悪魔召喚は命がけ!?

あぷちろ

ヤツが現れる

 足元に散らばる無数の紙片、それを1ミリたりとも動かすことなく私は身じろいだ。

 私の右手には幾何学模様が刻まれた透明のガラスペン。ペンの先端には赤銅色の液体が滴り落ちている。

「ついに出来た……」

 左手には人皮装丁の分厚い本、タイトルは『はじめてのあくましょうかん~これで貴方もデモンテイマー~』だ。

 私は数多の紙片を繋ぐように描かれたを眺めて歓喜に震える。

 悪魔を召喚してみたくて近所の書店でこの本を購入して半年、やっと“ちりばめられた紙片を動かす事無く召喚陣を書ききる”ことに成功した。

 儀式の難易度が高いほどより良い悪魔が召喚できるとこの本には書いてあった。本の中で最も簡単な儀式でこれだ。本の末尾にあるような儀式は一体、どれほど難易度が高いのだろうか。

「確かここから先は、」

 私は手元にある本を確認する。手順としては、これ以降はとても簡単なものだったはず。

「ええっと、『インクを召喚陣の中心に三滴垂らし、我の呼びかけ応じよ』と唱える……」

 指南書片手に私がそう呟くのと同時に、召喚陣全体が発光しだす。

「うわわわっ」

 私はあわてて後ろに飛びしさる。

 ばちばちと空気が弾ける音がして発光現象が収まると、私は恐る恐る白煙に隠れた召喚陣を覗き見る。

「みぃ」

 という鳴き声を発したのは、その召喚陣のド真ン中に鎮座する白い童女。

「これが、悪魔?」

 私は半信半疑に童女を上から下、下から上まで満遍なく観察する。

 雪のような白髪に白磁のような肌、頭の上には石膏細工じみた巻き角が二つと臀部のうえあたりには爬虫類のような尻尾がある。

 私は急いで指導書を再度調べると、付録のあるページにこの童女と全く同じイラストが載っていた。

「名称は、『シミ』?」

「みぃ」

 私がそう発音すると少女はまた啼いた。恐るおそる手を伸ばすと、童女が私に向かって飛翔する。

「わわっ」

 私は咄嗟に指南書で盾を作る。

 ばりばり、むしゃむしゃ。

 童女は指南書に噛みつくと、あれよあれよと本を一編残らず食べつくした。

「みぃ」

 童女は満足そうにげっぷをするとその場に身体を寝かした。数秒後、聞こえて来たのは気の抜けた寝息であった。

「……悪魔っていうより謎生物じゃん」

 私の初の悪魔召喚は失敗とも、成功ともとれない微妙なものとなった。



 私が『シミ』を召喚してから数日が過ぎた。

 分ったことと言えば、やっぱり悪魔の一種らしいことと、書物を栄養源にしているということだ。逆に分からない事はそれ以外の全部だった。特に何をする悪魔なのか全く解らないのであった。

「シミ、ご飯だよ」

 私がそう言って書店から買ってきた辞書をお皿の上に置くと、シミはてとてとと走ってきて辞書へとかぶりついた。

「みぃ、みぃ」

 美味しそうに、シミはばりばりむしゃむしゃと辞書を食べる。

 ここ数日は食いでのありそうな本を率先して与えてきたが、そろそろ試行錯誤に移ろうと思う。

 その第一弾として私が選んだのは食料の調査だ。

「というわけで、買ってきてみました、絵本」

 この『みぃ』と可愛らしく啼く生物はどうやら書物を率先して食べるようで、今の所辞書と指南書しか食べていない。では、絵本ならどうだろうか? という考えの元、適当な絵本を見繕って買ってきた。これで食べるようなら次はマンガでも買ってみるかと思いながら、私は空となったお皿に絵本を置いた。

「たぁんとお食べ」

 にっこり微笑むと、シミは胡乱げな顔で絵本を見ていた。

 ――ふむ、絵本はあまり好きではないのかな?

 私がそう考えていると、シミは大きく口を開けた。

「おっ」

 食べない訳ではないのか、

「みぃ」

 シミの、なんだか不機嫌そうな声を聴いて、私の思考は一端途切れる。

 

 ばきばきと、関節が鳴る。ごりごりと、骨が削れる。みしみしと神経が焼ききれ、ぞりぞりとにくが削がれる。

 痛い、痛い、痛い、痛い! 苦痛に声をあげる間もなく下顎が咀嚼され無くなる。

 肺から音をひりだそうとして血の塊を吐き出す。

 熱い、熱い、熱い、熱い! 耳鼻が溶かされ、眼球から脳漿が湧き出る。

 ばりばり、むしゃむしゃ。消失した感覚器官が咀嚼音を拾う。

「みぃ」

 恐ろしく凛麗なこえが空虚な頭蓋に明確な意味を持って響く。

『えほん、きらい』




「――ついに、できた」

 足元に散らばる無数の紙片、それを1ミリたりとも動かすことなく私は身じろいだ。

 私の右手には幾何学模様が刻まれた透明のガラスペン。ペンの先端には赤銅色の液体が滴り落ちている。

 この召喚陣を作るのに半年もかかった。悪魔を召喚してみたくて近所の書店でこの本を購入して半年、やっと“ちりばめられた紙片を動かす事無く召喚陣を書ききる”ことに成功した。儀式の難易度が煩雑で複雑なほど、高位の悪魔を呼び出せるようだが、この程度の儀式では愛玩用の悪魔を呼び出すのが関の山だろう。

 だが、愛玩用とはいえども悪魔は悪魔、ちゃんと性質を見極めなければ、痛い目を見るのは明らかだ。

「とりあえず名前をちゃんとつけてあげよう」

 名付けを行うことによって悪魔の“存在”を再定義することが出来る。これは悪魔使役の中でも割と重要な要素だ。そう、指南書に書いてあった。

「この後は『インクを召喚陣の中心に三滴垂らし、我の呼びかけ応じよ』と唱えるんだったっけ」

 私はポケットに仕舞っていたガラスペンと指南書を取り出し、この後の流れを再確認する。半年、紙片を動かさないようにするの大変だったなぁ……。やっとこれで私もデモンテイマーの一員だ。

「ああそうだ、あと絵本は絶対にあげないようにしないと」

 何故か、私はそう思ったのだった。






 おわり

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