53:地下迷宮のBBQ

 健康的なピンク色のウサギ肉を抱え、地図を頼りにキャンプ地へ向かう。

 なんというか、ガリバートンネルのように天井がすぼまっていき、その先に鉄柵の扉がはまっている。大人が腰を折ってようやく入れる高さだ。鍵はかかっていないが、きちんとノブを回さないと開かないようになっている。


「……ほえー……」

「……りすー……」


 中はかなり広い。

 天井が広く、すっかり夜の姿に変わったヒカリゴケが青っぽい光を降り注いでいる。地面は柔らかな草地になっていて、広場に布製のテントらしきものが十個ほど設置されている。

 奥には地底湖が広がっていて、その畔はきらきらと瞬く砂地になっている。まるでリゾート地のような光景だ。


「――よお、ここは初めてかい? こっち来なよ」


 呼びかけられてびくっとする三人。テントの前に切り株を椅子代わりにして座っている女がいる。

 三十代半ばくらいだろうか、長身で巻き毛のファビュラスな女性だ。グラマラスな胸元がぱつんぱつんになっている。凝視不可避。


「ど、どうも……」

「はは、なに遠慮してんだい。別にあたしらは管理人でもなんでもないよ、お前さんらと同じただの利用客さ」

「おう、誰か来たんかい、姉ちゃん」


 愁たちはぎょっとする。テントから出てきたのは、その女とまったく同じ顔、まったく同じ量の乳の女だ。タミコの菌糸分身に色をつけたかのように。


「あはは、君らいいリアクションくれるな。これだからやめられねえ」


 二人は双子だという。彼女らのお気に入りがこれ、片方が入ってくる者に声をかけ、もう片方があとから出てくるという遊びだ。まんまと酒の肴になってしまってちょっと悔しい。ビクビク。


「あたしたちはアカバネトライブの〝シシカバシスターズ〟。あたしがシシカバ・ミドリ。んで、こっちが妹の――」

「シシカバ・アオイだ。よろしくな、新入りさん」


 最初に声をかけてきた姉が緑色のジャージ、テントから出てきた妹が薄紫色のジャージ。一応それで区別がつく。


「ここって管理人とかいるんですか?」

「いやいや。そんなもんいないよ」

「どっかの親切さんがここを設けて、以来誰でも自由に使えるようになってる」

「つってもトラブルは日常茶飯事だけどな」

「貴重品は大事に身につけとけよ」

「なにかあったらあたしらを頼ってもいいぜ」

「ほとんど年中ここで暮らしてるようなもんだからな」

「古株ってやつさ」

「スナフキンみたいなもんさ」


 この時代にもムーミンは伝わっているのか。詳しく聞きたい。

 ムーミンはともかく、二人の代わる代わるお節介焼きトーク。双子パワーで息ぴったりだ。

 とりあえず悪い人ではなさそうなので、愁たちも軽く名乗っておく。「スガモのアベ・シュウです」「イカリ・ノアです」「あたいタミコりす」。


「テントは半分くらい空いてっから、適当に使いなよ」

「ここんとこあんまり人も来ないからな」

「もう少ししたら有志募ってバーベキューやるからさ」

「お前さんらもよかったら参加しな」

「酒もたんまりあっからよ、今夜は大盤振る舞いだぜ」


 悪い人ではないどころではない。女神だ。あるいはこの世に遣わされたリアルぐりとぐらだ。パンケーキ食べたい。

 

 

 

 入り口から見て右端のテントが空いている。中は地面に薄いシートが敷かれているのと、空のカンテラが吊り下げられているだけだ。荷物を置くスペースを確保しても四人くらいは川の字で寝られる広さがある。


「ねえノア、ぐ――あの双子がBBQやるって言ってたけど、参加していいんかね?」


 愁とタミコにとって、メトロで他の狩人と交流する機会は(ノア以外では)初めてだ。ここまでの道中に何度かすれ違ったりしたが、登山マナーよろしく「どうもー」などと挨拶する程度だった。

