第13話 豪華な裏では
興味ない話を聞かされながら通された部屋は無駄なまでに飾られた部屋だった。
窓枠や柱は黄金に輝き、ソファーやベッドに使われている布には宝石が縫い込まれている。見た目は豪華だが使い心地は悪そうだ。
先ほどの廊下といい、この部屋をクリスが見たらあからさまに不機嫌な顔になり、領主の前でも盛大なため息を吐いていただろう。だが、今は目に包帯を巻いているため現状を知ることはない。
過度なまでに飾られた客室に入ったルドはクリスをソファーまで誘導すると、振り返ってベッピーノに言った。
「少し休みますので、席を外してもらえませんか?」
こういう相手は下手に言葉を濁して伝えても都合がいい方にしか解釈しない。それなら始めからハッキリと意思を伝えるほうが、まだ面倒が少なくなる。
「そうですな。お疲れでしょうし、もう少し時間がありますから。では晩餐会でお会いしましょう」
ベッピーノがあっさりと引き下がる。ルドは夕食で再びベッピーノと顔を合わさないといけないことを想像してげんなりした。
「面倒なヤツだな」
ずっと黙っていたクリスが呆れたように言った。ルドが部屋全体に隠匿の魔法をかける。
「晩餐会は辞退させてもらいたいです」
苦い顔で話すルドにクリスは目の包帯を外しながら却下した。
「私たちは客人だ。客人として最低限の礼儀はせねばなるまい。女で目が見えないという設定の私なら免除されるだろうがな」
「……ずるいです」
思わず本音が漏れたがルドはすぐに顔を引き締めた。
「仕方ありません。師匠の食事は部屋に運んでもらうようにして、晩餐会は私だけ出席します」
「それが無難だな」
包帯を外したクリスは室内を見渡すと怪訝な顔になった。
「いろんな金をつぎ込んでいそうだな」
「そうですね」
すんなりと同意したルドの様子からクリスが肩をすくめる。
「この部屋に来るまでに、いろんな物を長々と自慢していたが見なくて正解だったみたいだな」
「はい。見かけばかり派手で中身がない物がほとんどでしたから」
クリスが座り心地が悪いソファーに視線を落とす。
「つまりに偽物か。確かに一見すると宝石のようだが、よく見ると質が悪いクズ宝石だな」
「本質が見抜けない人は甘い言葉に利用されて終わりです」
ルドが珍しく辛辣な言葉を口にする。
「どうした? なにかあったか?」
「いえ。ただ、この様子だと不正に税金なども徴収していそうで、領民のことを考えると憤りを感じただけです」
「そうか」
クリスはそれ以上、聞かなかった。
クリスはずっと目に包帯をしていたので見えなかったが、ルドは何かを見たのかもしれない。だが、それは今どうこう出来る問題でもないし、そもそもここは通過するだけの街だ。世直しが目的ではない。
ルドは少し悩んだ後、静かに口を開いた。
「師匠は早めに夕食を食べてもらってもいいですか? 目が見えないという設定ですので、誰かが食事の介助をしないと怪しまれます。自分が介助をすると言えば、隠匿の魔法をかけたまま師匠はご自分で食事ができますので」
「護衛の、しかも親衛隊が食事の介助をするという話も、なかなか無理があるぞ」
「そこは押し切りますので」
目に包帯を巻いたまま見ず知らずのメイドに介助されて食事をするより、多少怪しまれても自分で食事をしたほうが楽だ。いつもなら自分で話をするところだが、男尊女卑が強いこの国では女の姿をしているクリスに交渉権はない。
そう判断したクリスは渋々頷いた。
「……任せる」
「はい。では、領主と話してきます。師匠は部屋に鍵をかけて誰が来ても開けないで下さい」
「わかった」
ルドは呼び鈴で執事を呼ぶと、用件を伝えて領主に会いに行った。
ルドの要望は否定されることもなく、あっさりと通った。
執事とメイドがワゴンに乗せて持って来た食事をルドがクリスの部屋の前で受け取り、クリスは隠匿の魔法をかけた部屋でゆっくりと食事をした。
その間、ルドは窓や暖炉など外部から侵入できそうなところに侵入防止の魔法をかけ、薄い壁には強化魔法をかけた。
「念入りだな」
「なるべく早く戻りますが、なにがあるか分かりませんから」
「それもそうだが、ある程度なら自分の身は自分で守れるぞ」
「ですが……」
心配そうなルドにクリスが口角を上げる。
「おまえが来るまでぐらいなら持ちこたえてやる。だから何かあったら、すぐに来いよ」
ルドはポカンとした後、慌てて大きく首を縦に振った。
「はい! 絶対! すぐ! 駆け付けます!」
気合が入っているルドとは反対に、クリスが優雅にデザートのフルーツを口に入れる。
「頑張ってくれ」
「はい!」
「元気だな」
息を吐くように出たクリスの言葉にルドの表情が曇る。
「すみません、かなり無理な移動をさせてしまいまして……」
「そこはセルティが謝るところだ。あいつはいつも無茶ばかりさせる」
「いえ、自分にもっと力があれば師匠に負担をかけない移動ができたかもしれません」
「もし、という話をしても仕方あるまい。それに、これぐらいなら休めば回復する」
「そうですね。自分は外で見張りをしていますので、ゆっくり休んで下さい」
「晩餐会に呼ばれているのではないのか?」
ルドの顔が引きつる。
「断ったのですが、押し切られました……出来るだけ早く帰ってきますので、師匠は先ほどと同じように鍵をかけて誰が来ても開けないようにして下さい」
「あとは寝るだけだし、こちらが呼ばない限りは誰も来ないだろう。お前も私の部屋の前で見張りなどしなくていいぞ」
「ですが……」
「お前だって疲れているだろ。休める時にしっかり休むことも大切だ」
「……師匠」
どこか感動している様子のルドを見てクリスが慌てて顔を背ける。
「い、移動中に疲労で倒れられても困るからな!」
「あ、それなら大丈夫です。野営と比べればかなり体を休めれますから」
「そうか」
「はい」
ドアをノックする音が響く。そのままドアの向こうから執事の声がした。
「晩餐会の準備が整いました」
固まって動かないルドの足をクリスが蹴る。
「さっさと行ってこい」
「……はい」
先ほどまでの頼もしさや勇ましさはどこにいったのか、売られる子牛のようにどこか哀愁を漂わせながら、空になった食器が乗ったワゴンを押して部屋から出て行った。
「とにかく休むか」
ルドの前では普通を装っていたが疲労はかなり溜まっている。クリスは部屋に鍵をかけると、準備されていた寝間着を手に取った。そして固まった。
寝るだけなのに、ここまで必要かというほどレースとフリルで飾られた、白い絹の寝間着。首もとにもレースで作られたリボンがある。
「……今だけだ。今だけ。あとは寝るだけだ」
クリスはそう自分に言い聞かせると、着替えてそのままベッドに倒れこんだ。
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