第12話 寄り道

 検問所に到着するとルドが通行証を見せる前に兵士が門を開けた。


「ソンドリオ領主、ベッピーノ・ビガット様がお待ちです。すぐに城へ向かって下さい」


「その前に休憩をしたいのですが」


 ルドの言葉を聞いていなかったように兵士が冷淡な声でもう一度言った。


直ちに・・・城へ行き、領主とご面会して下さい」


「わかりました」


 ルドが諦めたように馬を進める。


「随分と仕事熱心な兵士だな」


「そのようですね」


 しばらく馬を歩かせたルドは、とある場所の前で止まった。


「どうした?」


 目に包帯を巻いているため周囲が見えないクリスでも店への呼び込みと往来の音で、まだ城に着いていないのは分かった。


「少しお待ち下さい」


 クリスの隣にあった温もりが消える。ルドが馬から降りて誰かと話した後、クリスに手を伸ばした。


「少し休憩をしましょう。馬を預けますので」


 ルドがクリスの体を支えながら馬から降ろす。


「先に城に行かなくていいのか?」


「少しぐらい休憩してからでもいいでしょう」


 真面目一直線のルドからは考えられない提案である。だからこそ、なにか考えがあるのだろうと判断したクリスは大人しく従った。


「わかった」


 クリスは被っていたフードを引っ張って顔をしっかり隠すと、ルドについて歩きだした。


「階段がありますので気を付けて下さい」


 ルドに誘導されてクリスは店の中に入った。夕食には早い時間のためか人が少ないらしく静けさが漂っている。


 クリスはルドに案内されるまま椅子に座った。向かい合うようにルドが椅子に座る音がする。


「何を飲まれますか?」


「……紅茶を」


 周囲に声を聞かれないようにクリスが小さく呟く。その声をしっかり聞きとったルドは困ったように言った。


「ここは街宿の一階にある酒場ですので、お茶や珈琲などの高級嗜好品は置いてないんです」


「なら、任せる」


「では……この果実酒にしましょう」


 ルドが店員を呼んで注文する。クリスは足音で店員が遠ざかったことを確認すると小声で訊ねた。


「酒を飲むのか?」


「かなり弱いお酒ですし、炭酸と甘みが強いのでお酒のような感じはしませんよ。この地方の特産だそうです」


「酒以外は?」


「酒場ですので、お酒以外となると牛乳ぐらいしか……」


 新鮮な牛乳なら良いが保存状態によっては腹を下す可能性が高いため、先を急いでいる今はあまり飲みたくない代物である。


 クリスは諦めたように軽く頷いた。


「仕方ないか」


 店員が近づいてくる足音がしたためクリスが黙る。店員は二人の前に酒が入ったコップを置くと、その間に木の実がのった皿を置いた。


 コップがある場所を探るようにクリスが手を動かしていると、ルドが声をかけてきた。


「失礼します」


 断りをいれてからルドがクリスの手を握る。突然のことにクリスが固まるが、ルドはそのことに気付くことなくクリスの手をコップに誘導した。


「少し席を離れますが、そのまま飲んでいて下さい」


 ルドが静かに席を立つ。


 することがないクリスはゆっくりとコップに口をつけた。酒の味はほとんどせず、かわりに葡萄の香りと甘さが引き立っている。これならいくらでも飲めるし特産というのも頷ける。


 ちびちびと酒を飲むクリスは酒場の中で浮いていた。


 茶色のフード付きマントで全身を隠しているため、訳ありという雰囲気のクリスに誰も近づくことなく遠くから眺めている。時間が早いためか、自分から厄介事に首を突っ込む暇人や酔っ払いは、ここにはいなかった。


 しばらくしてルドの足音が近づいてきた。


「馬車の手配が出来ましたので城へ行きましょう」


「馬は?」


「かなり無理をさせましたので、ここで休ませます」


「……そうか」


 城壁内に入ったので城まで遠くないはずである。それなのに馬に乗って行かないのは、あえてここに置いていく、ということなのだろう。


 クリスは理由を追及せず、静かにコップの中の果実酒を飲み干すと椅子から立ち上がった。


 酒場に入った時のようにルドに誘導されてクリスが外に出ると、複数の馬の気配と人の視線を感じた。


 そんな周囲の様子など気にすることなくルドは先に馬車に乗ってクリスを引き上げた。


「城へ行って下さい」


 ルドの指示に御者が馬車を出発させる。道が悪いのか馬車がかなり揺れる。クリスは倒れないように馬車の壁にしがみついた。


「大丈夫ですか?」


 悪路のため馬車が激しく音を立てながら進んでいく。


「城下町の道とは思えない悪路だな。今までで一番悪いのではないか?」


「そうですね」


「城下の道を整備する予算さえないのか、それとも無頓着なのか……領主を見れば分かりそうだな」


「はい」


「……さすがに酔いそうだ」


 クリスの呟きにルドが慌てて立ち上がる。


「えっ!? えぇっ!? 馬車を止めましょうか!? ここからなら歩いて……」


「まだ大丈夫だ」


「ですが!」


 ルドがあたふたしている間に馬車は城門に到着した。


 城門に立っている門番にルドが馬車の窓から通行証を見せて用件を伝える。すると即座に門が開いて城の入り口まで通された。


 城の入り口で馬車が止まり、御者がドアを開ける。


「歩けますか?」


「……」


 クリスが無言のままルドに手を引かれて馬車から降りる。フードで顔はほとんど隠しているが動きから調子が悪そうなのが分かる。


 ルドがクリスを支えていると上機嫌な声が出迎えてきた。


「ようこそいらっしゃいました。ソンドリオ領主のベッピーノ・ビガットです。狭くて古い城ですが、どうぞ」


 クリスの様子を無視して領主のベッピーノがルドに手を差し出す。ルドは無表情になると冷めた声で言った。


「城下町からここまでの道が悪く、お嬢様が体調を崩されてしまいました。すぐに休ませたいので部屋へ案内してもらえませんか?」


「それは大変だ。長旅でお疲れが出たのでしょう。こちらへどうぞ」


 丁寧だが微妙に会話がかみ合わない。こちらの話を聞いていないのが分かる。


「歩けますか?」


 ルドの小声の質問にクリスが微かに頷く。その様子に抱いて移動した方が良いと判断したルドが手を伸ばそうとしたが、その気配を察知したクリスが小さく首を横に振った。しかも包帯をしているのに、こちらを睨んでいるのが分かるほどの気迫が出ている。


「わかりました」


 ルドはクリスの歩幅に合わせて、ゆっくり歩いた。だがベッピーノは気が付いていないのか、城内の自慢をしながらスタスタと先を歩いて行く。


「もともとは殺風景な城でしてね。見て下さい、この壁と天井を。画家を十人雇って描かせたんですよ。おかげで少しは明るくなりました。あと、この灯りも……」


 廊下の両面の壁には空に浮かぶ雲や虹、その下に広がる幻想的な風景が描かれている。天井には金銀に輝くランプがぶら下がっていた。


 公共整備に使うための金銭を城や私費に回している説が濃厚になる。


 ルドの目が増々冷えていくがベッピーノは気付かない。ひたすら装飾品や自分の目利きぶりを自慢していった。

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