34:試し紙――菌職診断と〝糸繰士〟

 ノアがちゃぶ台に別の用紙を並べる。今度は一辺十センチくらいの正方形の紙だ。


「これが菌職を判別する試し紙です」


 紙質は先ほどのレベル用と似ている。血を吸わせる丸枠があるのも同じだが、それを中心にして六角形が囲っている。その頂点には文字のような記号のようなものが書かれているが、なんという意味なのかはわからない。


「そもそもの話ですが……菌能は〝糸繰りの民〟であれば誰でも習得できるというわけではありません」

「こないだの野盗のときもそう言ってたよね。てっきり胞子嚢食えば誰でも覚えられるんかと思ってたけど」


 昨日会ったコンノは狩人のことを別の人種のように見ているようだったし、「あんたらの使う能力」と他人事のように言っていた。


「シン・トーキョーの人口はおよそ百万人。そのうち菌能を覚えることが可能な人は十数万人程度と言われています」


 十パーセント強というところか。意外と少ないような気がする。


「狩人ギルドの非公式な呼称として、大多数の菌能を覚えることのできない人たちは〝人民〟に分類されます。あくまで狩人業界内の呼びかたなので、街中ではあまり使わないほうがいいです。『差別用語だ!』って怒る人もいるので」

「プチ炎上案件ってことね」

「〝人民〟は、胞子嚢を食べても菌能を習得できず、レベルも10程度までしか上がりません。なので〝人民〟は狩人ギルドに所属することはできません。過酷なメトロ内での活動や荒事には向かないですから」

「なるほど。じゃあ〝人民〟以外の菌職? の人が菌能を覚えられて、レベルももっと上げられるって感じか」

「はい。正確に言うと、菌職というのはボクたち〝糸繰りの民〟――つまりこの時代の人間における、生まれ持った『習得できる菌能の傾向』ということになります。そういう意味では〝人民〟は菌職ではないんですが、まあ『菌能を覚えられない菌職』的なニュアンスで言われたりします」

「習得できる傾向?」

「特定の菌能を覚えられる傾向、個々人のスタイル、生まれついての才能の方向性……そんな感じでしょうか。今どきは〝クラス〟なんてオシャレに呼ばれることもあります」


 あまりぴんとこない。そろって首をかしげる愁とタミコ。


「たとえば、ボクは〝細工士〟の菌職です。狩人ギルドのデータによると、〝細工士〟の習得できるとされる菌能は二十種類程度と言われています。逆に言うと、その枠外の菌能はどれだけ胞子嚢を食べようと覚えられません」

「僕は〝闘士〟ですね」とオブチ。「ああ、亜人も人間と同様の菌職できちんと分類されます、ぶひゅー」


 言葉どおりゲームでいうジョブやクラスと似たようなものか。生まれつきというのがシビアだが。


「まじゅうにもきんしょくはあるりすか?」

「えっと……少なくとも人間の菌職分けがそのまま当てはまることはないと思います。人間と同じように同種間でも個体差はあるかもしれないですけど、各種族が菌職のような分類を把握してるかどうかまでは……」

「カーチャンはなんか言ってなかったの?」

「カーチャンはじぶんのことを〝クノイチ〟っていってたりす」

「リス忍者か。かっけーな」


 ちょっと誇らしげなタミコ。


「ケット・シー族でも、個人によって習得する菌能は違うわな。そういうのを大別すれば菌職ってことになるんだろうけど、うちらはそんなこと気にしないわな」

「まあ、ナカノの森? で同族に会えばわかるかもね」

「りすね」


 タミコのトーチャンに会いに行く、という目標がある。もう一つナカノに行く目的が増えたわけだ。


「〝人民〟を除くと、菌職は六つに分類されます。隠密や工作向きの〝細工士〟、豊富な菌糸武器を習得できる〝騎士〟、身体強化や耐性に優れた〝闘士〟、治療や一時効果付与などが得意な〝付術士〟、投げて効果を及ぼす菌糸球を操る〝放術士〟、遠距離攻撃のスペシャリスト〝狙撃士〟。呼び名はその菌能の種類や戦闘手段などから、昔の人が適当につけたと言われてます」

「おー、かっけー。〝狙撃士〟っていいなあ」

「狩人ギルドが公表しているデータによれば、それぞれの菌職で習得可能な菌能は十~二十種類程度とされています。中には重複というか、複数の菌職にまたがる菌能もあります。たとえばアベさんの【跳躍】は〝騎士〟と〝闘士〟と〝細工士〟が習得できる可能性がありますし、ボクの【短刀】は〝細工士〟以外でも結構みんな習得できます。ハズレスキルなんて言われたりしますけど」

「なるほど」

「ただし、さっきも言いましたけど、その菌職ごとのリスト以外の菌能は基本的には習得できません。ボクがどれだけ胞子嚢を食べても【戦刀】は習得できないし、オブチさんは【火球】や【聖癒】を習得できません。まあ、その裏づけとなる根拠は『過去の狩人たちから収集した情報』なので、絶対とも言いきれないですけど」


