第3話 仕事の依頼
ルドは言いにくそうに赤髪をかきながら話し出した。
「早朝にセルから師匠を王都に連れて行くように、と指令書が届いたんです」
セルとはクリスが住んでいる学問都市を治め、この国の現王の息子でもあるセルシティ第三皇子のことだ。
長い銀髪と紫の瞳に加えて、ほとんどの女性が羨むであろう美貌の持ち主である。そんな華麗で純真そうな外見だが、中身は頭の回転が早く腹黒で一筋縄ではいかないクセ者だ。
しかもルドで遊ぶことを趣味のようにしており、時々クリスを巻き込んで何かしら仕掛けてくる。
だが、今回のことはルドで遊んでいるという範囲のものではないらしい。
クリスは軽く首を傾げながら訊ねた。
「私を王都に? なぜだ? そもそも私を狙ってきた連中は何者だ?」
ルドは困ったように両手を出して、矢継ぎ早に質問をしてくるクリスを止めた。
「待って下さい。順番に説明しますから。師匠を王都に連れて行く理由は現王の治療をしてもらうためです」
「現王の治療? 現王になにかあったのか?」
「そのようです。どのような状態かは極秘事項なので知らされませんでしたが、師匠の治療が必要ということです。ただ、そのことが広く知られると国が混乱しますので、内密に事を運ぶように、という指示でした」
現王は先代の王から若くして王位を継ぎ、先代と同様に近隣諸国を征服して国土を広げてきた。現王の功績と威厳があるからこそ、今では広大になりすぎた国土を反乱もなく治められている。
その現王になにかあったと知られれば国が揺らぐどころか、下手をすれば地方で反乱、独立戦争が起きる。
「そういうことか。で、私が狙われたのは何故だ?」
「……たぶん、現王の治療を快く思っていない者による差し金かと」
ルドの言葉が淀む。深緑の瞳が静かに琥珀の瞳を睨んだ。
「本当か?」
「……たぶん」
「本当のことを知っているんじゃないのか?」
無言のままルドが視線を逸らす。こうなったら脅そうが何をしようがルドは口を割らない。治療師としてクリスのことを師匠と呼ぶが、こういうところは騎士道精神が強い。
クリスは諦めてため息を吐いた。
「わかった。で、なんでお前は魔法騎士団の服を着ているんだ?」
「この服を着ていれば検問所でも止まらずに走り抜けられますから。あ、ちゃんと通行許可証も持っていますよ」
「それだけ急を要するということか。で、これからの予定はどうなっている?」
「さすが師匠、話が早くて助かります。まずはこの先にあるオアズ街に行って昼食をとります。そのあとはリミニ領へ行き、そこで一泊します」
クリスが頭に地図を浮かべて首を傾げる。
ここから王都に行くには途中で小高いが山脈があるため、直線の道はない。小高い山脈を避けるように北側を通る道と南側を通る道がある。今なら気候的にも南側の道を通って王都へ行く人が多いだろう。
「この道なら、このまま南方のオアズ街へ行くのは分かる。だがリミニ領は北側にあるんじゃないのか? 方角的に反対だろ? そもそもオアズ街からリミニ領へ行く道があるのか?」
クリスからのもっともな質問にルドが平然と答える。
「はい。言われる通りオアズ街から王都に行くとしたらオレンボー領を抜けて南ルートを通るのが普通です。ですが、そこをあえて北ルートで行きたいと思います。幸いにもオアズ街からオレンボー領までの道中にリミニ領への抜け道がありますので、そこを通ります」
「それで私を狙っているヤツらを撒くということか。その目立つ服も私を狙っているヤツらに、オアズ街からオレンボー領に行ったという目撃情報を与えるためか」
クリスの指摘にルドが苦笑いをする。
「その通りです」
「どういう道順であれ、最終的には王都に着けばいいんだろ? カリストの援護は期待できないし、お前に任せるしかないからな」
「カリストなら影を通ってすぐに来れるのではないのですか?」
「あいつだって、そこまで万能ではない。影を使っての移動は距離に制限がある」
クリスが一枚の紙を取り出した。
「影を使っての移動は街の中ぐらいが精一杯だ。検問所を抜ける時にギリギリでこの紙を影から出してきた」
ルドが渡された紙を見ると走り書きの文字があった。
『屋敷は全員無事です。落ち着いたら追いかけます』
「この紙があったから大人しくしていたのですね」
クリスの性格からして何が何でも屋敷に引き返すと思っていたルドは、最悪の場合はクリスを気絶させて連れて行こうと考えていた。
しかし、予想よりクリスが大人しくしていたためルドは余計な手間をかけずに済んだのだ。
クリスがルドの手から紙を奪い取る。
「そういうことだ」
ルドは顔の半分を白い布で覆いながら立ち上がった。
「慣れない馬での移動になりますので、疲れたら言って下さい。なるべく休憩を取りながら行きますから」
ルドが手を伸ばしてきたがクリスは無視をして一人で立ち上がった。
「これぐらい問題ない。行くぞ」
クリスはさっさと馬に近づいたが上手く乗れない。ルドがヒラリと馬にまたがり上からクリスを引っ張り上げた。
「行きますよ」
「……」
クリスが顔を隠すように俯く。茶色の髪がサラリと流れて顔を覆った。その様子にルドは魔法騎士団の服の肩から胸のボタンに掛かっている金色の飾り紐を外した。
「失礼します」
ルドが素早くクリスの茶髪を一つにまとめて金色の紐で纏める。
「……余計なことを」
クリスが呟いたがルドには聞こえなかったらしい。
「どうかしましたか?」
首を傾げて顔を覗きこもうとするルドから逃げるようにクリスは顔を逸らした。
「なんでもない! さっさと出発しろ」
「はい」
ルドは言われた通り再び馬を走らせた。
昼を少し過ぎた頃、クリスを乗せた馬は何事もなくオアズ街に到着した。
検問所はルドの服装を見た兵士が何も言わずに通したため、馬から降りるところか止まることなく街に入れた。
「どこに行くんだ?」
さすがに街中を全力で走るためにはいかないため、馬の速度を落として進む。魔法騎士団というだけで人々の視線が集まるのに、そこに治療師の服を着たクリスがいるため余計に注目を浴びた。
滅多にない組み合わせに、話題に飢えた人々が二人を見ながらヒソヒソと会話をしている。こうして根も葉もない噂が出来上がるのだろう。
さすがに居心地の悪さを感じてきたクリスの眉間にシワが寄り始める。顔のほとんどを布で隠しているルドがなだめるように声をかけた。
「もう少ししたら、この街の憲兵の兵舎に着きますので、それまで我慢して下さい」
「兵舎? 何をしに行くんだ?」
「そこで昼食をとります。あと馬を交換します」
これだけ注目を集めている状態で街の料理店で昼食をとればどうなるか……クリスはルドの提案にあっさり同意した。
「昼食はそこでいい。だが、なぜ馬を交換するんだ?」
「今もしっかり走ってくれていますが、昼からも走ることを考えると、どうしても速度は落ちますし馬の疲れが出ます。それなら元気な新しい馬のほうが早く走れますし、これから通る道を考えますと、その道に慣れた馬が必要になります」
「そうか」
抜け道を通るというなら普通の道ではないのだろう。そういう道に慣れた馬がいるならその方がいいし、この馬も休ませなければならない。
クリスが納得していると塀に囲まれた頑丈な建物の前でルドが馬を止めた。
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