第11話 不穏な動き

 昨日のオアズ街の兵舎と同じように応接室に案内され、そこに昼食が運ばれてきた。ルドは人払いをすると念のために部屋全体に隠匿の魔法をかけた。


「これで簡単には部屋には入って来れませんし、部屋の中を覗き見ることも出来ませんから、目の包帯を外して食事をしても大丈夫です」


「そうか」


 クリスが包帯を外す。目の前には温かい食事が並んでいた。


 昨日と同じように食事をゆっくりと口に入れて毒がないか確認しながら食べていく。食事の内容は普段ここの兵士が食べている物と同じものなのだろう。肉や野菜は少なめでパンや芋が多く、味付けは濃く量が多い。


 食べきれそうにないな。


 そう判断したクリスはカゴに入ったパンには手をつけず、皿に乗っている食事を食べた。


 食べ物を残すことは極力したくないクリスが必死に食べている姿をルドは無意識に見つめていた。


 いつもと髪の色が違うせいか、それとも服装が違うせいか、なんとなく目が離せない。もともと綺麗な動作で食事をすると思っていたが、こうしてみると女性が食事をしているようにしか見えない。


 と、そこまで考えてルドは大きく頭を横に振った。


 師匠は男だ。そもそも師匠はセルのせいで女性の服を着ることになってしまったのに、そんなことを考えること自体失礼だ。


 ルドが頭の中で葛藤しているとクリスが手を止めて顔を上げた。


「どうした?」


 深緑の瞳と目が合ったルドは慌てて食事を口の中につめこんだ。


「い、いえ! なんでもありません!」


「そうか。それにしても量が多いな」


「無理に食べなくていいですよ。馬に乗った時に気分が悪くなってはいけませんから」


「だが、残すのは……」


「残りは自分が食べます」


 ルドの前にあった料理が次々と口の中に消えていく。その様子にクリスは思わず手を止めた。


「よく食べるな」


「これぐらいなら普通です。あと食べられる時に食べられるだけ食べるように訓練もしてます」


 戦場ではいつ食べられなくなるか分からない。食べられる時に食べておくことは戦場に身を置く者として基本である。

 クリスは改めてルドが魔法騎士団に在籍していたことを思い出して頷いた。


「必要なことだな」


「はい」


 ルドは自分の食事を食べきると、クリスが残したパンに手を伸ばしながら訊ねた。


「そういえば先ほど馬から降りる時、なぜ声を出さなかったのですか?」


「この格好にこの声は合わないだろ。下手に印象に残っても困るからな」


「そうですか?」


 女性にしては低めの声に感じるかもしれないが、そこまで違和感もないし印象にも残らない。むしろ違和感というか問題なのは……


「それより話し方を女性らしくしたほうが良いのでは……」


 クリスが睨んでルドの言葉を止める。


「だから人前では極力話さないようにする」


「……はい」


 これ以上クリスの機嫌を損ねるわけにはいかないルドは黙って食事に集中することにした。




 再び茶色のフードを被ってマントで全身を隠したクリスは、ルドに手を引かれて新しく準備された馬に乗った。


 午前中と同じように休憩なしに街道をひた走る。


 ルドは途中でクリスに休憩を打診したがその度に却下された。クリスの様子から早く目的地に着いて休憩した方がいいと判断して、とにかく馬を走らせた。


 そのおかげか陽が傾く前にはソンドリオ領に入ることが出来た。畑が徐々に増え、遠くに城壁が見えてきた。


「師匠、もう少しでソンドリオ領の検問所に到着します。予定より早く着きましたし、検問所を抜けたら休憩しましょう」


「……そうだな」


 さすがに疲れたクリスが珍しくルドの意見に同意する。そのことにルドは驚きながらも、どこか嬉しそうに頷いた。


「どんな店があるか楽しみですね」


 クリスからの返事はないがルドが気を悪くした様子はない。それよりも後方に注意を向けている。


「どうした?」


「……少々、面倒な連中が現れたようです」


 街道ではなく作物を刈り取った畑を踏み荒らしながら複数の馬が走ってくる。その馬にはガラが悪い男たちが乗っており、剣やオノを振り上げながら近づいていた。


 ルドが検問所と周囲を見ながら呟く。


「……振り切れないか」


 ここまで休憩なしで走り、疲れ切っている馬では逃げ切ることは不可能だ。かと言って激しい戦闘をするほどの体力も馬には残っていない。今の状態だと検問所まで走り抜けるだけで精一杯だろう。


「仕方ない」


 ルドは上半身だけで振り返ると右手を伸ばした。


『土よ、彼の者たちの足をとれ』


 畑の土がうねったかと思うと泥のように柔らかくなり走っていた馬の体半分が埋まった。


「なんだこりゃ!?」


「くそ! 抜けねぇ!」


「オラ! 動け!」


 馬をどうにか土の中から出そうとしているが、いくらもがいても馬は畑から抜け出せない。


「何があった?」


「馬に乗った盗賊のような人たちが現れたので、足止めをさせてもらいました」


「転倒させたのか?」


「あの速度で走っている馬を転倒させたら馬が骨を折ってしまいますから、そうならないように体を土に埋めて動きを止めました」


「馬に罪はないからな」


「はい」


 そこに検問所から複数の憲兵が出てくる姿が見えた。こちらが襲われているので助けるために出てきたのだろうが、それにしては憲兵の数が多いし、なによりも早すぎる。


 ルドが微妙な疑問を感じていると、馬に乗った憲兵の一団が横を通り抜けた。その中で最後尾にいた兵士が踵を返してルドの馬と並走をする。


「お怪我はありませんか?」


「はい」


「何か盗まれた物はありませんか?」


「おかげ様でこちらに被害は何もありません」


「それは良かった。あとのことはこちらで処理いたしますので、そのまま真っすぐ検問所へ向かって下さい」


「はい」


「では、失礼します」


 必要最低限のことを話した憲兵は再び馬の向きを変えると他の憲兵たちを追いかけていった。


「この辺りの治安はあまりよくないようだな」


 会話だけで状況を察知したクリスが呟く。


「そう……ですね」


 ルドは一度だけ振り返り、男たちを捕まえようとしている憲兵たちの様子を見送った。

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