 あくまで統計的な根拠ということか。それでもこの社会が何十年も積み上げてきたデータなら信頼に値するだろう。などと経済学部卒っぽいことを思っておく。


「それでも、ごくまれに例外の人も出てきます。本来習得できるはずのない【治癒】を使える〝騎士〟や、【鉄拳】を使える〝放術士〟とか。そういう人たちはいわゆる上位菌職、〝聖騎士〟や〝魔術士〟なんて呼ばれます。狩人の中でもほんの一握りの貴重な存在です」

「いわばカリスマや英雄の資質ですね。各都市やトライブの軍事的要人を務めたりとか、狩人として出世した人もそうだったりします」


 ゲームの上級職みたいなものか。アガル。


「上位菌職ってのも生まれつきなの? それとも通常菌職からレベルアップとかでクラスチェンジできたりするの?」

「生まれつきですね。でもごくまれに、後天的に上位菌職になる人もいるとかいないとか。詳しいことはわからないですけど」

「つーか……もしかして俺ってそれだったりする? そういや前に聞いた〝糸繰士〟だっけ、それが上位菌職ってやつ?」


 話に聞く限り、愁の菌能はその菌職分類上、かなりざっくばらんになっていそうだ。その六つの通常菌職のどれにも当てはまらなそうに思える。上位菌職のどれかに間違いなさそうだ。だとしたらますますアガル。

 ノアもオブチも、なんだか微妙な顔をしている。緊張してこわばっているような。


「……じゃあ、試し紙を使ってみましょうか。さっきとおんなじですけど、ボクがやってみますね」


 ノアは先ほど傷つけた指をいじり、血をにじませ、それを正方形の試し紙になすりつける。紙面に血が吸われると、また同じように赤い線がずずっと糸のように伸びていき、六角形の一つの角に結びつく。右下の角だ。


「右下は〝細工士〟ですね。こんな感じで、どこの角に止まるかで自分の菌職がわかります」

「おおー」


 その人の強さだけでなく才能まで判別できるのか。この国の血液占いはすごい。


「ってか、この角に書かれてる記号? 文字? みたいのが読めなくて、どれがなんなのかわかんないんだけど」


 スガモを見て回った限り、この国の文字は普通に平成時代の日本語が継承されている。ローマ字も多少使われていた。逆にこのような記号は見かけなかった。


「狩人専用文字ですね」とオブチ。「大昔に狩人ギルドが発足した際、初代のギルド長が『こんなん使ったらそれっぽくね? カッコよくね?』という感じで一通りつくったそうですが、全然流行らずに今ではこの試し紙くらいでしか使われていない文字です」

「いらねえ」

「一番上から時計回りに――」とノアが試し紙を指さす。「〝騎士〟、〝闘士〟、〝細工士〟、〝狙撃士〟、〝付術士〟、〝放術士〟です。先ほどの上位菌職の場合、二種類以上の菌職に線が伸びていきます。こんな風に」


 ノアが自分の試し紙に、鉛筆で〝騎士〟や〝付術士〟の方向に半分ほどの線を書き込む。


「この場合、ボクは〝細工士〟の上位職の〝絡繰士(からくりし)〟ということになります。仮に〝騎士〟のほうが一番端まで伸びていたら〝聖騎士〟で、〝付術士〟のほうなら〝導士〟って感じですね」

「なるほど」


 基準となる菌職のそのまま上位互換ということか。強化版というよりは複合職のような感じというか。

 〝騎士〟の上位菌職が〝聖騎士〟。〝細工士〟が〝絡繰士〟。〝付術士〟が〝導士〟。先ほど耳にした〝魔術士〟は〝放術士〟の上位だろうか。

 自由にクラスチェンジできたら楽しいのに。ほぼ生まれつきというのがちょっと残念だ。

 ともあれ――〝糸繰士〟は〝闘士〟か〝狙撃士〟の上位菌職のようだ。〝狙撃士〟だとカッコよくて嬉しいが、それに該当するような能力は今のところない気がする。となると〝闘士〟か。それでもじゅうぶんカッコいいが。

 愁はにやにやしそうになるのを必死に堪える。タミコがジト目で見上げているがバレていないと思いたい。


「……じゃあ、やってみるね」


 いよいよ阿部愁、運命の才能検査のとき。就活時の適性診断の百倍緊張する。

 先ほどの傷はすでに治っているので、もう一度ナイフを借り、用紙に血を含ませる。


「………………は?」


 愁の血でついた赤黒いしみは、ずるずると線を伸ばし、角に到達する。

 ――六つ、すべての角に。六角形の対角線を描くように。


「……なにこれ? 不良品?」

「……いえ、不良品じゃないと思います」


 ノアが顔をこわばらせている。オブチが畳に手をついてへたっとしている。ユイが大きな目を瞬かせている。タミコはお茶菓子を頬袋に詰めたままきょとんとしている。


「これがアベさんの菌職です。つまり、習得できる菌能の種類に制限がない」

「……どゆこと?」

「かつてシン・トーキョーに築かれた無数のトライブのうち、軍事的最強を謳われた十二の大トライブの初代族長たち。たった十二人しか存在せず、以後一人も現れなかった最高位の菌職。この〝糸繰りの国〟の名を冠する〝糸繰士〟。アベさんはその十三人目ということです」

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