第4話 昼休憩と馬

 ルドの姿に気がついた門の前にいる警備兵が敬礼をして声をかけてきた。


「お待ちしておりました。そのまま中へどうぞ」


 重そうな鉄の門が左右に開く。馬に乗ったまま中に入ると中年の兵士が数人の兵士とともに走って来て敬礼をした。


「この街の警備を任されております、ガッテムです! 指令通り食事と馬の準備は出来ております」


 ルドがクリスを残したまま馬から降りた。それだけで並んだ兵士たちに緊張が走る。

 張りつめた空気の中でルドは白い布で顔を隠したまま穏やかに言った。


「急なことでしたが、素早い対応ありがとうございます」


 思わぬ言葉に兵士たちの目が丸くなる。ガッテムは崩れかけた表情を固くして答えた。


「いえ! 当然のことであります! ここで馬を預かります」


「では、お願いします」


 クリスは一人で馬から降りようとしたが、なかなか降りられない。どうにも出来ないでいると、ルドが手を差し出してきた。

 兵士たちの目もあるため、これ以上手間取るわけにはいかないクリスは大人しくルドの手を借りて馬から降りた。


 クリスがどこか悔しそうな恥ずかしそうな顔をしながら何かを言う前にガッテムが声をかけてきた。


「狭いところですが食事を用意しておりますので、こちらへどうぞ」


「行きましょう」


 ルドは平然とクリスに言うと、ガッテムに案内されて兵舎の中に入っていった。




 二人が案内されたのは兵舎の中でも造りが良い応接室だった。

 高位の人を迎えることもあるためか、兵舎にしては綺麗な部屋で、良質なソファーやテーブルが置いてあり、壁には絵画や装飾品が飾られている。


「すぐに食事を運んでまいりますので、おかけになってお待ち下さい」


 二人がソファーに腰かけるとガッテムの言葉通り、すぐに兵士が食事を運んできた。緊張しているのか微かに震える手で二人の前に食事を並べていく。


 ルドは白い布で顔を隠したまま、食事を運んできた兵士の顔を見た。


「ありがとうございます」


「うぇ!? あ、い、いえ! 失礼しました!」


 声をかけられると思っていなかった兵士が慌てて敬礼をして下がる。ルドはこわばった顔をしてこちらを見ているガッテムに言った。


「すみませんが、食事中は席を外してもらえませんか? 何かあれば呼びますので」


「それは気が利かず失礼しました!」


 ガッテムはこの場を離れられることに安堵して、そそくさと部屋から出て行った。その様子にクリスが肩をすくめる。


「ここの兵士たちは緊張し過ぎではないか?」


 ルドが顔の半分を隠している白い布を外す。


「魔法騎士団は尊敬とともに畏怖の対象でもあるんですよ。これぐらいの憲兵の数なら魔法騎士一人で潰せますから。とある兵士が粗相をして、その兵士がいる街ごと魔法騎士が一人で滅ぼしたという逸話があるぐらいですし」


 クリスが食事に手を伸ばす。


「そうやって魔法騎士団の強さを広めているわけか」


「根も葉もない噂ですけどね」


 苦笑いをしながらルドも食事を食べ始めた。空腹ではあるが勢いよく食べることはせずに、一品ずつ少量を口に入れて味わう。変な苦みや甘みはないか、舌が痺れないか、毒の類は入っていないか、時間をかけて確認をする。


 それはクリスも同じでゆっくりと昼食を食べている。


「……なかなか良い食材を使っているみたいだな」


 基本は兵士の食事で、それに少し肉を多めにした程度なので豪華さはない。それでも食材はなるべく新鮮な物を使用しているため、素材の味が活きており素朴な中に美味しさがある。


