75:アベリティの検証
「シュウさん……たぶんですけど、菌性ですね」
「きんせい? え、あー、アビリティ!」
菌能とは別の、一人につき一つごくまれに発現するレア能力。カイケの読心術――【心眼】もその一つだ。
「マジで? アビリティゲットしちゃったの俺?」
「アベリティりす」
「誰うま」
菌糸玉がでかくなる菌性?
「普通の菌糸玉は出せますか?」
試しにいつものように出してみる。【聖癒】は消耗が大きいので【解毒】にしておく。いつものちんまりしたサイズだ。タミコがもぎとって頬袋に収納。
「じゃあ、次はでっかいのを」
「オッケー」
俺のでっかいタマね、と軽口を叩こうとしてセクハラを意識してやめておく。
先ほど、ゾンビどもが迫ってきたとき。牽制にと【火球】を生み出した。「一発で蹴散らしてやれたら気持ちいいのに」などと軽く邪念がよぎったとき、気づけば【火球】はいつもの大きさを超え、みるみる膨らんでいった。
「……ほい」
愁の手には、カラーボールサイズの【解毒】が実っている。
先ほどの【火球】はその一撃で、ミノタウロスを文字どおり爆散させた。通常の【火球】の数倍の火力だった。
「なんつーか、やろうと思ったらできたって感じかな。最初は無意識だったけど」
「……たぶんですけど、【蓄積】の菌性だと思います。力を溜めて菌能の効果を大きくするやつ」
「へー、チャージ攻撃的な?」
菌性は習得例が少なく、実体の把握や解明は未だに進んでいないという。だがノアが知っているということは、菌能事典に過去の習得例があるということか。
「じゃあ、そんなにレアじゃないってことか。そこは別にいいんだけど」
「とんでもない。めっちゃ有能な能力ですよ。【火球】で使ったって言ってましたけど、〝放術士〟系統とかは泣いて喜ぶ能力です。【火球】は【大火球】並みの威力になるし、【大火球】はそれこそ古代兵器みたいになるって」
後衛の火力支援キャラ向けのアビリティということか。いわゆる「仲間に守ってもらいつつ長々魔法詠唱してドッカン」みたいな。
「あの人に……ギランさんに訊いたらはっきりするかもですね。ベテランなんで」
「あー、まあ……ここは隠すところでもないか」
というわけで、その日の終わり。三十二階の砦でギランに訊いてみる。
「おお……確かに【蓄積】に似てるね」
「似てる?」
「【蓄積】はわりとよく知られる菌性の一つではあるが、その効果は個々人によってさまざまだったりする。どれくらい菌能を強化拡大できるのか、どの菌能ができてどれができないのか、使用ごとの疲労度や連続使用性……というか、菌性自体サンプルが少なすぎて未だに謎が多いんだ」
「ちなみにギランさんは?」
「一応、あるにはあるよ。目には見える力じゃないからはっきりしないが、おそらく【節制】の菌性を持ってる」
「なんすかそれ?」
「運動や菌能の使用における体力の消耗を軽減する効果がある……らしい。他者との厳密な比較ができないからなんとも言えないが、確かにそれを習得してからは疲れにくくなった気はしてるよ。いかにも地味な力だが、継戦性が上がるしメトロの探索にも役立つから悪くないね」
「なるほど……」
ノアによると胞子嚢を食べた際に「お腹ヒエヒエ」が菌性習得の合図らしい。思い当たるのはアレしかない、ナイトことジャガーゴーレム。
「あの真っ黒な胞子嚢のおかげか……見た目ゲテモノでも捨てなくてよかった」
となると、なぜあいつだけ胞子嚢が黒かったのかが気になる。変異個体特有なのか、それとも――やはり魔人が絡んでくるのだろうか。どちらかと言えば後者の可能性が高そうだ。前者ならギランやノアもそういう現象があると知っているはずだから。
(魔人に力を与えられた個体か。ビショップもキンタマ真っ黒ってか)
(そもそも魔人ってなんなんだろうな? それこそメトロの奥からやってきた異界の化け物だったりして?)
