第8話 初日の終了
ルドが執事に案内されて部屋へ移動すると、隣の部屋の前に立っている兵士がルドの姿を見て敬礼をした。グイドは言葉通りクリスの部屋の前に見張りの兵士を置いて、安全に過ごせるようにしていた。
ルドが隣の部屋を気にしていると執事が声をかけた。
「こちらが今日ご宿泊されるお部屋になります」
執事が部屋に入るのを促すようにドアを開けたが、ルドは入らずに部屋の中の状態を確認して言った。
「ありがとうございます。あとは大丈夫ですので」
「わかりました。何かありましたら、そちらの呼び鈴でお呼び下さい」
執事はベッドサイドに置いてある呼び鈴を示すと、一礼をして下がった。ルドが自室のドアを閉めて隣の部屋へ移動する。
「異常ありません!」
敬礼したままの緊張している兵士にルドが軽く頭を下げる。
「見張り、ありがとうございます」
思わぬ言葉に兵士がポカンとした顔になる。
「は……あ、いえ! 当然のことであります!」
兵士が声に力を入れて答える。その声がかなり大きかったためか、部屋の内側から覗くようにドアが開いた。
「人の部屋の前で何を騒いでいるんだ?」
不機嫌な声とともにドアの隙間からクリスが睨む。ルドが困ったように微笑んだ。
「すみません。明日のことについて少し話したいのですが、部屋に入ってもいいですか?」
クリスが無言でドアを開ける。
「失礼します」
ルドは部屋に入ると素早く室内を観察した。
客室らしく高価な装飾品で飾られているが、外からの侵入が難しいように窓は小さく作られ、足場となるベランダはない。
暖炉は頑丈な柵で閉じられ、薪の出し入れと掃除をする隙間ぐらいしかない。ここからの侵入はまず不可能なため、出入り口となるのは今入って来たドアしかない。
そのドアも内側には鉄で飾り細工がしてあり、もしドアを破壊して部屋に侵入しようとしても、飾り細工でドアが簡単には壊されないようにしてある。
普通の城では考えられない守りの強さにルドが無表情のまま感心する。
そこにクリスが声をかけてきた。
「なにをそんなに驚いているんだ?」
「顔に出ていましたか?」
ルドが白い布を外しながら恥ずかしそうに笑う。表情に出したつもりもなかったし、魔法騎士団にいた頃なら誰も気付かなかった表情の変化だ。
「顔に出ていたというより……雰囲気か? そんな感じがした」
「さすが師匠です」
治療をする人を診る時に些細な違和感や変化を見逃さないこと。それはこの一年、クリスに何度も言われてきた。
ルドがクリスの観察眼に琥珀の瞳を輝かせる。クリスはその視線から逃げるように顔を逸らしてルドに訊ねた。
「で、話とはなんだ?」
「はい。これからのことですが、明日は日の出とともに出発します。そしてカントゥー町で昼食をとって、馬を交換します。夜はソンドリオ領で一泊します。その次の日は昼食をフォリーニョ町でとって馬を交換しましたら、イセルニア領で一泊します。その翌日はアチレアーレ街で昼食をとって馬を交換したら、夕方前に王都に到着する予定です」
「早いな。普通なら王都まで六、七日はかかるはずだが」
「馬が疲れる前に交換して走っているので早いです。普通は出来ない移動の仕方ですが、セルの根回しのおかげで実現できました」
クリスが肩をすくめる。
「クルマが使えれば、あと一日は短縮できるんだがな」
ルドは初めてクルマに乗った時のことを思い出して顔を青くした。確かに馬より早いクルマなら移動時間はもっと短縮できるだろう。だが、あの速さには抵抗がある。
「た、確かに速いですがクルマが走れない細い道もありますし、そもそも大騒ぎになりますから」
まず馬や牛が引かずに動く乗り物というものがない。クルマのように勝手に動く乗り物があると知れたら、それこそ国をあげての大騒ぎになるだろう。
「分かっている。だからクルマを走らせる場所は私の領地とその近くと限定しているんだ」
「はい」
ホッとした様子で頷くルドにクリスが意味あり気に笑う。
「だが乗り物は他にもあるぞ。クルマと同じぐらいの速さの物もあれば、それより速い物もある」
「え!?」
「そのうち乗せてやる」
「い、いえ! 自分はいいです! 遠慮します!」
ルドが首を横に振りながら慌てて下がる。クリスがフッと深緑の目を細めた。その表情にルドがキョトンとする。
「師匠?」
「少しは力が抜けたか?」
「は、はい……?」
「あまり気張るな。自分の身は自分で守れるぐらいの力はあるつもりだ」
「ですが、これが自分の仕事で……」
「わかっている。ただ、お前だけで全てを背負うな。私に言えないこともあるのだろう。だが、それで全てを背負ってお前が押しつぶされても困る」
ルドが琥珀の瞳を丸くした後、どこか複雑そうに微笑んだ。
「はい。ありがとうございます」
クリスはその表情にどこか不満そうだったが話を切った。
「話はこれで全部か?」
「はい」
「なら私は休むぞ。慣れない馬の移動でさすがに疲れた」
「はい。しっかり休んで下さい」
ルドは静かに部屋から出て行った。
翌日の早朝、太陽が昇る前。クリスは自然と目が覚めた。いつもならカリストが朝の支度をするのでギリギリまで寝ているが、ここではそうはいかない。全て自分でしなければならないという意識が働いて自然と目が覚めたのだ。
クリスは身支度を整えるとセルシティが準備したという服が入っている箱を開けた。そして、その中身を見て固まった。
「……あいつ、絶対楽しんでいるな」
怒りを抑えて呟く。だが他に服はないし治療師の服は目立つため、この服を着るしかない。
「仕方ない」
クリスは覚悟を決めて服に袖を通した。
一方のルドはクリスより少し早く起きると室内で軽くストレッチをして身支度を整えた。
セルシティの親衛隊の服に着替えて、全身の動きを確認する。親衛隊の服のため装飾もあるが動きやすさも重視されており、悪くはない。
ルドが顔を隠すことなく廊下に出ると、クリスの部屋の前には昨日の夜とは違う見張りの兵士が立っていた。その兵士がルドの姿を見た瞬間敬礼をした。
ルドが軽く頭を下げながら声をかける。
「おはようございます。見張り、ありがとうございます」
「いえ!」
兵士が敬礼をしたまま勢いよく答える。ルドはクリスの部屋のドアをノックした。
「おはようございます、師匠。起きていますか?」
返事なくドアがゆっくりと開く。
「……師匠?」
頭からスッポリと茶色のフードを被ったクリスが顔だけを出す。
「朝食は部屋に持ってきてくれ」
「どうかされましたか? 体調が悪いのですか?」
心配をしているルドの足をクリスは思いっきり蹴ると、兵士に聞こえないように小声で言った。
「違う。カリストがいないから髪の色を変えられないのだ。道中は目に包帯をするからいいが、ここで金髪緑目と騒がれたくない」
金髪緑目の人間は神に棄てられた一族であり関わると厄災をもたらすと言われている。そのためクリスは毎朝カリストの魔法で髪の色を金色から茶色に変えていた。ただし、その魔法はクリスが眠ったり意識を失ったりすると解ける。
今朝はそのカリストがいないため、今のクリスの髪は金髪のままなのだ。
そのことを察したルドが頷く。
「わかりました。朝食は自分の部屋に準備してもらいます。準備が出来ましたら呼びに来ますので」
「それで頼む」
クリスは部屋に引っ込んだ。
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