48:寄生品と〝岩人形の坑道〟

「えへへりすー」


 タミコがうつ伏せで頬杖をつき、後ろ足をぱたぱたさせている。尻尾が左右にふよふよ揺れている。


「あたいの、あたいのニンシキヒョーりすー。ちっこいあたいがいるりすー」


 乙女チックなポーズでうっとり眺めているのは、先ほどもらってきた認識票だ。正面を向いたシマリスがどアップで写っている。


「帰ってきてからずっと眺めてますね、姐さん」

「頬袋に入らない自分の所有物って、なにげに初めてかもね」

「あたまのホーセキ、もっとピカピカにみがいたほうがよかったりすかね? アベシューはどうおもうりす?」

「うん? うん」


 愁も自分のそれを手にとってみる。ようやくこの世界の住人として認められた気がしてまんざらでもない。これで大抵の街には出入り自由になるし、銀行口座もつくれる。というかさっそくつくってきた。


「スガモ市のやつ……いいなあ……」


 ノアのもの――イケブクロトライブ発行の認識票に顔写真はない。愁たちのものが免許証なら、ノアのものは簡素な保険証だ。こういうのは文化や制度の違いらしい。とはいえ実は、無料ではない。発行代金として一万円かかっている(来年支払う組合費にプラスされる)。


「アベシュー、あたいのニンシキヒョーもっててりす! ぜったいなくさないでりす!」

「俺はおかんか」

 

 

 

 その日の夜、オブチとユイがワインを持参して訊ねてくる。

 ノアのつくるメシはうまい。なにをつくらせてもうまい。たまに愁がつくることもあるが、コンビニ弁当とカップラーメンが主食だった一人暮らし生活だったので自炊スキルは磨かれていない。どうあがいても「可もなく不可もなく」程度のものしかつくれないため、今では自然とノアが食事担当になっている。愁は掃除、タミコは昼寝。

 晴れて狩人の仲間入りということで、お祝いの献立はビーフシチューだ。これがうまいしパンにもワインにも合う。


「あたいも! あたいもオトナだから! ……へんなあじりす……」


 ちびちび舐め、ぎゅっと顔をすぼめるタミコ。ビールもダメだったし、アルコール類全般苦手なようだ。


「アベさんたちは、これからどうするつもりですか? なにかクエストを受けたりとか?」

「いや、うーん……どこかメトロに行って稼ごうかなって思ってます。レベルも上げられるなら上げたいし」

「これ以上さらに強くなるんですか……そのうち〝獣王〟とでも戦えそうですね、アベさんは」


 さすがに68ともなるとそんじょそこらでのレベリングは難しいかもしれないが、そこはぼちぼちやっていくしかない。タミコとノアのレベル上げにもつなげられれば万々歳だ。


「あ、それとなんですけど……いい狩人向けの武器とかってどこかで買えないですかね?」

「ぶひゅー、武器ですか。今朝もお話ししてましたけど、熱心みたいですね」

「狩人ってほとんどリアル武装してないっすよね。みんな菌糸武器とかで戦うから? でもいざというときになんか持ってたら役に立つかもって。俺、中距離くらいの得物しかないし、ナイフとか持っといたらいいかなって」


 ノアがぐりんっと首を回して睨んでくる。「ボクの【短刀】があるじゃないですか、アイデンティティーを奪わないでもらえますか」と目で語っているような気がするのは気のせいだたぶんそうだ。


「そうですね。確かに装飾品なんかは汎用性が高いし、防具にしてもかさばるものでなければデメリットはないんですが……武器となるとね。ごく一部の狩人はそういうものを携帯していますが、アベさんにはメリットが薄いんじゃないかと」


 ノアとユイがお茶を用意してくれる。そして食後のデザートにとケーキ――ではなく。


「うおっ! 羊羹だ!」


 懐かしい、実家にいたとき以来だ。


「ああ、甘さ控えめでいいわ。これこそ和スイーツだわ」

「うまうま! あたいのしたにささる、じょうひんなあまさ! まえばにたのしいツブツブザラザラのしょっかん! うまたにえんでちゃうりす!」

「狩人が武器を持たない理由はいくつかあります」とオブチ。「まず、メトロ獣との継続戦闘に耐えうるような武器が少ないこと。憲兵には鉄や鋼の武器が支給されますが、そんな得物だけを頼りにメトロに潜ろうものなら、一日ともたずになまくらですよ」


 鉄の剣やひのきの棒で延々戦い続けられるのはフィクションやゲームの中だけだ。メトロ獣相手に何度も戦えば普通に折れ、欠け、錆びるだろう。菌能や魔獣なんてトンデモがまかりとおる世の中で、今さらそんな正論にぶち当たるとは。


「シュウさんが生きてきた時代とは――」とノア。「採掘できる鉄鉱石の量も質も、あるいは金属の精製技術もくらべものにならないですから。鉄製のお鍋やフライパンだって結構高かったでしょ?」

