90:新たなクエストとノアの決心

 金策もとりあえずは目処が立ったので、クエストを一つ受けることにする。

 ノアは用事があるとのことで先に営業所を出て、愁とタミコはカイケとともにそのまま一階受付に向かう。


「アベさん、リクギ村は憶えてますか?」

「前に警護したとこっすよね」


 一カ月ちょっと前になるだろうか。オウジに向かう前に受注したクエストの一つに、「バフォメットの群れにちょっかいを受けている集落の警備」というものがあった。そこがリクギ村だった。

 三日ほど泊まり込みで警護にあたり、夜闇に乗じて家畜や村人に手出ししようとした十匹ほどを駆除した。村人にはいろいろと手厚くもてなしてもらえたので、いずれプライベートで行きたいと思っていた。


「実はあのあと、リクギメトロに『バフォメットのコロニー討伐部隊』が派遣されまして。ボスとその巣の特定に当たってたんですが……十日前に村を発ったのを最後に、まだ戻ってきていないんです」

「それって……」

「まだメトロ内で任務中なのか、もしくはなんらかのトラブルに巻き込まれたか……ですね」

「なるほど」


 ギルドとしても想定外の事態のようだ。


「討伐隊はコマゴメ市部と合同で組まれたんですが、いずれも一級以上、レベル30以上の三十名……一般的にバフォメットは成長個体でもレベル20~30程度、よほどのことがなければ全滅というのは考えられないんですけど……」


 バフォメットは家族や群れで活動するメトロ獣で、地上やメトロ浅層によく出没する。それなりの知能を持つが個々の殺傷能力はそれほど高くなく、村に出没していたバフォメットは総じてレベル10~15程度だった。農耕具で武装した〝人民〟の村人数人がかりで対処できる程度だし、狩人なら新米の経験値稼ぎにぴったりな相手だ。


 だが今回問題なのはその数だ。駆除しても駆除しても毎夜ひっきりなしに現れることから、コロニー――一種のメトロ獣が大量に繁殖してメトロ内外の一画を占拠するような状態――の発生が示唆されていた。


 ある意味パンデミックのようにわらわらと数が増えていき、成長個体や変異個体も発生しやすくなる。放っておくと周辺の生態系や人間社会に少なからず影響が出てくるので、コロニーのボスを含めた相当数を間引きして収束させる必要がある。以上、ノア先生より。


「なにかしら不測の事態が起こっている可能性も想定されるので、現地調査を初段以上の方にお願いしたかったのですが、あいにく生誕祭絡みの案件でみなさん結構忙しくて……」

「現地調査って、コロニー討伐の引き継ぎじゃなくて?」


 いくらザコでも自分たちだけで何百匹を相手にするのはしんどい。オウジのゾンビ軍団にくらべればマシかもしれないが。


「はい、まずは調査ですね。リクギメトロとコロニーが今どうなっているのか、メトロに潜って調べてきていただきたいんです。討伐隊が無事なら彼らに協力していただけると助かりますが……そうでなければ、彼らを連れて帰ってきていただければと。その……万が一の場合は、認識票だけでも構いませんので」

「ちなみに俺らだけですか? 他のチームとかと合同で?」

「アベさんがそれを望むのであれば、他の方にもお声がけしてみます」

「あくまで討伐じゃなくて確認してくるだけなら、俺らだけのほうが身軽でいいかも」


 リクギメトロはそれほど広くなく、最深層は十四階と聞いている。見て回るだけなら自分たちだけのほうが手っ取り早そうだ。


「承知しました。では……引き受けていただけますでしょうか?」


 タミコと目を合わせると、彼女がこくっとうなずく。ノアにも確認したいところだが、難易度や報酬額を見てノーとは言わないだろう。


「はい、やります。リクギ村にはもっかい行きたかったし」

「ありがとうございます! アベさんたちならこちらとしても安心です!」


 ゆるふわ美人にそんな風に笑いかけられると悪い気はしない。ちょっぴりデレっとしたところでタミコの尻尾に頬を打たれる。「ごめんあそばせりすぅ」。帰ったらこしょる。


「今回の件、どんな小さな情報でも持ち帰ってくることが最優先です。アベさんたちのレベルなら無事に戻ってこれると思いますが……くれぐれも無茶はしないでくださいね」

 

 

    ***

 

 

