決戦と別れ


 2018年7月6日22時30分

 去年の夏に買ったNinja400Rに乗り急いで廃工場に向かう。警察に誰にも連絡をせずに来いと言われている為大量の不良達が待つ廃工場に一人で向かう。

 走りながら一つの疑問について考える。

 今日のあいつ等の行動は間違いなく計画的だ。俺がバイトでいないことが分かっていて、尚且つ春香と蒼汰の帰宅ルートも知っていて人目のつかない場所で二人を攫っている。昨日のラーメン屋での出来事も誰かに俺がよくあの店に行っていると聞いて待ち伏せをしていた。誰かが俺達の情報を漏らしている。

 俺が二人を大切にしている事も多分知っていてそれも漏らしたのだろう。だが漏らした奴も実行した奴もこれについては考えなかっただろう。


 俺は何をしても、何を犠牲にしても二人だけは守る。


 22時45分、疑問の整理と心構えを行いどうやって二人を助け出すかを考え走っていると指定された廃工場に辿り着いた。

 閉じている扉の前でバイクを止め扉を勢いよく開ける。


「春香、蒼汰! 無事か!」


 中も確認せず開けながら叫ぶ。

 中は広い広場の様になっており、その真ん中に30人位の見覚えのある不良達と脇の方に縛られている春香と蒼汰がいた。


「意外と早かったじゃねえか。もう15分ほど遅く来ようものなら二人をいじめようと思ってたんだがな」


 昨日会った不良のリーダーが汚い笑みを浮かべながら喋る。


「大切な妹と弟だからな。誰にも連絡していない、二人を解放しろ!」


 遠目からでも分かる、蒼汰が酷い怪我を負っていることが。骨も折れているかもしれない。早く病院に連れて行かねば思い声を荒げる。


「まあまあ落ち着けよ。まずお前ここにいる連中の顔覚えてる?」

「誰一人知らねえよ」


 見覚えはある。だが名前も知らねばどこで会ったかも覚えていない。何をしたかは大体わかるが。


「なんだとてめぇ! 俺達の事忘れたってのかこらぁ!」


 周りにいる不良達が不機嫌そうな顔になり叫びだす。


「まあ落ち着けよ。いや~天下無敵の喧嘩屋は言う事が違うねぇ~!? ここにいる奴らはみ~んなお前に喧嘩で負けて居場所を失った奴らだ! 高校で頭を張ってたり喧嘩で稼いでいた奴らばかりだがお前に負けてからそれはそれは酷い目にあってんだ!」

「それで逆恨みってか? こんだけ人数集めて人質とって身動き取れない俺を潰して居場所を取り戻そうってか? ダサいんだよ屑どもが!」


 血液が沸騰しそうな位頭が熱い、怒りで体が震えどうにかなりそうだ。


「いやいや最後まで話を聞けよ。ここにいる奴らは喧嘩しか取り柄のない奴らだ。そんな奴らが一人を動けなくして袋にしたってなればそれこそ居場所が更になくなっちまう。だから俺達にもプライドがあるしな。だから今から俺達とお前でゲームをしよう」

「話が長いんだよ、端的に簡略にさっさと済ませ」

「ここにいる全員対お前だ! お前が勝てば二人は解放するし二度とお前やお前の周りの人に手を出さない。ただお前が負けた時は、色々覚悟しろよ!」


 要するに喧嘩をして勝ったという体裁が欲しくてこんな事をするってことか。30対1か、勝ち目はほぼゼロと言ってもいい。


「そういう事なら長い前置き言わずに最初からそう言え」


 今にも襲い掛かってきそうな不良達に言う。そういえば端で縛られている二人に言いたい事を思い出し、思い切り息を吸い叫ぶ。


「春香、蒼汰! もう1時間もすれば7日だ! お前達にとっての大切な日をこんな糞みたいな物にするわけには兄として絶対に許せない! 一時間以内に助けてやるからほんのちょっとだけ待っていろ!」


 口をテープで塞がれている為二人が何を考えているか分からない。でも二人の目を見てその言葉を信用して貰えている様な気がした。


「そういうことだからお前等も俺に時間を取らせずにさっさとかかってこい!」


 その言葉が火蓋を切る合図となったのか一斉に全員かかってきた。





 30対1、普通に考えれば1人の方が圧倒的に不利。不利どころか、勝ち目はない。だが悪いが俺はその普通には当てはまらない。

 30分ほどたっただろうか、今俺の目の前に立っているのは10人ほど。残りの20人はそこら中で寝ている。

 流石にその数の相手だった為、攻撃を貰わずに倒せるとは思っていなかった。だから囲まれて何発か殴られている時に一人を確実に一撃で沈める。それを20回繰り返す。そんな喧嘩をしたせいで流石に疲れた、殴られ過ぎてそこら中痣だらけだ。だが後10人、ここまで減らせば後はもう貰わずに何とかできる数だ。