ノアがちょっぴりにやにやしている。表情で窺うと、顔を近づけてくる。ひそひそ。
「てっきりシュウさんのことだから、またぶっ壊れの超レアアビリティでもぶっこんでくるのかと思ってましたけど。今回はズルシュー発動しませんでしたね」
「まあね、使えそうな能力でよかったけど。でもさ」
「ん?」
「……アビリティって、一つだけとは限らなくね? 〝糸繰士〟の場合」
イタズラっぽくそう言うと、ノアはぷくっと頬を膨らませ、「ズルシューりすー!」とぽかぽかと殴ってくる。あはは、幸せ。
***
四日目。
ギランから任務を外してもらい、菌性の検証と把握に時間を当てることにする。ノアとマッコたちは双子のチームに編入するが、タミコだけは愁についてくる。先日の別行動が若干尾を引いているようだ。
「よっしゃ、一個ずつ試してみるか。タミコ、周囲警戒よろしく」
「りっす」
「さっそく寝っ転がるな」
三十二階、砦から少し離れたところで検証開始。怪鳥がぎゃーぎゃーやかましいしときおり襲ってくるので、諸々の実験台になってもらう。向こうから来るのだから恨みっこなしだ。
まずは菌糸武器からだ。
【戦刀】を出しつつ、昨日のように「大きくなれよー」と念じてみる。今までの菌能とは段違いの、腕から力が吸い上げられていくような感覚がある。
【戦刀】がみるみる膨らんでいき、包丁のように刃元が直角に尖った巨大な刀となる。切っ先から柄尻までの長さは一メートル半ほどだろうか。どこぞの死神が肩に抱えていそうな武骨な刃だ。
柄の周りはかろうじて片手で握れるほどだが、なかなかに重量を感じる。通常の【戦刀】は木の枝かというほど軽いが、これは結構ずっしりとくる。もっともレベル69の馬鹿力があれば振り回すのは難しくない。
都合よくというか、怪鳥が一羽突っ込んでくる。タミコの推定だとレベル30。試し斬りにちょうどいい。
「ふっ!」
ズグッ! と斬るというより叩き斬るといったほうがいいような手応え。怪鳥が頭から真っ二つにちぎれ、落ちる。タミコが口をあんぐりしている。
「……これ……【光刃】かけたらえらいことになりそうだな」
やってみる。実際えらいことになる。そのへんの大岩を一振りで両断する。深層のゴーレムでも一撃でぶった斬れそうだ。
前提として【蓄積】は、エネルギーの消耗が激しく、実行するまでに溜めの時間が必要になる。【戦刀】が限界の大きさまで育つのには五秒ほどかかった。実戦では使いどころを注意しないと。
続いて【戦鎚】。こちらは頭の部分が肥大化し、全長はやはり一メートル半ほどまで伸びている。元々頭に重量のある【戦鎚】だが、これまたさらに重たくなっている。どこぞのゴリラにでもなった気分だが、【戦刀】とくらべると扱いに困るレベルだ。
「アベシューがオーガにみえるりす」
「まあ、完全に脳筋武器だなこりゃ」
体力にも限りがあるし、タミコが眠たくならないうちにサクサクと進めていこう。
【円盾】、【大盾】→成功。
【円盾】は直径にして倍ほど、【大盾】は愁の身長ほどまで拡張される。ずっしりと重く、分厚くなっている。もはや盾というよりバリケードだ。
【聖癒】、【解毒】→成功。
大きさはカラーボール程度、鷲掴みしてちょうどいい具合だ。表面の菌糸の膜が分厚くなっていて、ちょっと強めに突かないと割れない。タミコのテイスティングによると、「いつものとおなじあじりす」とのこと。薬効はそのままに増量した感じだろうか。
「……アベシュー?」
「あ、ああ……ちょっと疲れるわ」
