74:七人の狩人

 ショロトル族の隠し倉庫から天幕に戻った愁たちは、いったんナイとマッコに外してもらい、人間+リスで話し合うことになる。


「にしても……まさかメトロで魔獣からクエストを申し込まれるとはなあ」


 ミスリルというかカッコいい武器ほしさで始めた冒険が、種族の存亡をかけた争いに巻き込まれることになろうとは。


 先方の依頼内容は、七日以内のシャーマンの討伐とククルカンの卵の奪還。

 報酬は、いつか人間との交流を強いられたときのためにと(オヤマの助言で)、彼らが代々収集してきたお宝の数々。集落の外れに設けられた地下倉庫(というか穴ぐら)には、ククルカンの鱗や脱皮した抜け殻、珍しい鉱石や宝石、強力な獣の骨やら牙やら、その他よくわからないガラクタが雑然と積み上げられていた。


 これらすべてを好きにしていい、とナイは言った。

 犬らしく骨を全面的にオススメされたが、愁たちの目は白銀に輝く鉱石に釘づけになった。

 ミスリル。ミスリル。もう一度言う、ミスリル。


 彼らにはそれの加工技術がないため、「かたくてぴかぴかの石」くらいの認識だったが――愁は思わず泣きそうになった。というかちょびっと涙が出た。ここまで追い続けてきた夢の塊が、手を伸ばせば届くところにあった。


「……アベくん」ギランが口を開く。「不躾ですまないが、君のレベルを教えてもらってもいいかい?」

「あー、えっとー……」


 正直に答えたものか少し迷うが、しかたない。


「一昨日69になりました」

「69? その若さで?」

「試し紙ないんで証明できないですけど。ちなみにギラン……さんは?」

「……ああ、72だよ。年はおそらく君より一回り上だけどね」


 クレが熱い眼差しを送っている。そのまま彼のほうに心移りしたとしてもしかたない、笑顔で送り出してやろう。


「ひそひそ(彼も超強いしイケメンだけど、僕のハニーはシュウくんだけだからね)」

「ひそひそ(いいから心移りしとけや)」


 というか、レベルはほぼ推定どおりとして。

 見た目ではわからなかったが、アラフォーなのか。アラフォーのくせにJKにコナをかけようとしたのか。このロリコンオオカミめ。


 ――そういえば、再会後からここまで、二人は一度も口を利いていない。


 ノアのほうは無視というかあえて近づかないようにしているようだが、ギランがそこに踏み込むそぶりさえ見せないのは意外だ。初対面でナンパするほど気に入っていたはずなのに。


 男連れということで、きっぱり諦めたのだろうか。

 ならよし。今までのことは水に流してやろう。


「そうか……いやまあ、疑うつもりはないんだ。君たちがこんな奥地まで来れたのも、ここを見つけられたのも、その実力があればこそか。君たちはあのミスリルを求めてオウジにやってきたんだろう? となると、彼らの申し出は渡りに船ということか」


 倉庫から戻る途中で軽く相談したが、愁たちの答えはほぼ決まっている。


 まず人として、このまま彼らを見捨ててはいさようならというのは無理だ。寝覚めが悪すぎる。

 そして報酬。ゴーレムガチャをひたすら回さずとも、あそこに追い求めまくった現物がある。

 もちろん自分たちの身の安全が第一ではあるが、仕事としてやれることがあるならやる。彼らのために人肌脱ぐくらいのつもりではいる。それが四人の総意だ。


「でも、ほんとなら、みんなとお宝抱えて地上にトンズラってのが一番なんでしょうけどね」

「まあ、彼らと我々の安全を考えるならそれが最善策だな」


 さりげなくそう提案してみたが、彼らは首を縦には振らなかった。生死どちらへとつながるにしても、故郷と運命をともにする道を選んだ。「ちじょうはおいしいものいっぱいりすよ」というタミコのささやきにはよだれを垂らしまくっていたが。


「だが……『故郷を捨てる』という選択の苦しみは、部外者にはわからないものさ。たとえそれが正解であっても、そこがどのような場所であっても、住み続けてきた者からすれば死刑宣告に等しいものだ」


 元災害大国の国民としては耳の痛い話だ。


「ギランさんはどうするんですか? 一緒にやってもらえると、ぶっちゃけ心強いんすけど」


 愁としては〝糸繰士〟バレのリスクが高まるが、レベル72の助っ人という存在はそれを補って余りある。〝王殺し〟という異名は物騒だが、なにせ一つのトライブにおいて最強にまで登りつめた偉人なのだから。


「そうだね、彼らのお宝はともかく……私としても思うところはある。君たちが引き受けるのなら、私も微力ながらお供させてもらおう」

「ありがとうございます」


 これは大きい。ゲームバランスぶっ壊れの雷神を味方につけたような背徳感さえある。

 ほんの一瞬、彼がちらっとノアのほうに目を向けた気がする。ノアは気づいていないようだが。


「三体のボス級ゴーレム……君がその一体を倒したというなら、我々とショロトル族とがうまく連携できれば――あるいはもう少し加勢がほしいが――七日もあれば、残り二体を仕留めることも難しくはないかもしれない」

