92:アニキ

「みんな! アベさんが、アニキがいらっしゃったぞ!」


 クラノが声をかけると、畳の上でのんびり寛いでいた狩人たちが急に立ち上がり、どたどたとお茶だの座布団だのを準備する。


「お疲れ様です! ようこそ、アベさん!」

「おお、カーバンクル族連れてる! 噂どおりだ、本物だ!」

「すげー! スガモのニューヒーロー! 狩人史上最強ルーキー!」

「噂どおりの塩顔だ! そこにシビれる憧れるぅ!」

「ほっとけや」


 愁たちがここに来ることはギルドから(伝書コウモリで)伝わっているようだが、若者たちの予想外の対応に愁は戸惑う。クラノに背中を押され、囲炉裏のそばに座らされる。そして一も二もなく煎餅やおかきの詰まったお茶請けの籠に頭から突っ込むタミコ。


「いやいや、そんなお気遣いなく。用が済んだらすぐに出てくんで」

「なに言ってるんすかアニキ! ほら、お茶でも飲みながらゆっくりしていってくださいよ!」

「いいから、湯呑くらい自分で持つかr……ぐびぐび」


 ちなみに適温。そしてお茶請けからジャジャジャッ! と妖怪頬袋の咀嚼音が聞こえてくる。


「オウジでのハ? バ? バッセンピッチャー? の神武勇伝を聞かせてくださいよ!」

「たぶん八面六臂ね」

「どうやって新フロアなんて見つけられたんすか!? メンチ切った魔獣千匹ことごとく舎弟にしたってマジっすか!? 手柄独り占めにしようとしたイケブクロのイキりオオカミをタイマンでシメて床の敷物にしたとかマジパねえ!」

「田舎のヤンキー伝説か」


 他の三人も熱い眼差しで愁のほうをちらちらと窺っている。十八歳のクラノと同年代くらいに見えるし、雰囲気的にもまだ駆け出しのようだ。


「つーかさ、そのアニキってなに?」


 顔も名前もうろ憶えだったが、初対面で二度ほどおじさん呼ばわりされたことは忘れていない。


「いやだなあ、たった三人の同期生、花の107年五月スガモ支部組じゃないっすか!」

「田舎の分校並みに少なくね?」

「初めて会ったときはレベル28なんて謙遜して。あとでマジモンのレベル聞いて鬼ビビりましたよ!」


 レベルと年齢を勘違いして答えたやつか。


「蓋を開けたらシン・トーキョー史上初、レベル68のルーキーだったなんて! まさに黄金世代っすよ、アベシュー世代っすよ! もう俺一生アニキについていきますよ、俺らが歴史つくるしかなぶへっ」


 興奮しすぎなので喉輪でクールダウンさせる。


「別に弟分とか舎弟とかいらないから」

「アベシューはあたいのシャテーりす。シャテーにしてドーテーりす」


 頬袋パンパンのリスをもう一度お茶請けに突っ込んでおく。

 四人の少年たちがなにか言いたそうにもじもじしている。


「噂は本当だったんだ……童貞……」

「スガモ最強の童貞……」

「だ、だいじょぶっすよアニキ……俺も、実は俺もまだだし……」

「童貞じゃねえから。一度も認めた憶えねえから」


 このままでは埒が明かないので、無駄話を切り上げて仕事の話に移る。決して童貞疑惑を掘り下げられたくないからではない。


「今月から、俺ら四人とコマゴメ市の若手狩人二人で夜間警備やってんすよ。村の菌職持ちの人たちと一緒に」


 バフォメットはヤギ頭のくせに夜行性のため、彼らの出番は日が暮れてからになる。愁たちの滞在中もだいたいこんな感じで昼夜逆転の生活だった。


「毎日必ず来てますね、あのヤギザルども。全然凝りる気配がないっす」

「ガッツリ村に入ってきて悪さすんのは、一日にせいぜい五・六匹って感じっすね。梅雨時でガキが増えたり動きが活発になったりして、ここ最近またちょいちょい増えてきましたね」


 状況的には一カ月前とそれほど変わっていないようだ。


「君らとコマゴメの人と、あと村人で、今んとこだいじょぶそう?」

「余裕っすよアニキ! ぶっちゃけ俺らより村長さんのが強いんで!」

「威張んな。つーかみんなはメトロには行ってないの?」

「一応ここが持ち場なんすけど、暇なときとかは村の人たちの手伝いで行ったりするっす。一階付近で薬草とかキノコ採ったり獣狩ったりするくらいっすけど」

「討伐部隊が入ってからは?」

「……一回だけ行きました。でも、特になにも。あの人たちの痕跡も、メトロ獣になんか変化起こったりとかも、なんにもなかったです。ヤギザルどもも、浅層にいるザコとはいえ、通常運転だったし」

「なるほど……」


 三十人からなる討伐部隊が突入し、そして現在進行系で彼らが活動しているとしたら、バフォメットたちの行動にもなにかしらの変化が現れても不思議ではない。それがないとなると、不可解というか不気味だ。となると――。


 その他、メトロの場所や生息する獣の情報などを聞く。任務に際して大事な話なのでタミコをお茶請けからズボッと引き出しておく。


「……うん、わかった。ありがとう、いろいろ聞けて助かったよ」


 愁がマントと荷物を手に立ち上がると、クラノたちが「え? え?」と戸惑いだす。


「もしかして、今からメトロ行くんすか?」

「うん」

「いやいや、もうすぐ夜っすよ。あのヤギザルども、おてんとさんが沈んだあとのイキり具合パねえっすよ? 夜の校舎窓ガラス壊して回る勢いっすよ?」

「その歌まだ残ってたんか」

「いくらスガモ最強のアニキでも、あいつらの巣に一人、いや二人だけで夜に飛び込むっつーのは……」

「言いたいことはわかるけどさ」


 確かに、朝までここで待機するほうが安全ではあるだろう。

 ただ、別に自信や慢心でそうするわけではない。


「でもまあ、調査が目的だから、夜のあいつらも見とかないとでしょ? それに、深層で討伐部隊がふんばってるとしたら、早めに助けに行ってあげないとだし」

「でも、調査系のクエストは自分たちの安全が第一ってギルドの講習で教わりましたよ? 無事で帰れなきゃ、情報を持ち帰るもなにもないからって」

「アニキが神つえーのは重々承知っすけど……やっぱり朝まで待ったほうが……」


 まあ、彼らの言い分のほうが正しいだろう。

 ただ、すでに決めたことだ。道中でタミコとも相談したし。


「もちろん、分不相応な無謀をするつもりはないけどさ。それでも……多少の無茶で救える人が待ってるとしたら、俺らが身体張る理由にはじゅうぶんじゃないかってね」


 若者たちからトゥンクという目で見られる。


「アニキ……」

「俺のアニキ……」

「アベニキ……」

「そういうのいらないから。アベニキの意味がわからんから」

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