普通の【聖癒】でも結構な体力を消耗するが、巨大【聖癒】となるとベラボーだ。いろいろと試してきたせいもあって、ついにガス欠。腹が減り、手から力が抜ける。先ほどの怪鳥の胞子嚢を食べて回復。
【火球】、【雷球】、【煙玉】→成功。
いずれも【聖癒】などと同じくカラーボールサイズに膨れ上がり、威力は通常よりも数倍。【煙玉】の着弾点が近すぎて大惨事になる。
「大きさ的に指先からぴって放つのはむずいな……コンビニ強盗にぶつける感じで投げつけないと」
「こんびに?」
「前の世界にあった、二十四時間おいしいものが売ってるお店」
「はわわ……ドングリもうってるりすか?」
「残念だけどなかったと思うよ」
【鉄拳】→成功。
「うおー! これはアツい!」
ほうれん草でも食べたみたいに、前腕から先がぶっとくでかくなる。このパワーナックル感。あくびしているリスにはわかるまい。
【跳躍】→成功。
だが、いつもの五割増の垂直跳びになったため、着地で盛大に足をぐねる。くそ痛い。
【不滅】、【退獣】、【感知胞子】、【光刃】→失敗。
これらは【蓄積】の対象外のようだ。効果の増幅は起こらなかった。【不滅】は回復スピードで比較したが、意識しても変化なし。
「さて、残すは【阿修羅】と【白弾】か……」
【阿修羅】→成功。
「背中からマッチョな腕を生やした四つ腕怪人」が爆誕する。実用性は――パワーはありそうだが、動かしづらい。慣れが必要そうだ。
そして【白弾】→成功、だが――。
「……これ、やばくね……?」
試し撃ちの結果――大きく穴が開いて半壊した岩、しゅうしゅうと立ち昇る煙。舟を漕いでいたタミコが飛び起きている。
もしかしたらこれが、今回の一番の成果かもしれない。
共通項として、菌糸武器、菌糸玉、弾丸などの「菌糸を具現化する菌能」で巨大化や威力の増加が見られた。逆に「胞子をばらまく系」は効果の増幅を見込めなかった。
成功(菌性の対象)
【戦刀】【戦鎚】【円盾】【大盾】【白弾】
【聖癒】【解毒】【火球】【雷球】【煙玉】
【鉄拳】【跳躍】【阿修羅】
失敗(菌性の対象外):
【不滅】【退獣】【感知胞子】【光刃】
「んで……」
この結果を、どこまでギランに話したものか。
***
「なるほどね……」
夜、砦にてギランに報告。
今回の作戦参謀である彼には、愁の菌能は最低限共有済みだ。具体的には、スガモ支部に共有した十個プラス【火球】、【雷球】。
【不滅】は元より【阿修羅】、【白弾】はどうしても打ち明けられなかった。〝聖騎士〟設定が崩れてしまうから。トライブの要人である彼に〝糸繰士〟を隠し通せるかどうかは、愁の未来における死活問題になりうる。
「菌性、問題なく使いこなせたようだね。君が【火球】持ちなのは大きいな。おかげで想定されるルーク攻略戦で面白い作戦を立案できそうだ」
ギランが顔を近づけ、耳元でささやく。
「――本当は、他にも隠してる能力があるんじゃないか?」
一瞬心臓が止まりかける。必死に平静を装い、「まさか」と軽く首をすくめてみせる。
「……わかりやすい男だな、君は」
オオカミのイケメンマスクがふっと綻ぶ。愁は冷や汗ものだが、ギランはそれ以上追及してこない。
「よし、君が今回の作戦の鍵だよ、アベくん。必ず勝とう、ショロトル族の未来と、我々の名誉と利益にかけてね」
そして迎える、六日目、決戦の朝。
ギランの遠吠えと、それにつられたショロトル族たちの遠吠えで起こされるのも今日で最後だ。
「――戦おう」
ショロトル族のために。自分たちのために。そしてミスリルのために。
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