「ですね」


 タミコ頼みになるが、早いうちに残り二体の情報がほしいところだ。


「ただ……問題は、ゴーレムをこの地に連れてきたという女のほうだ。私の推測が正しければ、そいつがここに戻ってきた場合――仮に私と君を含めた全員でかかったとしても、勝ち目はない」


 へ、と愁の目が点になる。


「……魔人」


 つぶやいたノアに視線が集まる。


「そうだ――」とギラン。「メトロ獣を体内に宿らせ、使役し、変異個体と同等の力を与える――そのような芸当が可能な生物は、このシン・トーキョーにおいて一つしか確認されていない。その女は魔人だ。戦争から五十年……まだ生き残りがいたとなれば、これはシン・トーキョーの存亡に関わる事態だ」




 狩人ギルドは魔人の討伐を組織の使命の一つと定めている。

 仮に、ショロトル族の前に現れた女が本物の魔人であるとなると、それは国家の一大事であり、狩人ギルドや都庁政府の戦力が投入される機会となる。

 だが、唯一の証言者が都庁との交流のない魔獣一族となると、さすがに検証もなしに七日以内にそれらを動員するのは不可能だ。


 一方、ギランはイケブクロにおいてやんごとなき地位を持っている。多少自由にできる部下あるいは私兵のようなものがいるというが、動かすには族長の許可が必要になり、やはりタイムリミットまでにここまで連れてくるのは難しい。


「というより、そもそもだが――大事にするのは最後の手段にしたほうがいい。想像どおり真の敵が魔人なら、やつはどこに潜んでいるかわからない。魔人はいくつもの姿を持ち、人の世の陰に暗躍することを好むという。そいつが今どこでなにをしているか知らないが、感づかれて呼び寄せてしまったら第二の魔人戦争に発展しかねない」


 愁はごくりと喉を鳴らす。さすがに国家的な有事となると尻込み不可避。


「少なくとも、七日以内に増援を集めることは無理だ。腹をくくろう。プロとして任務を遂行しよう、ショロトル族と我々五人で――」


 外が騒がしくなる。マウマウと忙しなく吠え声が交わされている。


 入り口のカーテンをめくって覗き込もうとしたら、顔面が柔らかいものに埋もれる。ぽふっと。

 それが豊満な肉の風船であると、すなわち乳であると理解するまでにたっぷり一秒かかり、「ぴ、ぴぎゃー!」。


「よお、童貞くん。再会と同時にセクハラかい?」

「姉貴の聖域に踏み込んどいて悲鳴とは、失礼な童貞だな」


 四つの聖域がそろってぶるんと揺れる。はちきれそうな緑色と藤色のジャージ、ファビュラスなロングの巻き毛。シシカバシスターズが、同じ顔にまったく同じ笑みを浮かべている。


「――……七人、かな? やかましいのが来てしまったな」

「なんか言ったか、無駄吠えオオカミ」

「状況説明しろや、目線セクハラオオカミ」

 

 

    ***

 

 

 タイムリミット――ククルカンの孵化は七日後。

 なので、最終戦の決行を六日後と設定し、まずは敵戦力の威力偵察と間引きを同時に行なうことにする。


 まず、人間側は三チームに分かれ、都市周辺のゾンビ一掃作戦に着手する。

 ショロトル族に連れてこられ、クエストに参加することになった双子。

 ギランとクレ(「シュウくんと一緒がいい!」とクレがさんざん駄々をこねたが無視)。

 そして愁たちだ。


 各チームにショロトル族の有志も加わる。これまでの戦争で多くの優秀な人材を失ったということで、現状ではマッコを含めたレベル40台の戦士が主戦力になっている。特にマッコは【火球】や【風球】などの〝放術士〟系統の菌能を取得しており、後衛の火力要員として心強い。


 ゾンビは無限に湧くわけではない。そこには資源が必要であり、あるいは生み出せる数にも限界がある。最終戦の最大の障壁となるのがやつらなので、その数を減らしておくことはほぼ必須条件だ。


「倒してもおいしくないやつらを相手にするのって不毛ですね」とノア。

「仕事だからね」と愁。


 これは兵糧攻めも兼ねている。ボスゴーレムたちの食糧事情は、ゾンビを使って獲物を生け捕りにし、胞子嚢を吸いとり、代わりに空き容器に自身の分身? を移植して使役する、というスキームにより成立しているようだ。それを証明するように、生け捕りにしたグレムリンゾンビを詳しく解剖してみたところ、胞子嚢の部分に小さな毛むくじゃらが埋まっていた。


 ある種の菌類は寄生した昆虫の脳を操って繁殖に適した場所に誘導する、なんておぞましい話を聞いたことがある。だが、こいつらの場合はそんなバイオホラーというより、「死んでも契約とってこい! ボケカス!」という俗っぽいパワハラに近いものを感じる。ボススライムもそうだったが、偉くなると周りにブラックを強いるのはメトロ獣も人間も同じなのか。


