第14話 犬の危機

 床から天井まで金銀宝石で装飾され、目に痛いほど輝いている広間では明るい声が響いていた。

 細長いテーブルに領主のベッピーノとその隣に妙齢の女性、反対側にルドと数人の少女たちが座っている。


 ニコニコと満面の笑みを浮かべているベッピーノがルドに話しかけた。


「人が大勢いるのは苦手ということでしたので、家族だけのささやかな食事会にさせていただきました。こちらは私の妻のフェリタチオです。そちらは娘のコンシリア。我が娘ながら外見、器量ともに良い娘なんですよ」


 紹介をされてベッピーノの隣に座っているフェリタチオがゆったりと微笑んだ。

 その顔は小じわを隠すためか化粧を厚く塗り、白い仮面のようになっている。ゆったりと微笑んだのもシワを出さず、なおかつ化粧が崩れないようにするためだ。


 だが、それよりもルドの隣に座っているコンシリアの方が酷かった。年齢は十代後半ぐらいで、そのままでも肌が綺麗な年齢のはずなのに、派手な道化師のごとく色鮮やかに化粧を塗りたくり、元の顔が分からなくなっていた。

 しかも視覚だけでなく嗅覚からの刺激も強かった。本来は穏やかに香るはずの香水が様々な花の香りが混じって激臭となり鼻を攻撃してくる。


 ルドと目があったコンシリアは真っ赤な唇を三日月の形にして綺麗な笑顔となった。だが、勝気に吊り上がった目は獲物を狙う猛禽類のように鋭い。


 ルドは悪寒を感じながらも無理やり笑顔を顔に貼り付けて軽く頭を下げた。

 そして視線をベッピーノに向けると、そのまま顔を固定した。


「王都の治療師の所に行く途中ですから。歓迎していただくような身分でもありませんし」


 王都という言葉にベッピーノの目が光る。


「いや、いや、ご謙遜を。セルシティ第三皇子の親衛隊となりますと王都にご友人も多くいらっしゃるのでしょうな」


「そうでもありませんよ」


 笑顔で顔を固めたままルドは目線だけで両隣を確認した。


 晩餐会が苦手なら家族だけの食事会にするということで了承したのに、何故かコンシリアと同じ年ぐらいの少女たちがルド側の席に座っている。

 少女たちの顔立ちはベッピーノ夫妻と違うため親族というわけでもなさそうだ。しかも話が移ったことから紹介する気もないようである。


 ルドは硬い表情のままベッピーノに訊ねた。


「あの……こちらの方々は?」


「あぁ、娘の友人たちで家族のように親しくしております」


 ベッピーノの紹介に少女たちが軽く微笑みながら頭を下げる。ルドは、家族のように親しいから食事会に参加している、というベッピーノの声が聞こえた気がした。


 少女たちはコンシリアに比べると薄化粧で顔立ちも平凡かそれ以下で、着ているドレスも控えめだ。どう見ても普通の少女たちだが、そこまでコンシリアと仲が良いという雰囲気もなく、かと言って護衛という様子もない。


 ベッピーノが少女たちを食事会に参加させた目的は分からないが、ルドは固まった顔でどうにか頷いた。


「そうですか」


 女性恐怖症のルドにとって、この空間にいることはどんな訓練より辛く、今にも逃げ出したかった。だが、それが出来ないルドは一刻も早く食事を済ますことに集中した。


 会話はベッピーノが勝手に話すので頷くだけでいいし、食事は柔らかいものが多いので、とにかく飲み込むように食べた。味わう余裕などない。


 ルドが無心で食べていると、話は領地の自慢話になった。


「私が来る前は野暮ったい田舎領地でしてな。この城も地味で暗かったのですが、私の手腕でここまで華やかになりました。城の前の大通りは賑わっていたでしょう? 旅人はみな、こんなに綺麗で豊かな通りは見たことないと話します」


 大げさなほどの身振り手振りを付けて満面の笑みとともに話すベッピーノにルドの目が細くなる。


「そうですね。ですが、大通り以外の道の整備はなさらないのですか? なかなかに酷い道でお嬢様が馬車酔いをするほどでした。それに大通り以外の街並みも褒められたものではありませんでしたね。お嬢様は目が見えないので良かったのですが、もし見られていたら心をとても痛めておられたでしょう」