 半ば無法地帯のメトロのど真ん中、管理者のフリーのキャンプスペース。果たして危機管理上問題はないのだろうか。


「最低限の用心は必要だと思いますけど……大丈夫じゃないですかね。ここは都庁直轄領にあるメトロですし、人の出入りも多いです。おおっぴらに悪さをしようっていう狩人はいないんじゃないかと。あの人たち結構レベル高そうでしたし」

「ふたりとも40ちょっとくらいだったりすね」

「なるほど」


 レベルや序列が上に行くほど、悪事を働くような小悪党は少なくなる。そんなものに頼らずとも稼げるし、積み上げた実績と地位があるからだ。あの野盗の頭領のような例もあるので絶対ではないだろうが。


「確かに悪い人じゃなさそうだし、先輩から薫陶を受けられる貴重な機会だしね」

「シュウさん、目に酒って書いてありますね」

「ダメなオトナりす」


 カンカンカン、と外でやかましい金属音が響く。


「みんなー、集まれー!」

「バーベキュー始めようぜー!」


 ぐりとぐら、もといミドリとアオイだ。愁たちも参加するべくテントを出る。ひゃっほーい。

 奥側の地底湖の畔に、七人ほど集まっている。

 ミドリとアオイ。若い男女コンビ。老人の男性コンビ。そして一人ぽつんとしている赤髪のイケメン。


「十人か、賑やかでいいな」

「ほんとはもう一人いるんだけどな」

「誘ったけどダメだった」

「ロンリーウルフってやつだな」

「文字どおりな」


 愁の視界の端で、ノアがぴくっと反応する。ほんの一瞬だが。

 テーブルが置かれ、石を削ってつくったグラスが並んでいる。焚き火用に石枠と薪が組まれている。そこに野菜、キノコ、謎の肉、あるいは触手の生えた奇っ怪なフォルムの魚が串焼きにされる。ノアが持参したアルミラージの肉も双子が手早く捌いて串に通してくれる。


「……タミコ、これが本場のBBQだ……」

「……シュチニクリンりすね……」


 愁たちもオオツカメトロでなんちゃってBBQをさんざんやってきたが、目の前のこれはもはや別次元だ。

 パチパチとささやかに火の粉が舞う。きちんと塩コショウを振られ、あるいは醤油っぽいタレをかけられた串がじっくりと炙られていく。あまつさえウイスキーらしき酒がスタンバイしている。ケロッグコンボならこうさけぶことだろう、「もう我慢できない!」。


 殺気めいた迫力をこめて料理を凝視する二匹のアニマルをよそに、ミドリとアオイが自己紹介の時間を設ける。


 男女コンビはコマゴメ市。老人コンビはネリマトライブ。ボッチのイケメンはセンジュトライブ。総じてシン・トーキョーの北部、東部が多い。

 愁たちも挨拶を済ませ(タミコの「じゅっさいりす!」で大いに盛り上がる)、グラスを手に乾杯。音頭をとるのは主催の双子だ。


「野郎ども! ここが地獄に咲く最後の楽園だ!」

「明日は屍か苗床か! 関係ねえ、心残りは今日でおさらばだ!」

「袖振り合うも多生の縁! なんの因果かへべれけ仲間よ!」

「オウジメトロとあたしらの冒険に、乾杯!」

「ウェーイ!」


 意を決して琥珀色の液体を口に含む。舌の上でガツンと来て、喉を灼き、鼻に抜ける。


「アッー! やべえこれ、来たわガツンと! アアッー!」

「アベシューまたこわれたりす」

「ボクたちがしっかりしなきゃね」


 ちなみにタミコとノアはノンアルコールのぶどうジュースだ。お子様たちにアダルトな飲み物は早い。


 肉も野菜もうまい。ウサギ肉は思った以上にジューシーで柔らかい。これでもかと効かせたスパイスで食欲が倍増。酒も進む。

 明日があるから控えめに、などとノアに釘を刺されたことはとうに頭から抜けている。二杯おかわりする。星が見える。なんていい気持ち。


 双子と老人コンビを中心に話がはずむ。愁としても営業という職種柄、同業者の懇親会などは慣れっこだ。新人だったから、先輩から「何枚名刺もらうまでは帰らせねえぞ」などとドヤされたのもいい思い出だ。


