55:オウジメトロ地下二十五階

 翌朝。

 宣言どおりというか、オオカミの遠吠えで目覚める。


「ウォオオオーーーー! ウォオオオオーーーーン!」

「オオカミ野郎! うるせえぞ!」

「まだ寝てるやつもいるんだぞ!」


 双子の怒鳴り声がする。うるささは遠吠えと変わらない。


「失礼! つい習慣でね、哀れなイヌ科の亜人だと大目に見てほしい。というわけですまないが、もう少しだけ……ウォオ、オオオーーーーン!」

「ああーー!」

「うるせーー!」


 これを今日という一日のスタートにはしてやりたくない。つまり二度寝を強行する。「オオカミりす! シューゲキりす! キーキー!」と飛び起きたタミコも「だいじょぶだぞー、まだ寝てていいんだぞー」とお腹をぽんぽんしてやると呆気なく夢の中へ戻っていく。スヤァ。


「……ノア、もうちょっと寝てていい……?」


 ノアは上体を起こしている。くすっと笑い、自身もマントにくるまる。


「……はい。おやすみ、シュウさん」


 隣で目を閉じる彼女の顔を見て、胸に湧き上がるものがある。全身がかあっと熱くなる。

 同時に、ざまあ! とオオカミ男に向けて思っておく。

 ノアもタミコも、この子らの笑顔も寝顔も、絶対にお前なんかに見せてやるもんか。



    ***

 

 

 幸せな二度寝から目覚め、諸々の支度を済ませてキャンプを出る。出入り口に近いテントの前で双子が朝食の準備をしている。


「他のやつらももう起きてるみたいだな」

「下の階に向かうなら、また会うかもな」

「気をつけて行けよ」

「ここからは一気に危なくなるからな」


 双子の忠告どおり、二十一階からは出没するメトロ獣のレベルが跳ね上がっている。

 ゴーレムはレベル30以上、他のメトロ獣で25前後。ノアやタミコに単独で戦わせるにはリスクが伴う領域に入ってきた。なので基本的には愁が正面から対応し、二人にはサポートに徹してもらうことにする。


「だけど……貴金属とか宝石類って全然出てこないな……」


 十階以降で何度も狩った鉄やら銅やら鉛やらばかりだ。今のところ昨日の銀粒が最高か。


「だからこそお金になるんでしょうけどね」

「まあそうだけどね。予定どおりもう少し下に行ってみよう。いい隠れ家が見つかるといいけど」

「あたいがみつけるりす! にんにん!」

「クノイチリス頼もしいわ」


 マップは下層に進むたびにその正確さに欠けていく。メトロの変動というのも要因としてあるのかもしれないが、単純に進めば進むほど到達人口が減り、測量できる人員を送り込むリスクも上がるからだろう。それでも階段と階段を結ぶ大まかな通路に誤りはないので、特に困りはしないが。

 ノアの懐中時計によると、出発したのが午前九時。昼の休憩を挟み、午後三時に二十五階にたどり着く。


「むきゃ! あたい、レベルアップ!」


 着いて早々、ランドサハギン(人間大の二足歩行のウーパールーパー)の群れと乱戦。危なげなく退けると、タミコがレベル41になる。また一歩つよつよリスの高みへと登った。


 ノアもこのペースなら近々またレベルアップするだろう。愁としてはメンバーの強化に喜びもひとしおな反面、羨ましくもある。


(ボススライム戦以来だから……一カ月かあ)


 しばらく身体ビキビキから遠ざかっている。いきなりやってくるあのちょっぴり不快な感覚が恋しい。

 愁はゲームのレベル上げ作業をあまり苦と思わないタイプだ。さすがにオオツカメトロでは楽しむどころではなかった面もあるが、それでも文字どおり血のにじむ努力が明確な形になって現れてくれるのが嬉しくないはずがない。楽しくないはずがない。


 経済学の講義で習った。戦後のどん底から這い上がり、高度経済成長を遂げ、世界有数の経済大国へと成り上がった日本。物量的にはその後の平成時代のほうが恵まれているはずなのに、国民の幸福度は昭和中期から後期のほうが遥かに高かったという。人は上を向いていられることに幸福を覚える生き物なのだ。