「あ、おかえりなさい」

「あ、うん?」


 家に帰ると、ノアがいそいそと荷物をまとめている。まだクエストを受けたことを知らせていないのに。

 クエストの件を伝えると、ノアはふんふんとうなずく。


「それ……ボクがいなくてもだいじょぶですかね?」

「へ?」

「りす?」

「急で申し訳ないんですけど……イケブクロに戻ろうかなって」


 口をあんぐりする愁とタミコ。


「なんで? なんで急に?」

「ノア、どっかいっちゃうりすか……?」


 あたふたする愁とタミコ。急に実家に帰らせてもらいますなんて。別にセクハラとかしてないし、愛想尽かされるようなこともしていない……はず。

 ノアは少し気恥ずかしそうにもじもじしつつ、愁たちを見上げる。


「……この際なんで、正式にスガモに移籍しようかなって。だから、いったんイケブクロに戻って手続きしたくて」

「あ、マジで? こっち移籍すんの?」

「そのほうがちゃんとチームとして活動しやすいですし、今後の手続きも楽ですし。ほんとは……まだ向こうに残って、やりたいこととかもあったりしたんですけど……」


 少し悔しそうに、寂しそうに目を細めるノア。イケブクロで生まれ育った者としてなにかしら心残りがあるようだ。あるいは彼女の過去に根ざしたなにかが――。


「……でも、オウジでのこととか、市長の娘さんの件とか、シュウさんたちが活躍してるの見て、ボクもシュウさんと姐さんと一緒にスガモの狩人としてがんばりたいなって思って。お二人に相談せずに勝手に決めて申し訳ないですけど」

「まあ、相談してくれたほうがよかったけどさ。でも、これからも一緒にやっていけるならそれでいいし。なあ?」

「りっす! ずっといっしょりす!」

「はい、ありがとうございます!」


 きゃっきゃとはしゃいでじゃれ合うタミコとノア。

 それはいい。いいんだが――。


「ただ……それって今すぐじゃなきゃダメ?」

「手続きに二・三日くらいかかると思うんで、早いうちに行っておいたほうがいいかなって」


 困る。というか心配だ。

 ノア抜きでクエストをこなすのは、チームのブレーンを欠くという意味でも痛い。

 ただそれ以上に――今のノアから離れるのが不安だ。


 オウジを出てから今日まで、彼女の中にいる謎の存在は一度も姿を見せてはいない。

 図書館に通ったり教団支部で閲覧可能な資料を読ませてもらったりしたが、魔人や魔人病に関してギランからもらった情報以上のものはなかった。これ以上のことを知ろうとするなら、教団のより深くに入らないといけないかもしれない、と思いはじめていたところだ。


 とりあえず今のところは鳴りを潜めているし、兆候のようなものも見られない。今すぐどうこうなるようなものではないのかもしれないが……それでも彼女と数日離れ離れになるのは――。


「うーん……できればノアにも一緒に来てもらいたいんだけど……」

「メトロ内部の調査ってことですよね。今のボクじゃああんまりお役に立てないかも。能力的に見ても、二人だけのほうが手早く済ませられそうですし」

「いや、でも……ノアがいないといざってとき困るじゃん? うちの脳みそ担当だし」

「シュウさんも姐さんもたくさん勉強してるじゃないですか」


 どうしたものか。正直に打ち明けるとなると、クエストや移籍どころの話ではなくなってしまうかもしれない。


 いっそクエストをキャンセルしてイケブクロまで同行するか?

 いや、今は人手が足りないみたいだし、カイケの喜ぶ顔を見るにキャンセルするのも忍びない。


 ああ、さっきノアに言った言葉がブーメラン。受ける前に相談しておけば。ホウ・レン・ソウの大事さが身にしみる脱サラ百年目。

 せめて誰か、事情を知る人間がノアについていてくれたら。こちらとしては痛手だが、タミコをノアにつけるしか――。


「ぴぎゃっ!?」


 そのタミコが悲鳴をあげる。

 愁は彼女の視線の先、居間のガラス戸のほうに目を向ける。

 カーテンの隙間から、赤髪の男がべったり顔を貼りつけて覗いている。

 

 

    ***

 

 

「やあ、僕だよ」


 クレだ。

 ガラス戸を開けて応対する。玄関のほうには通さない。


「住所教えてないのに、なんでここがわかったの?」

「シュウくんのにおいをたどってここまで来たんだ」

「怖いわ」

「ふふ、ジョークだよ。パン屋さんちの借家だと聞いたのを憶えていたから、スガモ中のパン屋をさがしてしらみつぶしに当たったのさ。丸一日かかったけどね」

「怖いわ」


 クレがそのまま靴を脱いで上がり込もうとする。愁は力ずくで阻止しようとして、ふと思い直して迎え入れる。


「センジュに帰ったんだろ? 来んの早くね?」

「用件はもう済んだよ。オヤマ・マスオ伝説についてはあのワンコ族のとこに直接特使を派遣するってさ。そっちより魔人の件が族長まで伝わってて大変だったよ」

「そらまあ、国難だもんな」

「いやあー、魔人に足関極めたって話したらそっちのが盛り上がっちゃって。関節技講座とかスパーとか延々付き合わされて大変だったよ」


 さすがは脳筋トライブ。


「クレ式活殺術を認めてもらえたのは、ある意味一族の悲願だったんだけどね。けど『道場開け』とか『弟子とれ』とか言われちゃって、めんどくさくなって逃げてきちゃったのさ。僕もまだまだ修行中の身だし、人に教えるより自分の技を磨きたいし。なにより僕もチーム・アベシューの一員だからね」


 そんなチーム名を名乗った憶えもないし加入を許した憶えもない。そして女子メンバーも案の定白い目をしている。

 ただこれは、ある意味渡りに船のタイミングだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る