 ルドの言葉に得意げに話していたベッピーノの顔がこわばる。


 この国の第三皇子の親衛隊が護衛に付くほどの令嬢だ。親はかなりの身分で中央にも口が効くだろう。その令嬢が親に街の様子を伝えて、そこから中央に知られたら調査が入りかねない。


 クリスとルドの本当の素性を知らないベッピーノはそう考えると、慌てて言い訳をした。


「い、いや、これから整備をする予定でしてな。今は資金を調達している途中なのですよ」


「そうなのですか。どこの地区を整備する予定なのですか? 私が通った地区ですか? それとも他にも整備しないといけない地区があるのですか?」


「そ、それは……」


 顔に冷や汗をかきだしたベッピーノがハンカチを取り出して額を拭く。ルドはふと思い出したように言った。


「それに治安もあまりよくないようですね。検問所の手前で賊に襲われかけました。すぐに憲兵が対処してくれましたが」


 ルドの話にベッピーノがここぞとばかりに胸を張って答えた。


「私の憲兵は優秀ですからな。賊などすぐに捕まえますよ」


「問題はそこではありません」


 食事をしていた手を止めてルドがベッピーノにまっすぐ琥珀の瞳を向けた。


「検問所の手前(・・)で賊が現れたのです。それは、この街のすぐ近くまで賊が縄張りにしているということです。山奥や小さな町ならまだしも、このような大きな街の付近で賊が現れたなど聞いたことがありません。むしろ治安を維持する者としては恥ずべきことです。このことは、どうされるつもりですか?」


 ベッピーノが苦笑いを浮かべながら再びハンカチで額を拭く。


「そ、それは……そのうち……ち、近いうちに賊を一掃しようと考えておりましたのでな。いや、さすが第三皇子の親衛隊の方だ。目のつけどころが違う」


 ワッハッハッと大声で笑って誤魔化しながらベッピーノが立ち上がった。


「ちょっと失礼します」


 ベッピーノが席を外す。


 少し追及しすぎたか。


 ルドはベッピーノの後ろ姿を見送った後、残っていた食事を平らげた。


 検問所から城までの大通りは王都と遜色がないぐらい立派で綺麗な建物が並んでいた。道は平らな石畳で造られ、ほとんど凹凸がなく、あの道なら馬車でも快適であっただろう。

 だが、脇道に入ったとたん道は荒れ、今にも崩れそうな建物ばかり並んでいた。細い裏道を覗けばボロボロの汚れた布をまとった人が何人もいた。


 ルドが立ち寄った酒屋は代々この地で営んできたそうで、建物は古かったが頑丈な造りで手入れが行き届いていた。

 店主に最近の様子を少し訊ねただけだったのだが、現領主への不満が溢れるように出てきた。


 ルドが城に来るまでのことを思い出していると、メイドが空になった皿を下げた。そこでルドは無表情のまま慌てた。今まで視線をベッピーノか料理に固定していたのだが、その視線のよりどころが無いのだ。


 落ち着け。あとはデザートだけだ。場合によってはこのまま退席しても……


 ルドが考えているとコンシリアが声をかけてきた。


「あの……騎士様は婚約者など将来を約束された方はおりますの?」


 声をかけられた以上、その相手の顔を見て答えなければならない。律儀な性格のルドは油が切れたゼンマイのような動きでコンシリアの方を向いた。


「イ、イエ。オリマセン」


「あら、そうなんですの? 意外ですわ。こんなに素敵な方なのに」


 コンシリアの言葉に今までずっと黙っていた他の少女たちが話し始めた。


「そうですわね。でも、こうして二人で並んで座っているとお似合いですわ」


「えぇ、本当に」


「物語に出てくる騎士様と姫様みたいです」


 どこか棒読みの台詞のような少女たちの言葉にコンシリアが嬉しそうに微笑む。


「あら、そう? どうしましょう」


 コンシリアが流し目を向けながらジリジリとルドに近づく。そのことにルドの全身は硬直していた。顔は無表情のため平静に見えるが服の下は冷や汗の洪水になっている。


 これはまずい……


 ルドは本気で命の危機を感じていた。

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