「あー、言われてみると」


 国外から輸入できないとなると、国内で採掘するしかないわけか。シビアだ。


「じゃあたとえば、【戦刀】とか使えない人が、予備に刀を持ってくみたいなことはないってこと?」

「ぶひゅー、そうまでして携帯するよりは、自分の持っている能力を磨いて戦うほうが効率的でしょう。菌能や菌糸武器は、刃こぼれも損耗も気にせずに使い回せるのが一番の強みです。それを活かした継戦性があればこそ、狩人はメトロの深層まで潜っていけるんです」

「うーん……」

「二つ目に、単純に強度の問題もあります。熟練の狩人ともなれば、菌糸武器の強度はそこらの鉄製の武具をしのぎます。肩を並べられるような武器もつくれますけど、素材の調達やそれを打つ鍛冶屋選びも含めて、それこそとんでもないコストが必要です」

「うえー……あ、でもなくはないのね」

「ミスリルや魔鉄骨といったメトロ深層の鉱物素材であれば。ミスリルは聖銀とも呼ばれる美しい白の金属で、対照的に魔鉄骨は光を吸い込むどす黒い金属です。いずれも頑丈さは菌糸武器以上、手入れさえきちんとすれば相当長持ちするって話です」


 ミスリル。厨二心をくすぐられるワードが出てきた。


「魔鉄骨の入手は運も絡むというか、狙って見つけられるものじゃないですね。こないだの〝腕落ち〟の頭領、あいつが使ってた鉤爪はおそらく魔鉄骨でした」

「あー、あれは相当かたかったね」


 【光刃】つきの【鉄拳】でへし折ってしまったが。


「ミスリルも同じく、調達は非常に困難とされる素材です。ミスリル製の剣などは業物の代名詞みたいなもので、一部の達人級狩人やトライブの要人なんかが持っていると聞きます。目玉が飛び出るようなお値段ですよ」

「ドングリなんこぶんりすか?」

「ドングリ換算は人生初ですが、たぶんスガモ市中をドングリでいっぱいにしても足りないかと」

「アベシュー、むりりす。ドングリにしとくりす」

「しとかねえし。ちなみに、特殊効果つきの武器ってあるんですか?」


 この国には「素材に寄生した菌糸によって特殊な効果を備えたアイテム」が存在する。いわゆる〝寄生品〟と呼ばれるアイテムだ。


 たとえば愁たちの成長個体のカトブレパスの革を素材にしたマント。これも立派な寄生品だ(ランクはそれほど高くないようだが)。

 紫がかった黒のカッコいい仕上がりで、防寒防熱に優れ、耐刃性も高い。なによりすごいのが「ちょっとやそっとの傷や穴くらいは勝手に修復する」という特殊効果だ。

 〝再生菌糸〟という菌糸が生地に寄生していて、湿気や多少の光? さえあれば自動的に損傷を修復してくれるらしい。もったいなくてなかなか試せていないが。


 他にも「身につけているだけで腕力が上がる腕輪」や、「毒物への耐性が上がるネックレス」なんてものも存在するらしい。それらだけでもじゅうぶんすごいが、武器にも特殊効果つきがあるなら実戦で役に立ちそうだ。


「ありますよ。傷んでも勝手に修復する剣とか、空振りすると火が生じる杖とか」

「うおお! ほしい!」


 まさに魔法武器。またも厨二心がぐらぐら。


「いえ、ですが……装飾品ならいざ知らず、武器となると難易度が極端に跳ね上がります。なぜかというと、基本的に装飾品や衣類は『菌糸が寄生した素材』をそのまま加工します。対して武器は、『一度こしらえた武器に菌糸を寄生させる』わけで、いわば人為的に寄生品をつくろうという試みなわけです」

「なるほど」

「寄生品の武器を打てる鍛冶師はシン・トーキョーに一人か二人しかいないという話で、現存するものはそれこそ〝糸繰士〟並みの超レアものだとか。一度でもお目にかかれたら奇跡ってレベルですね」

「いーなー……俺も見てみたいなー……」

「話を戻しますと……現実的にアベさんのレベルで実用できそうな武器となると、ミスリル級の素材が必要になるでしょう。そんなレア素材を追求するよりは、地道に地力を磨いたほうが手っ取り早いんじゃないかなと。仮にそういったものが必要になるシチュエーションになったとしても、アベさんにはそれをカバーする仲間もいるわけですし」

「まあ、そうかなあ……」


 結局そういう結論になるのか。

 愁はふうっと息をつき、ほうじ茶を口に含む。

 次の冒険は武器さがしだーなどと内心楽しみにしていたが、路線変更の必要がありそうだ。


「寄生品の武器は無理でも――」とノア。「ミスリルや寄生品の宝石がとれる可能性のある場所ならありますよ。どうせなら修行も兼ねて行ってみませんか?」

「お、ちょっと楽しそう」

「りす」

「イカリさん、もしかして――」

「はい」


 ノアが人差し指をぴんと立ててみせる。


「――オウジメトロ。ゴーレムの巣窟で、通称〝岩人形の坑道〟。シン・トーキョー北部でも有数の宝石や希少鉱物の採掘スポットと言われるメトロです」

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