「化け物かよ……」「おいおい……聞いてた話と違うじゃねぇか」「くっそ、これならもう少し数を揃えていれば……」


 不良達も青い顔で弱音を吐き始めた。やっとこちらのペースに持ち込めた、ペースに持ち込めば負ける理由がもう無い。


「ビビってんじゃねぇぞ! もうフラフラじゃねぇか! もう何発か殴ればそいつは倒れるんだよ! もう一回突撃をかますぞ!」


 リーダーが周りの状況を見て全員に声を掛ける。だが、無駄な努力だったな。俺は弱音になり、引け腰になっている相手の瞬間を見逃さない。

 思い切りダッシュし、お互いに顔を見合わせていた不良どもに突っ込む。


「らぁぁぁぁぁぁぁぁ!」


 端で弱気になっている奴を殴り飛ばし、急いで顔をこちらに向けて、目の前にいることに驚いた奴にも一発。そのまま吹き飛び後ろの奴にぶつかり、二人仲良くふらついた所に蹴りを入れ、吹っ飛ばす。

それを見ていた他の奴らが連携を組まずに襲い掛かってくるが狙い通りで順々に殴り、蹴り一人ずつ倒してく。

 10人いた不良達はいつの間にか3人まで減り残るは昨日の絡んできた奴らのみ。


「手間かけさせてくれたな。懺悔があるなら聞いてやるから今のうちに言っとけよ、半年間ほど病院から出れないようにしてやるから」

「くそ、くそ、くそが!何なんだよお前……大人しくやれてればいいのによぉ !」


 狼狽え、恐怖からか声を震わせながらも叫びだす不良のリーダー。


「他の寝ている奴らはどうせお前らが俺を倒せるからって集めた奴らだろうからあの位で許してやるがお前達は許さん」


 何も言えずに口を小刻みにパクパクさせながら怯える3人。


「何度お前達が喧嘩を売りに来ようが俺は無関係な人間さえ巻き込まなければただ叩きのめすだけにしておくつもりだった。だけどお前達はこの件に関係のない、剰え俺の一番大切な春香と弟の様に可愛いがっている蒼汰に手を出した! 今後お前達みたいな奴らが出て来ない様宣伝代わりに痛めつけてやるから覚悟は出来ているだろうな!」




 そこからはあっという間だった。元々昨日の怪我でろくに動けなかった様で短髪と茶髪の奴が襲い掛かってきて、リーダーが春香と蒼汰を人質にしようとそちらへ駆け出した為リーダーの動きを止め、殴り飛ばしその後二人も動けない位にボコボコにしてやった。リーダーの行動に怒りが頂点まで達してしまった俺はそのまま3人の両手足の骨をへし折りそれを倒れて見ていた他の奴らは次は自分の番かと思ったのか全員走って逃げて行った。

 そこまでする気は無かったが逃げる後ろ姿を見ていると気持ちも少し落ち着き骨だけで済ませ、春香と蒼汰の元へ駆け寄った。

 二人を縛っていた縄と口に引っ付いているテープを剥がし、二人を抱きしめた。


「遅くなってごめん。本当にごめん。情けないお兄ちゃんでごめんな」


 そういい強く抱きしめた。


「本当だよ、バカ。すっごく怖かったんだから。蒼汰君が私を守る為に痛めつけられて私、怖くて何も出来なくて……」


 泣きながら、鼻水を垂らしながら抱きしめ返してくる。


「やっぱり亜紀さんは強いね、僕も強ければ……春香ちゃんを守れてこんな事にもならなかったのに……」


 そう自分の弱さに嘆く蒼汰。だがそれは違う。


「蒼汰、お前は弱くなんかない。俺よりもずっとずっと強いさ。こんな事になったのに春香に怪我が無いのは絶対に蒼汰のおかげだ。俺は二人を守れなかったのに蒼汰はしっかり春香を守ったじゃないか。ボロボロになりながら、勝てないと分かっていながら歯を食いしばって。俺はお前を本当に尊敬する、改めて春香を守ってくれてありがとう」


 不良達に勝てなかった事でばつが悪いのか顔を俯かせ涙が零れそうになる蒼汰。


「とりあえず蒼汰、体で動かないとかどうしても痛い場所はあるか?」


 蒼汰は軽く体を動かし首を振る。折れていたり怪我が酷ければ病院へ連れて行くつもりだったかが何とか大丈夫そうなので明日の朝一番に連れて行くことにした。


「よし、じゃあ帰るか! 後5分で俺達は16歳と17歳だ! きっと俺が言っては駄目なんだろうが辛気臭い顔で誕生日を迎えるなんて嫌な誕生日として一生の思い出になっちまう! すぐ帰りのタクシー呼んでくるから少しここで二人で待っててくれ!」


 作り笑顔だがそう言い少しでも場を和ませてタクシーを呼びに廃工場外へ向かう。後ろから、全くだよ。とか、亜紀さんが言っちゃ駄目でしょ。とか聞こえるが気にせずに呼びに行く。