 ルドも同意して頷いた。


「そうですね。無理をさせたみたいで心苦しいです」


「ならばさっさと食べて、さっさと出て行ったほうが余計な気苦労をさせなくていいだろう」


「そうですね」


 黙々と食事をしているとクリスがふとルドに訊ねた。


「そういえば今日の宿はどうするんだ? リミニ領は大きい街だが、宿の目星はついているのか?」


「領主の屋敷に宿泊することになっています。領主は厳つい顔をした年配の方ですが、気前が良い豪快な領主ですよ」


「知り合いか?」


「はい」


「そうか」


 その後は二人とも話をすることなく食事を終わらせると、ガッテムを呼んですぐに出発したいと伝えた。


「こちらに馬を準備しております」


 ガッテムの案内で中庭に行くと、そこには木に繋がれた一頭の馬がいた。大人しくも悠然としている姿は気品さえ感じる。

 だが、その馬を見たルドは腕を組んで顔を隠した白い布の下で悩んだ。


「良い馬ですが……他の馬も見させてもらえませんか?」


「は、はい!」


 馬舎に案内されたルドがそこにいる馬を一頭一頭じっくり見て回る。その途中で茶毛の馬の前で足を止めた。


「試しにこの馬に乗ってもいいですか?」


 ルドの申し出にガッテムが焦る。


「いや、この馬は気性が荒くて乗りこなすのは難しいかと……」


「難しそうでしたら他の馬にしますから」


「で、では少しなら……」


 後ろに控えていた兵士が茶色の馬に鞍を装着させて馬舎から出そうとしたが、馬が暴れて思うように事が進まない。焦る兵士に対して、馬は気にくわないことがあるらしく隙あらば全身を揺すって抵抗している。


 その様子を見ながらガッテムは恐る恐るルドに再確認した。


「本当に、この馬でよろしいのですか?」


「はい。これぐらい元気なほうが良いですから」


 どうにか外に出てきた茶色の馬の手綱をルドが受け取る。そのまま馬と目を合わすと、今まであれだけ暴れていた馬が大人しくなった。

 ルドが馬の目を見つめたまま首に手を伸ばす。


「え!?」


「なっ!?」


「嘘だろ!?」


 人に触れられることを拒否することが多かったのに、ルドには大人しく撫でられている。

 驚く周囲を気にせずにルドは軽く馬の背に飛び乗った。


「危なっ……」


「振り落とされ……ない!?」


「なんでだ!?」


 馬がルドの指示通り兵士たちの前を優雅に歩いていく。その光景をガッテムや他の兵士がポカンと口を開けて眺めていた。


「初めて会った人なのに……」


「こんなに大人しく言うことを聞くとは……」


「どうして……」


 驚いている面々にルドが声をかける。


「良い馬ですね。お借りしてもよろしいですか?」


「は、はい……」


 いまだに目の前の光景が信じられないガッテムが上の空で返事をする。


「では、このままお借りします」


 ルドが馬に跨がったままクリスに手を伸ばす。クリスはルドの手をとって馬に乗ったが、馬が暴れる様子はない。


 クリスを自分の前に座らせたルドは馬上からガッテムたちを見下ろした。


「いろいろありがとうございました。失礼します」


 軽く頭を下げてルドが門に向かって走っていく。本来なら街を出るまで見送らなければならないガッテムだったが、そのことを忘れて他の兵士とともに呆然としていた。


 街中を軽く走っていく途中でクリスはルドに声をかけた。


「お前は馬に好かれるんだな」


「馬は頭が良いですから。自分の全力を出してくれる人なら喜んで乗せて走りますよ」


「つまり、あそこにいた奴らは全力を出しきれないと、この馬に判断されているということか」


 ルドが苦笑いをする。


「まぁ……そういうことになりますね」


「否定しないのか。ところで何故、最初の馬は止めたんだ?」


「あの馬は気性が穏やかで誰でも乗れると思いました。それはそれでいいのですが、もう少し力強さが欲しかったのと……あと色がちょっと目立つんですよね」


 クリスが思い出して頷く。


「手入れが行き届いた白馬だったな」


「あそこまで綺麗にされた上に真っ白はちょっと目立つので……」


 ルドが着ている魔法騎士団の服をクリスが無言で見つめる。ルドが困り顔のまま頭を振った。


「わかっています。この服は戦場で敵を威嚇するためにもワザと目立つように作られているんです。あとで目立たないようにしますから」


「いろいろ面倒なんだな」


 ルドが苦笑いをする。


「検問所を抜けたら全力で走ります。振り落とされないように、しっかり掴まって下さい」


「わかった」


 街に入って来た時とは違う検問所を止まることなく抜ける。右側は草原が広がり、左側は少し先に森がある。少し広く作られた道には馬車や徒歩の旅人が歩いている。


 ルドは徐々に馬が走る速度を上げた。クリスが前屈みになり鞍の突起部分を両手で掴む。そこにルドが左手を腰に回してきて覆いかぶさるように背中を密着させてきた。


「どうし……」


 顔を赤くして振り返ろうとしたクリスをルドが声だけで止める。


「かなり揺れますから。振り落とされないようにして下さい」


 その真剣な声にクリスが黙って前を向くと、背後から複数の馬の足音が迫ってきた。


「何があっても声を出さないで下さい」


 なにも出来ないクリスは黙って頷くしかなかった。

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