第9話 服装と名前

 ルドが自分の部屋に戻って呼び鈴を鳴らすと、早朝にも関わらず執事がすぐに部屋にやってきた。


「お呼びでしょうか?」


「朝食をこの部屋で食べたいのですが、いいですか?」


「はい。すぐにお持ちいたします」


「あ、二人分お願いします」


「承知いたしました」


 執事が素早く下がる。少ししてメイドとともに二人分の朝食を持ってやってきた。


「失礼いたします」


 執事とメイドがテーブルの上に朝食を並べる。セッティングが終わるとルドは声をかけた。


「何かありましたら呼びますので」


「わかりました」


 執事とメイドが一礼をして退室した。

 ルドがクリスを呼びに行くと、先ほどと同じように頭から茶色のフードを被ったクリスが出てきた。フードはマントと一体になっており、クリスの足元まで隠している。


「さっさと食べて暗いうちに出発するぞ」


「はい」


 クリスがルドの部屋に入る。フードを被ったまま椅子に座ったクリスにルドが首を傾げた。


「そのまま食べるのですか?」


 ルドはフードが邪魔になりそうだと思っての発言だったのだが、クリスはフードの下から鋭く睨んだ。


「笑うなよ」


「え?」


 ルドが言葉の意味を理解する前にクリスはフードと取って、マントを脱いだ。


「……ぇえ!?」


 琥珀の瞳を丸くして声を上げたルドをクリスが蹴る。


「うるさい! 準備してあった服がこれ・・なんだ! 見苦しくても我慢しろ! 文句ならセルティに言え!」


「あ、いえ。見苦しくは……ないです……」


 クリスが着ている服は見事な女性用ドレスだった。


 外出用のドレスであるため華美な装飾はないが、最低限とフリルとレースが使われている。

 首元を隠すようにフリルがあり、胸には琥珀の宝石を中心とした大きめの黒いリボンがある。色は目立たないように暗めの深緑の上着に黒のロングスカートで、裾からは何重もの白のレースが顔を出している。


 全体的に地味な色合いだが、使われている布は高級でデザインも洗練されており上品な雰囲気が漂っている。


 長い金髪は昨日ルドがクリスの髪を結んだ金色の紐で一つに纏めているだけなので質素な感じだが、黙って大人しくしていれば、どこかの貴族令嬢に見える。


 ルドは設定を思い出して納得したように頷いた。


「確かにこれなら貴族令嬢に見えますし、護衛が必要ですね」


 顔を赤くしたクリスがスカートを握りしめたまま上目使いでルドを睨む。


「そんなにジロジロ見るな。似合わないのは分かっているんだ」


「あ、いえ。思ったより違和感がないので、そちらのほうが驚きです」


 クリスは感心したように話すルドを蹴りたくなったが、そこはグッと堪えた。自分のことを男だと思っているのだから、そういう感想が出てくるのも仕方ない。


「そ、そうか」


 どうにか返事をしたクリスは握りしめていたスカートから手を離すとルドの全身を見ると、残念そうに言った。


「そういうお前は……なんか……違うな」


 晴れ渡った空のような青色にセルシティの髪のような銀糸で飾り縫いがしてある親衛隊の服なのだが、色合い的に微妙にルドに似合っていない。これなら魔法騎士団の騎士服のほうがしっくりしていた。


