしてないっすよね……?」

「意外とそういうとこ気にすんのね。師匠はあのとおり凶悪な面してるけど、そこらの人間よりよっぽど話の通じる鮫だからね。地雷さえ踏まなきゃ、ちょっとやそっと暴言吐いても大人の対応してくれるよ」


 地雷――魔人関連か。タミコが思いきり踏んづけたが、ズボンが犠牲になった程度で済んだのは幸いだった。


「あと一応言っとくけど、今回の件を報告するときは師匠のことは黙っといたほうがいいよ。別にアベっちたちが怒られたりはしないだろうけど、無用に話がこじれるだけだからね」

「確かに」


 できればカイケ以外の職員に報告しよう。


「……つーかさ、今ふと思ったんだけど」

「なんすか?」

「獣王も〝糸繰士〟も超絶レアキャラだけど、獣王の弟子な上に〝糸繰士〟の仲間になったあたしが一番レアってオチじゃない?」

「確かに」

「人生なにが起こるかわかんないねー。四十八年生きてきて、思いどおりになったことがどれくらいあるか……」


 愁の足が止まる。数歩遅れてウツキも。


「……ウツキさん」

「なに? あ……」


 自分でも気づいたらしく、慌てて口を押さえるが、愁はそのまま続ける。


「最初に会ったとき、三十歳って言ってましたよね。四十八年って……」

「…………」

「やっぱロリババアじゃねえりすか!」


 タミコの尻尾が一閃。スパァアンッ! とウツキのデカ尻が小気味よい音をたてる。

 

 

 

 途中から緊張感のない会話が続いていたが、とりあえずなにごともなく帰路をたどる。メトロ獣もそうだが、あのカワタローたちの待ち伏せも警戒しないといけない。【感知胞子】は絶えず散布し続ける。


 二階に上がってしばらくしたところで、ウツキの上でタミコがぴくっと頭を上げる。


「アベシュー、このさきにへんなのがいるりす」

「まさかあいつらか?」

「いや、たぶんけものりすね。でもいままでにないケハイりす」


 ニンニンと耳に手を当て、アンテナの受信角度をさぐるように首を回すタミコ。

 足音を殺すようにしてしばらく進むと、通路の先に開けた部屋があり、愁たちはその手前で止まって中を窺う。


「うげえ……」

「キショいりす……」


 初めて見る獣だ。獣というかもはや邪神のようだ。見てくれだけならサトウよりもよっぽどラスボス然としている。

 一言で表現するなら、二足歩行の巨大なタコ、あるいはタコを頭にかぶった巨人。うねうねとしたタコ足を頭からぶら下げ、サハギンに似た水掻きつきの足で地面に立っている。体表はくすんだ緑色、全身が粘液でぬらぬらとしている。


「なんかめっちゃ強そうだけど……」

「……あんまりつよくないみたいりすね」

「マジ?」

「レベル30くらいりす」


 まあメトロ二階で出くわすにはかなり強敵だが、愁やタミコにとっては特に脅威とならないレベル感だ。あくまでレベル的には、だが。


「グラコスだね」とウツキ。「西側とか水辺の多いメトロにたまに出る、通称タコっぱち。普通はもうちょい強いと思うけど、このへんに出てくるやつならせいぜいそんくらいかな。それでもこんな浅層じゃあボスクラスだよね」


 若干拍子抜けだが、ああいう系には【退獣】が効きづらい。相手が退いてくれないなら戦うしかないだろう。愁としてはあまりキモグロ系は得意ではないが、スライムよりは多少マシだしやるしかない。


「あ、ウツキさん」


 と、思うところがあってウツキに水を向ける。


「ウツキさんってレベル35くらいでしたよね?」

「あたしも【看破】されてんのね。ご明答、今36だよ」

「あいつ一人で倒せますか? 今後のこともあるし、ウツキさんの戦いかたとか見ときたいんすけど」


 彼女の手腕や奥の手とやらの存在をチェックしつつ、キモグロを押しつける完璧な作戦。


「えー、まあ別にいいんだけど……」


 顔をぽりぽりしつつ、あまり気乗りしない様子のウツキ。


「なんか問題あるんすか?」

「いや、別にあの程度ならあたし一人でも……だけど、あたしっていうか〝放術士〟って、基本はドッカンバリバリ系じゃん? あたしのメイン火力は【火球】と【氷球】で、あいつは見た目どおり【火球】が効きやすいんだけど……そうなると、必然的に死体は丸焦げグッチャグチャになるわけで」