 廃工場の中には不良が3人残っていてそこに二人を残すのは気が引けるが今の状況からして動けないだろうし、俺に対しての愚痴やら色々積もる話もあるだろう。

 そのまま外に出てタクシーを探すが全く走っておらず見かけない為、電話で呼び出しすぐに帰れる様バイクのエンジンをかけ二人の所へ戻る。

 バイクのエンジンがかかった所で電子メーターを時刻表が7月7日00時00分土曜日を示した。

 盛大に誕生日おめでとうと叫んでやるか、などと思い足取り軽く、廃工場へ戻る。

 中では二人で談笑している姿が見えた。その後俺の姿が見えたから立ち上がろうとするが蒼汰は怪我が痛むのか壁に手をかけ立とうとする。


「春香、蒼汰! 誕生日おめで……え」


 蒼汰が手をかけた所はちょうど壁に寄りかかっていた鉄筋の束が体重をかけた事によりそのまま二人のいる場所まで倒れかけていた。


「二人ともすぐそこをどけぇぇぇ!!」


 何が起きたか分からないような顔をしている二人。このままでは二人が下敷きにされてしまう。

 全力で走ればギリギリ間に合う距離な為二人を突き飛ばしてでも助けようと走り出す。

 が、俺自身相当痛めつけられている為、二人の直前で足をほつらせたが手を伸ばせば届く位置な為、転びながら突き飛ばす。

 ……突き飛ばしたつもりだったが寸での所で手が届かずそのまま転んでしまい、その後すぐ



 ガッシャーーン!



 と、鉄筋とコンクリートがぶつかる音が聞こえた。

 顔を上げると目の前に転がる鉄筋とその下敷きになっている二人が見えた。運が良く……俺の所には倒れず二人の丁度上にのしかかるように何本もの鉄筋が乗っていた。


「はる……か、そうた……。あぁぁぁぁ……ああああああああああああ!!」


 枯れた様な声しか出ずに一瞬唖然とするがすぐ事態に気づき立ち上がり、急いで二人にのしかかった鉄筋をどけはじめる。

 一本一本が10kg近い重さの鉄筋が何十本もの束となり二人に落ちたという事態の大事さに鉄筋をどけはじめて気づく。

 鉄筋をどけるのが先なのか、救急車を呼ぶのが先なのか分からなくなりパニックに陥るが迷っている時間もないと思い、先に119と震える手で携帯で打ち込む。

 数コールした後、すぐ様電話が繋がる。マニュアル通りの質問をされ、救急で廃工場の住所を告げ簡単に鉄筋が落ちて状態が分からないからすぐ来てくれと伝える。

 名前と電話番号も聞かれたがそんなのを悠長に伝える暇を無かったので早口で言うだけ言い急いで来てくれとだけ伝え電話を切る。

 そのまま携帯を投げ捨て、二人の上の鉄筋を退け始め10本程どけ始めた所で二人の体を触れれる所まで体が出た。

 その後も数本退け二人の状態をしっかり視認できるようになったが二人とも頭から大量の血を流し、意識がない状況だった。


「やばい……死なないでくれ……俺は、また……お前を守れないのか……」


 無意識に呟き春香を抱きかかえ、二次災害が起きても被害にならない場所へと運び出す。


「春香……春香!!起きてくれ、頼むから起きてくれ……」


 春香へ声を掛けるが返事が、意識がない。生きているのかすら俺には分からない状況だった。

 安全な所まで運び出しゆっくり床に春香をおろし、急いで蒼汰の所へ向かい蒼汰も安全な所に運び出す為抱きかかえる。


「蒼汰!起きてくれ……お願いだから、声を聞かせてくれよ。いつもみたいに俺に小言を言ってくれよ……頼む、頼むから目を覚ましてくれ、生きていてくれ……」


 蒼汰も声を掛けるが返事がなく春香と変わらない量の血を流している。運びながら涙が出て来てしまい、泣きながら蒼汰を運び春香の横にゆっくりおろす。


 二人の脈と息を確認する為に、そのまましゃがみ心音と呼吸を見ようとした所でサイレンの音が聞こえた。少し分かり辛い廃工場の為二人を置いてまた外に出るのは躊躇われたが、救急車の到着を一分一秒争う状態だった為外に走り出し、救急車を誘導した。大体の場所へ誘導し隊員が救急車から降りて来る前に、どうしていいかは分からなかったけどそばにいたいと思い先に二人の傍に駆け寄った。


 不思議な物を見た。


 意識が無く寝そべる二人を包む様に眩い光が球体状になり光っていた。

わけが分からなかった。それが何なのかも分からなかったが、今の俺には何一つ関係が無かった。

 二人の傍に行き、意識を取り戻すまで手を握ってやらないとと思っていた俺はその球体状の光に触れ、中にいる二人の手を握ろうとした。




 そして俺は二人の手を握る前に、二人が生きているかすら分からない状況で、そのまま意識を手放し目の前が暗転した。





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