 ともあれ、ゾンビの数を減らすことは、そのままやつらの手足を削ぐことと同じなのだ。

 最初の二日で都市の外縁付近のゾンビはあらかた掃除する。ショトロル族は同胞の亡骸を持ち帰って手厚く供養する。これまでにない戦果に彼らも手応えを感じているようで、士気は日に日に高まっているようだ。

 

 

 

 ――だが、異変は三日目に起こる。


「ひそひそ(あそこにもゴーレムりす)」


 チームを離れ、都市中心部への偵察に出た愁とタミコ。そこかしこにうろつく、頭は大きく手足はスリムなアンバランスな岩人形の数々を、屋根の上から観察している。以前ノアを殴りつけたのとよく似たゴーレムが大量に湧いているのだ。

(……もしかして、ゾンビが激減したのを知って、手駒を増やしたのか?)

 新たな死体を調達しづらいなら、岩人形の分身を増やそう。そういうことだろうか。


 だが――だとしたら、最初からゾンビなど使わずにゴーレムだけを手駒に使えばいいのに。都市内なら素材はいくらでも転がっているし、そのほうが頑丈だろうに。

 ――いや。死体を操るほうがコスパがいいのかもしれない。リサイクルになるし、分身からしても岩を動かすより死体を動かすほうが楽なのかもしれない。


 分身ゴーレムが増えたのは、敵戦力の質の向上という点では正直痛い。ゾンビのように簡単には始末できない。

 だが、向こうもそれが苦肉の策なのだとしたら……この戦場に現れはじめた変化は最後にどう転ぶのか。


「タミコ、いるか?」

「……みつかんないりす」


 二人はビショップとルークをさがしている。来るべき決戦に向け、そのレベルを測定するために。

 だがこの三日、どちらも一度もその姿を現してはいない。


 ビショップはどこかでこそこそと内職に勤しんでいるのかもしれないが、ルークはあの祭壇をメインボディーにしているという。通常のゴーレムもリスカウターにかかるのだから、やつが今あそこの中にいるなら引っかかってくれてもよさそうなものなのに。

(本体がでかすぎて見えないのか、それとも地中とか別の場所でお休み中なのか)


「……いたりす! あそこりす!」


 タミコが指さしたのは、祭壇の階段の下だ。


 ――いた。仰々しい羽飾りのようなギザギザしたものを身にまとった巨人。

 ビショップだ。


「タミコ、どうだ?」

「えーっと……72、3くらいりす……」

「ジャガー、じゃないナイトよりちょい上か。想定内っちゃ想定内だけど――あ」


 ゴーレムは目というか視覚を持たない。

 だから、岩人形についている頭は単なる飾りにすぎない。

 だが――その頭が、ぎぎぎと、距離的に聞こえるはずのない軋む音をたてながら、愁たちのほうに向けられる。愁の背中がぞわりとする。

 ビショップが手に握った石の杖を振り上げる。


「やべえ! 逃げるぞ!」

「り、りっす!」


 【感知胞子】の領域を突っ切って飛んでくるものがある。【跳躍】を発動する寸前、一瞬振り返る。十数個の赤い菌糸玉だ。

(マジかっ!)

 着地場所など定める間もなく跳躍する。背後でけたたましい爆音が響き、背中が熱風に押される。


 バランスを奪われ、「ぐえっ!」と通りにハードランディングする二人。そのまま近くにいたゴーレムたちとの乱戦に突入する。

 周りには五体。推定レベルは40~45。


「くそっ! 量産機のくせにつええやんけ!」


 これ以上増援が来るようなら逃げの一手だが、これくらいならなんとかなる。まとめて吹っ飛ばしてやる。

 ――そして、もう一つの異変が起こる。

 

 

    ***

 

 

 十数分後。

 密林を小走りで進み、ノアたちが身を潜めている場所に着く。


「シュウさん、姐さん! 無事でよかった!」

「スゴイオト、シテタ。ダイジョブ、カ?」


 ノアとマッコのお出迎え。戦闘音がここまで届いていたのか、心配してくれていたようだ。

 愁とタミコが目を合わせる。愁は元より、タミコも多少戸惑っている模様。


「……どうしたんですか、二人とも?」

「……うーんと、話すと長いんだけど……」


 タミコをつまんでノアの頭に乗せる。そして三人の前で背筋を伸ばし、「うぉっほん」と咳払い。

 右手を握り、てのひら側を前に向けて、右耳にくっつける。

 先ほどと同じように意識を集中させる。そして――。

 ぱっと開いたてのひらに、ぽんっと赤十字の【聖癒】が生じる――これまでの何倍も巨大な、カラーボールくらいのサイズの。


「わあっ! でっかくなっちゃったっ!」


 三人とも白けた目をしている。平成一のマジシャンのネタは百年後には伝わっていなかったようだ。

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