 たぶん、それを分かっててセルシティはワザとルドに親衛隊の服を着るように命令をしたのだろう。そのことを悟ったクリスがため息を吐いた。


「お互いセルティに遊ばれてるな」


「そうですね」


 早朝から変に疲れた二人は無言のまま朝食を食べた。




 朝食を食べ終えたクリスは茶色のマントを装着すると用意してあった包帯を目に巻いた。


「いつもは巻く側だから不思議な感じだな」


「そうですね」


「お前は顔を隠さないのか?」


 ルドの顔には昨日まで付けていた白い布がなかった。


白い布あれは魔法騎士団が隠密行動をする時に付けるものですから」


「あれだけ目立っておいて隠密っていうのもなぁ」


 クリスの呆れたような言葉にルドが苦笑いをする。


「わかっています。ただ、あれを付けている時は詮索は禁止という目印でもあるので、便利は便利なんです」


 ルドが説明しながらクリスにフードを被せる。クリスが見えない目でルドを見上げた。


「昨日と髪の色が違うので、あまり見られないほうがいいと思いまして」


「そうだな。では、行くか」


 スタスタと歩き出したクリスにルドが慌てて声をかける。


「一人で歩いたら危ないですよ!」


「透視魔法で見えているから大丈夫だ」


 そのまま部屋から出るためにクリスがドアノブを握ろうとしたが、その前にルドが手を出して止めた。


「師匠、この国では女性は魔法が使えません。魔力の流れに敏感な人が見れば、師匠が透視魔法を使うために魔力を放出しているのが分かります。そうなったら女性が魔法を使っていると騒ぎになりますか、用心のためにも魔法は使わないほうがいいと思います。それに目が見えないのに、一人ですんなり歩いていたら普通の人からも怪しまれます」


「確かにそうだな。そうなると、どう移動するか……」


 悩むクリスの手をルドが握る。


「自分が手を繋いで誘導しますので」


「!?」


 クリスの顔が一瞬で真っ赤になったがフードで隠れているためルドからは見えない。


「師匠?」


 透視魔法を使わなくてもルドがこちらの顔を見ようとしているのが雰囲気で分かった。クリスはすぐに顔を逸らして早口で言った。


「し、仕方ないからな。王都に着くまでの間だ」


「では、行きましょう」


 クリスはルドに引かれて部屋を出た。見ているだけでは気付かなかったがルドの手のひらは剣だこで意外とゴツゴツしている。自分の手を軽く包み込むほど大きく温かい。


 ルドと手を繋いで歩いている。


 そう意識しただけで何故か心臓がうるさく響き、体が熱くなる。


「落ち着け、落ち着け、落ち着け……仕事だ。これは仕事だ。仕方ないんだ」


 自分に言い聞かすようにクリスが小声で呟く。目が見えないことより、手をつないで緊張していることの方が勝っている。


 しかし、そのことに気付いていないルドは、クリスが俯いたままなことを周囲が見えないことによる不安のせいだと考えて足を止めた。


「師匠。歩きにくければ担いで移動しますが、どうしましょう?」


 クリスの脳裏にたまにルドに担がれる姿か浮かんだ。

 いつもの治療師の服なら荷物のように肩に担がれても問題ない……いや、それも問題あるが、この服で同じように担がれたら、さすがにいろいろとマズイ。


「設定を考えろ! どこに護衛対象を! しかも貴族令嬢を担いで移動するヤツがいる!? そもそも、この格好で私のことを師匠と呼ぶのもおかしいだろ」


「そう言われれば、そうですね。では、師匠のことはなんて呼びましょう?」


「好きに呼べ」


 クリスがルドを引っ張るように歩き出したので、ルドは呼び方を考えながら足を動かした。


「師匠の本名はクリスティアヌスでしたよね? うーん……クリスティはセルが呼んでいるし……」


 別の本名もあるが……まあ、教えることはないな。


 クリスが悩むルドを無視していると、ルドが思いついたように声を上げた。


「ティアナ! ティアナはどうですか?」


 思わぬ名前にクリスが立ち止まる。


「おまえ……その名前をどこで……?」


 クリスが驚いていることに気が付いていないルドは得意げに説明をした。


「クリスティアヌスの女性名はクリスティアナですから。そこからティアナを取ってみました。どうですか?」


 今は呼ばれることがない懐かしい名前。その名で呼ばれることはないと思っていた。久しぶりに呼ばれて嬉しいような悲しいような複雑な気持ちが渦巻く。


 クリスは空いている手でフードを深く被った。


「……好きにしろ」


「はい」


 満足そうなルドとは対照的にクリスは俯いたまま歩き出した。


 包帯とフードをしていて良かった。


 人には見せれない顔になっている自覚がある。クリスは黙ったまま歩くことに集中することにした。

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