 最深層付近まで行って、素材集めをしつつレベリングをしたい。そこが愁にとってのチャンスになりそうだ。

 ちなみに余計焦りが募っているのは、あのオオカミ野郎に先んじられているというのが思った以上に悔しかったからだが、愁としては認めたくない。

 

 

 

 二十五階をうろつき、身を隠せそうな横穴などをさがす。ほどなくして、空き瓶や毛布などが置いてある小部屋を見つける。誰かがここで寝泊まりしていたのだろう。大人が一人かろうじて通れるほどの出入り口の脇に、木の板でこしらえた蓋のようなものが立てかけてある。


「他の人たちとかち合いそうな場所ですね」

「それな、だね」

「どうします? 他の場所をさがしますか?」

「まあ……相席でトラブることがなけりゃいいんじゃない?」


 キャンプ地でBBQしたメンバーであればうまくやれそうな気はする。もちろん用心するに越したことはないが。


 階段から階段へのルートは一つではない。道の起伏や険しさ、メトロ獣の出没頻度などは地図には記載されていない。

 経路上は最短ルートに見えても急がば回れの道は往々にしてありそうだ。双子や老人組などの「もっと下に用がある組」と出くわさないのはおそらくそういった理由だろう。

 適当に狩りをしていたら夜になってしまい、結局最初の候補のところに戻る。先客はいないので、荷物を下ろして出入り口に蓋をしておく。ノアがそこに鳴子を仕掛ける。外から入ってくるものがあればコロコロと鳴って知らせてくれる。


「はあ、疲れましたね」

「んだね」

「んりすね」


 ここまでの戦利品を確認しておく。アルミラージの角、ヤドカリナイトの貝殻のかけら、オニオオカブトの角と外角、成長個体と思われるつよつよ緑ゴブリンの毛皮などなど。ゴーレムガチャは銀粒をいくつか引いた程度だ。

 推定十万円強。数字だけ見ると悪くない気もするが、危険度と比較すると今ひとつとも言える。


「こうして見ると……レア系のゴーレムを引かない限り、オウジは狩り場としてはあんまりおいしくないかもしれません。まあ、そんな濡れ手に粟なおいしさだったらもっと人も多いでしょうしね」

「人生ってのは甘くないね」

「じんせいらくありゃくもあるりすな」

「よく知ってんなそれ」


 タミコが一つレベルを上げて41。愁とノアは据え置きのまま、68と25だ。


「できれば俺も一つくらいレベル上げたいなあ……つーかさ、狩人が二人一組が多い理由がよくわかったよ。胞子嚢が二つだからっしょ?」

「そうですね……そういうケースが一番多いとは思います」


 胞子嚢はいわば経験値の塊だ。一つ食べるより二つ食べるほうがレベルアップの近道になる。そういう意味では胃の容積の少ないタミコのような種族は不利ではある。まあ、種族間ギャップはどの生き物にしても存在するので文句を言っても始まらないが。


「でも普通に三人とか四人で組んでやってるところも多いですよ。ソロで鍛えれば早く出世できるかもですけど、事故ったら終わりですからね」


 三人以上となると胞子嚢の分配が難しくなる。だが人数が増えればそれだけ狩れる獣の数も増えるだろうし、安全マージンをとることもできる。要は考えかたやメンバー構成次第というところか。


「昨日も言いましたけど……この階の時点でボクは全力出してそのへんの獣とトントンです。ボクも姐さんもゴーレムとは相性悪いし、これ以上進めばもっと強い獣がわんさかです。戦闘に関しては完全にシュウさん頼みになっちゃいます」

「だね」

「だから、念を押しますけど。シュウさんがやばいって思ったら即撤収です。絶対に無理しないでくださいね」

「わかってる。調子こきモード厳禁ね」



    ***

 

 