 色とりどりの串焼きに舌鼓を打ち、琥珀色の液体の熱を胃で楽しむ。初対面の人たちと酔っ払い言語の応酬。ほろ酔いのゴージャス美女二人。楽しい。普通に楽しい。


 やがて「このメトロになにをしに来たのか?」という話題になる。


「あたしらはエメラルドと」

「アメジストだな。宝石狙いだ」


 ミドリとアオイが得意げに言う。自身の名前の色と同じ宝石。


「こう見えてあたしら、宝石商でな」

「つーか実は、三女もいるんだよ」

「あたしらの一つ下のな」

「そいつは狩人の才能がなかったんだけど」

「オツムの足りないあたしらよりよっぽどデキがよくて」

「店を任せたらイケイケドンドンよ」

「アカバネにお寄りの際は、ぜひともシシカバ宝石店へ!」


 男女コンビも金銀や宝石系狙いだという。タミコの見立てだとレベル30ちょいなので、レベリングも兼ねているのかもしれない。というか公衆の面前でイチャつかないでほしい。

 老人コンビは金狙い。二人とも金婚式が近いらしく、文字どおり金の指輪用にという。幸せ者の奥さん方だ。


「そうでも言わんとうち出られんもんな……散歩行くだけで『この徘徊老人が!』って怒鳴られて……」

「おったらおったで『邪魔じゃボケ老人!』ってケツ蹴られるだけじゃもんな……ゴーレムのがよっぽど可愛げあるわ……」


 恐れおののく歴戦の狩人コンビ(推定レベル45)。結婚怖い。

 そしてボッチイケメンはというと――話を振られてぽりぽりと頬を掻き、曖昧に首を傾げる。


「腕試し、って感じですかね?」


 年は愁と同じくらいだろうか。さらりとなびく赤髪、アイドルでも通用しそうな優男。常ににこやかな笑みを絶やさない。嫌な感じはしないが――ふと目が合った愁は、うなじがざらりとするような感覚を覚える。


「ひそひそ(タミコ、あの人は?)」

「ひそひそ(50くらいりす)」


 レベルだけなら愁を除いて一番だ。

 個人の強さはレベルだけでは測れない。それはメトロ獣も人間も同じだ。レベルだけが正義ならサタンスライムには勝てなかったし、そもそもオオツカメトロで生き残ることは不可能だった。

 あの男にはレベル以上の得体の知れないものを感じる。

 双子にも老人にもない、その薄皮の下に潜むなにか――。


「アベくん、お主らは?」

「見たところ、若いのに相当腕が立ちそうだのう」


 お人好しの人畜無害そうな塩顔。という評価はこのシン・トーキョーでもわりとそのままで、市井の人々に警戒されるようなことは少ない。「狩人っぽくないね」と言われることさえしばしばだ。

 だが、わかる人にはわかるようだ。スガモのエースことシモヤナギのように、老人コンビも同じく、蓄積された経験値がそうさせるのだろう。


「えっと……ミスリルとかゲットできたらって思ってるんですけど」


 一同の顔が硬直する。男女コンビが「そんなバカな」と苦笑いする。


「アベくん、さすがにそりゃあ無茶だ」

「ミスリルなんて今や幻だからな」

「数十年前に結構狩り尽くされたらしくてな」

「今じゃ最深層の三十階にしか出てこない上に」

「そもそもめったに姿を現さない」

「しかも落とすやつは深層のボス級だ」

「あたしらでも歯が立つかどうか」


 経験豊富な彼女らをして、無謀な挑戦と思わしめる。一筋縄ではいかないようだ。

 タミコとノアにちらっと目をやると、彼女たちはなんだかプリプリしている。


「うちのシュウさんはここのみなさんにも負けない優秀な狩人ですけどね」

「スガモさいきょうのドーテーりす」

「タミコ黙っとけ」


 そこから始まる人生の先輩方の童貞いじり。愁はあくまで否定する。「証拠ー! 証拠を出すりすー!」といつにない剣幕で抗弁し、逆に気の毒そうな目で見られたりする。


「その……万が一シュウさんが童貞でも、ボクは尊敬してます」


 とどめを刺される。


「まあ……ボクも……ごにょごにょ……」


 ちょっと復活。


「あたいもオトメりすよ」

「うん? うん」

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