「はあ」


 気持ち悪いから嫌だというのか。狩人のくせに軟弱な、と自分を棚に上げて思っておく。


「グラコスの足って知る人ぞ知る珍味でね、刻んでわさびと和えたりするとお酒のつまみにぴったりだったりして。師匠も大好物だったし。あたしが【火球】で殺っちゃうと、そういうのが全部おじゃんになっちゃうかもだから――」

「わかりました。俺がやりましょう」


 愁は返事を待たずに【戦刀】を出しながら前に出る。こいつを手土産にリクギ村へ凱旋といこう。名産の芋焼酎が待っている。

 

 

 

 煩悩まみれの刃がグラコスを瞬殺する。恨みっこなし、おいしくいただくことが供養。


 捌くのはすべてウツキに押しつける。彼女は特に嫌がるそぶりもなく解体を始め、足を切り離し、そのへんの草を刻んで擦り込んでぬめりをとり、腐敗防止ということで別の草で包む。慣れた手つきだ、ちょっとだけポイントアップ。


 その後は【退獣】全開で帰路を急ぎ、順調なペースで一階へと上がり、そして地上への階段へたどり着く。


「……二人とも、準備はいい?」


 愁は階段を前に振り返る。二人ともやや緊張気味の表情で、おずおずとうなずく。

 ここまで、カワタローたちとは遭遇せず、痕跡も発見できなかった。まだメトロの中にいるのか、それとも他の出入り口から脱出済みなのか。


 とはいえ、地上で待ち伏せされている可能性もゼロではない。昨夜のようにいきなり急襲されるような真似は勘弁だ。


「じゃあ、行こう」


 意を決し、一歩ずつ慎重に階段を上がっていく。愁の【感知胞子】はほんのわずかな異変さえ逃すまいと研ぎ澄まされている。タミコの耳も同じだろう。


「アベシュー、おしっこりす」

「もー! さっき行っとけばよかったのに!」


 階段を抜けた先には空が広がっている。今日は晴れのようだ。

 【戦刀】と【大盾】を構えたまま、愁はあたりの気配をさぐる。

 風が吹き、森がさわさわとささやかに囀る。まとわりつくような湿気はなく、代わりに気温と陽射しが初夏を伝えている。


「…………ふう」


 やつらの気配はないようだ。人も獣も、この近くにはいない。タミコもうなずいている。


「ウツキさんは残念かもですけど、いないみたいっすね」

「いやいや、さすがにこんなとこでばったりなんて勘弁だわ。久々に地上に戻ってきたんだから、ドンパチよりもお風呂入って布団で寝たい」

「それっすわ」


 そうして村へとつながる林道を歩きだす。道中での待ち伏せも警戒して、慎重に。




 だが、愁とタミコは気づかない。

 数百メートル離れた場所から、【望遠】の目で愁たちを覗く四つの目があることに。

 

 

    ***

 

 

「――あー……やっぱなあ、しぶてえなあ」

 カワタローは苦笑を交えてつぶやく。


(あの化け物兄ちゃんはともかく)

(カーバンクル族もウツキも生きてるとはなあ)

(これでギルドにも報告されちまうかあ)


 今後の計画に大きな支障が出るかもしれない。

 だが、ここで発見できたのは不幸中の幸いといえる。今ここで仕留めて、口を封じることができる。


(だけど)

(トロコの呪いも切れてるだろうし)

(菌能が戻ったあいつじゃあ、俺らが束になってもかなわねえかもなあ)


 そう、自分たちだけなら。

 だが今は、この人がいる。この人なら、あの男でさえ正面からねじ伏せてみせるだろう。


「……くくっ」

「団長、どうしたんすか?」


 カワタローの隣で――団長と呼ばれた男は笑う。声を押し殺し、口の端を耳まで持ち上げ、おかしくてたまらないといった風に。


「あれが、俺の〝眷属〟を殺した男か」

「そうっすけど……なにがおかしいんすか?」


 団長は踵を返し、歩きだす。あの男たちとは逆の方向に。


「やらねえんで?」

「……あの薄い顔、前にコマゴメで見かけたんだ。古い知り合いによく似てるんだわ。五十年前の戦争で……あいつもしぶとかったなあ。斬っても焼いても全然死なねえんだ――〝糸繰士〟ってやつはさ」


 団長は木々に切りとられた狭い空を仰ぎ、大きく伸びをする。その足どりはご機嫌だ。


「……はーあ、楽しみが増えたなあ」

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