 翌日。


「どっせい!」


 一つ、【光刃】をまとわせた【戦鎚】でゴーレムの胸をぶち抜き。


「そぉいっ!」


 二つ、【光刃】をまとわせた【戦刀】でゴーレムの肩から腰へ通り抜け。


「らっしゃあっ!」


 三つ、【光刃】をまとわせた【鉄拳】で以下略。


「来た! これ金じゃね!? もしかしなくても金じゃね!? ぴぎー!」

「やっぱりチョーシこきモードりす」

「なんかやけくそ感もあるような」


 砂袋を暴いてみたところ、キラキラと輝く小さな粒が覗く。

 ゴーレムガチャ、本日三体目にしてようやく当たりを引いたようだ。


「確かに金っぽいですね……ちっちゃいけど……」

「こまけえこたあいいんだよ! 当たりを引いたことが重要なのよ!」


 実物を掘り当てたのだ。ガチャが詐欺でないことが立証された。あとは数をこなしていけばいい。


「にしても……姐さんによるとここのゴーレム、35くらいですよね。フィジカルはプラス10くらい補正ありそうなのに。それをほとんど一撃って、今さらですけどさすがシュウさんです」

「あたいのパグワンりす」

「パダワンね」


 今のところ二十五階のゴーレムでも問題にならない。パワーだけは侮りがたいが、総合的に見ればまだまだオーガやオルトロスには及ばない。

 動きは鈍く、知能も低い。急所の付近さえつければ一撃で葬れる。人型ながらときおり関節という概念を無視した動きをしてくるが、それも慣れれば大したことはない。


「この調子ならもう少し下行っても問題なさげだね。明日もう少し粘ってみるか」


 さらに翌日。

 二体目を倒したところでレベルが上がる――ノアの。

 四体目を倒したところで新たな菌能を習得する――ノアが。


「なんかすいませんねえ……えへへ……」


 悪びれるノアはそれでも嬉しそうだ。これでレベル26、菌能は四つになった。


「狩人三年目ですけど、二人に会ってからこれまでが嘘みたいなペースで三つも上がっちゃって……アベシューのおこぼれ育ちやばいですね……禁断の味ですよ……」

「あたいたちおこぼれシスターズりす」

「お役に立てて光栄だけど胸張んな」


 大きめの金や銀の粒が数個、それに宝石の原石らしきものもいくつか手に入った。ノアの見立てでは「寄生品ではなく普通の宝石」のようだが、少しずつ目的のものに近づきつつある予感はしている。

 ただ――レベルアップで二人に遅れをとっているのがやはり悔しい。しかもノアの新しい菌能は使い勝手がよさそうでなお羨ましい。


「やったー! いい能力引けましたよ! 菌能ガチャ最高!」


 大喜びして飛び跳ねるノア。ぶるんぶるん揺れるのを微笑ましく凝視しておく。

 ノア、第四の菌能、【粘糸】。粘着性のある菌糸を円網状(クモの巣の形)に放つ能力だ。赤青のクモ男が手首から放つアレと思えばいい。

 あまり遠くへは飛ばず射程距離は三~五メートルほどと短いが、直接相手の動きを封じたり、あるいはトラップとして仕掛けたりと、かなり便利な菌能と思われる。〝細工士〟の中でも当たりの部類に入るようだ。


 この階層のメトロ獣に【粘糸】を試してみる。ゴーレムには残念ながら五秒ともたずに剥がされてしまうが(レベル差もあるのでしょうがない)、それ以外の小型・中型の獣にはじゅうぶん通用することが判明。


「これならザコ相手はだいぶ役に立てそうです! よかった!」

「これで俺もゴーレムに専念できるね」


 うまく二・三発当てられれば相手をほぼ無力化できる。何度か実戦で試すうちに早々に「当てる勘」も養い、タミコとの連携も向上していく。

 ただしノア自身の菌能を使う体力はそれほど恵まれていないようで、連発すると目に見えて動きが鈍る。そこだけ要注意か。


「今日はこのへんにしとこうか」


 今日はここで切り上げて、明日に備えて英気を養うことにする。いよいよ最深層へ向けての挑戦だ。


 襲撃者はその夜に訪れる。

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