第10話 道中

 城の外に出ると空が少しずつ明るくなってきていた。空に雲はなく良い天気になりそうだ。


「おはよう! しっかり休めたか?」


 爽やかな朝を貫く大声だが、ルドは笑顔で答えた。


「おはようございます。おかげで、しっかり休めました」


「そうか。馬は体力があって足も速い、うちで一番いい馬を準備したぞ」


 ルドが礼を言いながら兵士が連れて来た亜麻色の馬の首を撫でた。


「ありがとうございます。良い馬ですね」


 馬は暴れることなく気持ち良さそうに撫でられている。ルドはクリスに視線を移すと、全身を見て心配そうに訊ねた。


「あの……その恰好で馬に乗れそうですか?」


「またがって乗るのは無理だな」


「ですよね……」


 ルドは考えながら馬とクリスを交互に見た。そして思いついたように両手を叩いた。


「失礼します」


 ルドはクリスの前に立つと両脇に手を入れて軽くクリスを持ち上げた。


「何をす……うわっ」


 クリスは馬の鞍に横座りするように乗せられた。


「ちょっ、ちょっと待て。これは……」


 クリスは慌ててバランスをとろうとしたが目隠しをしているのもあって意外と難しい。クリスが掴む場所を探して手を動かしていると、ルドが馬に乗ってきた。そのままクリスを包むように左手で抱きかかえる。その状況は目隠しをしているクリスでも理解できた。


 クリスが包帯を巻いている目を向けて抗議する。


「おまっ、何を!?」


「その座り方で馬に乗っているのは難しいと思いますので、自分に体重をかけて下さい」


「それだと、お前に負担が……」


「なら自分に掴まって下さい」


「う……」


 クリスは戸惑った。ただでさえ馬には不慣れなのに、このまま走り出せばバランスを取り続けることは難しい。かと言って他の方法が浮かばない。

 いろいろ決意を固めたクリスはルドの胸に頭をつけると、両手でルドの服を掴んだ。俯くように下を向いたフードから微かに見えた頬は赤い。


 そのことに気が付いていないルドは、生暖かい目で二人を見守っていたグイドや使用人たちに視線を向けた。


「グイド将軍、ありがとうございました」


 存在を忘れられていたと思っていたグイドが慌てて答える。


「お、おう。気を付けてな」


「出発しますよ」


 ルドがクリスに声をかけてから馬を走らせた。


「くっ」


 動き出すと分かっていても視覚からの情報がないというのは反応が遅れる。構えていてもバランスを崩したクリスの体を予想していたようにルドが左腕で抱きとめた。


「おい、もう大丈夫だ」


「落ちたら大変ですし、横乗りに慣れるまで支えています」


「いや、もう慣れたから……」


 馬の足音とともに声が消えていく。そんな二人をグイドがため息を漏らしながら言った。


「あの堅物で無表情で真面目一辺倒のルドがなぁ……たった一年で変わるもんだ。セルシティ第三皇子から聞いた時はにわかに信じられなかったが……これからルドがどうなるのか面白そうだな。とりあえず報告か」


 グイドはニヤリと笑うと城内に戻っていった。




 昨日とは違い、整備された街道は途中で休憩が出来る町や店もあった。商人や旅人など人通りもそこそこあり、たまに馬車ともすれ違う。

 各々がそれぞれのペースで移動しており、どこかのんびりとした空気が流れている。


 そこに街道を斬り裂くように激しい馬の足音が響く。ほとんどの人がその音に驚いて振り返り、勢いよく走ってくる馬を見て慌てて道を開けた。

 親衛隊の服を着ているルドと、マントで全身を隠しているクリスに奇異の視線が向けられる。だが、それだけで馬の進行を邪魔する人はいない。


 ルドはフードで顔が見えないクリスに声をかけた。


「師匠、疲れていませんか?」


「……大丈夫だ」


「昨日とは違って人の目が多いので隠匿の魔法を使っての休憩は出来ませんが、軽食が食べれる休憩所は所々でありますので、疲れたら言って下さい」


「わかった」


 目隠しをしているため周囲の状況が見えないクリスは自然と耳に神経を集中させていた。そのためか思っていたより疲れてきている。

 だが、誰にいつ狙われるか分からない状況のため、出来るだけ止まらず先に進んだほうが良い。


 そう考えたクリスはルドに気付かれないように、疲労がこもったため息を吐いた。




 結局、休憩することなく予定より少し早く、昼前にはカントゥー町に到着した。


 検問では魔法騎士団の服を着ている時は止められることなく通過出来たが、親衛隊の服では兵士に声をかけられて止められた。それでも馬から降りることなく通行証を見せるだけで、あっさりと町の中へと入ることが出来た。


 この近辺の土地の治安を維持するための憲兵が駐在しているだけあって、そこそこ人が多く活気がある。目隠しをしているクリスでも、なんとなく好奇の視線が集まっているのを感じるほどであった。


 ルドが一直線に兵舎に向かうと、頬に傷がある筋肉質な男が出迎えた。


「グイド将軍から聞いております。この町の警備長のザックです。馬はここで預かります」


 言葉は丁寧だが魔法騎士団の服を着ていた時より砕けた雰囲気での対応だった。


 ルドが魔法騎士団の服を着ていた時と変わらない態度で答える。


「お願いします」


 ルドは馬から降りるとクリスに手を伸ばした。


「馬から降りますよ」


 クリスが無言のまま頷く。いつもと違う様子にルドは首を傾げた。


「大丈夫ですか?」


 クリスが再び無言で頷く。深く被ったフードの隙間から顔色が良くないように見えた。


 ルドは伸ばした手の位置を変えてクリスを横抱きで馬から降ろすと、そのまま歩き出した。


「なっ!?」


 ルドの思わぬ行動にクリスは声を出しかけて口を押えた。その反動で深く被っていたフードが外れ、見事な金髪が広がる。


「おー……」


「へぇ……」


「ヒュー」


 目は包帯で隠れているが、整った顔立ちに赤く染まった頬は可愛らしく、女っ気のない男所帯の兵士たちの前では目の保養となった。

 クリスが慌ててフードを被りながら髪をマントの中に隠していると、今度は別の声が聞こえてきた。


「うっ」


「ヒッ」


「ッ……」


 目が見えないクリスは何が起きているか分からなかったが、ザックがすまなそうに言った。


「しつけがなってない奴らばかりで申し訳ない。後で処罰するので、その物騒な殺気は収めてもらえませんか?」


「失礼しました。そんなつもりはなかったのですが」


「そんなつもりがなくて眼力だけで大の男の腰を抜かすことが出来るなんて、さすがセルシティ第三皇子の親衛隊ですな」


「そんなことはありませんよ」


「おい、おまえら! 邪魔になるから、そこで気絶するな! 誰か水持ってきて、ぶっかけとけ!」


 クリスはこの会話から何があったのか容易に想像がついた。そして肉体的ではなく精神的疲労からため息を吐いていた。

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