終末世界の魔術師
花座 緑
Hello、異世界。
俺は彼女に言った。
「この世で、最強のモノってなんだと思う?」
そして先に言っておく。
俺は終末世界の魔術師だ。
さて、俺は元々この世界の人間ではない。最近流行りの、異世界トリップとやらをしてこの世界に来た。
そしてありふれた流れではあるが、俺は神様からとある魔法道具を与えられた。
「紙とペン、この2つを使えば描いた物を具現化し、書いた願い事を全て叶えられる、まあ最近でいうところのチートじゃの」
「はぁ……え、それはつまり不老不死とか、イケメンになるとかも出来る、と?」
「もちろん、そのペンでその紙に書いてみるといい」
「不老不死と、イケメンと、身体能力強化……っと」
つらつらと書き並べたところまでは良かったけれど、特に変化が現れたようにも見えない。
「俺イケメンになってます?」
「そんな質問をされたのは初めてじゃの、安心するがよい、わし基準ではイケメンじゃ」
なんだその安心出来なさは。
「信じておらんようじゃし、わしも自信がないのでの、それで鏡を出せばよい」
言われた通りに、鏡の絵を描く自信はなかったので、鏡、と文字を書けば鈍い音とともに鏡が現れる。
そこに映った自分はもちろん俺目線からでもイケメンと言える容姿をしていた。
「うわ、すげぇ、ありがとうございます」
「しかし魔王は心筋梗塞で死ぬ、とかどこかの黒いノート紛いのことは出来ないから注意するように」
「全女の子が惚れますように、も?」
「基本文章は叶えてくれないんじゃ、単語で頼むぞ」
身体強化、と書けば自分に付与することはできても、誰かに身体強化、と書けば効果は現れない、ということだろう。
確かに使い所は限られたが、それでもなお最強であることに違いはない。
「そうじゃ、もう1つ、この拳銃を渡しておこう」
「これは……」
「どんな者でも殺せる銃じゃ、例えそれが神でも魔王でもな、そしてこれはその紙とペンでは作り出すことができない、弾数は1発、考えて使うんじゃぞ」
「魔王、か、中々異世界トリップらしくなってきたな」
「まー正直紙とペンは超チートじゃからの、その銃はか弱い女の子にでもあげることをお勧めしておこうかの」
「じっちゃん中々わかってますね」
紙とペンで出したホルスターに銃を入れ、俺は意気揚々と世界救済に向かった。
もちろん目指すのはハーレムだ。
結果から言えば、この最強道具たちの前では、魔王も無力であった。
紙とペン、これが本当に最強で、魔王をも圧倒した。銃はアドバイス通り姫に預けてある。あとイケメンであったことも旅路に色々と良い効果をもたらした。
俺は国の姫と結婚し、幸せな暮らしを送り、俺の異世界ライフは概ね順調であった……といいたいところだが、俺は忘れていたのだ。
自らがかけた、最強魔法を。
「貴方と一緒に逝けないことが……残念です、愛しています」
俺はまず、自分の妻を看取った。
「お父さん、私より長生きなんて、ね、大好きよ」
そして、娘を看取った。
「おじいちゃん……大丈夫、大丈夫よ、貴方は1人じゃないの」
孫を看取った。
「曾お祖父様、たくさんお話が聞けて、楽しかったです、まだ、まだこの先も……」
曾孫を看取った。
俺は死ねなかった。火に飛び込んでも、水に沈んでみても、貫かれても。
紙とペンで何度も死のうとした。けれど俺は、不老不死の対義語を知らず、俺を殺せ、という言葉は受け入れられなかった。
短命、と願うにはもう俺は生きすぎた。
魔王は俺を殺せなかったのに、孤独は意図も簡単に俺の心を殺した。
それから、俺より先に世界が滅んだ。
原因は、魔王でも魔物でもなく、資源不足と砂漠化だった。俺は、救済に疲れていた。
その結果、世界には、俺1人だ。
久しぶりに、妻の部屋に入る。
砂埃も酷く、壁も床も全てがぼろぼろであったが、魔法を掛けていたおかげで崩れ去ることはなかった。
彼女が死んだあの日から、俺はこの部屋に入っていない。
「俺はどうしたらいい?」
思い立ったように、机の引き出しを開ける。
何か、彼女の物があればいい。そう思ってのことだった。
ガタリ、と思いのほか重い音がして引き出しが開く。
引き出しの中には、銃と、1冊の手帳だった。
銃。そうだ、銃だ。
逸る鼓動を抑え、まずは手帳を開く。
内容は当たり障りのないものだ。様々な思い出とが綺麗な、透明感のある文字で書かれている。
最後のページだけ、日記ではなかった。
『遺される貴方へ。愛しています、例え世界が終わろうとも。』
俺は、あの紙とペンを取り出した。
彼女の名前を書く。
彼女とは違う、癖のある文字だ。
書き終えて、紙から顔を上げると、彼女が立っていた。
「久しぶり、長い間そっちに行けなくてごめん」
俺に作られた彼女は、ただ整理された文字のように綺麗に微笑むだけだ。
「世界は滅んで、俺は1人、全く馬鹿だよな」
銃を取り出して、彼女に握らせる。
彼女を作った俺の命令なら、彼女は聞く。そう作られているから。
「この世で、最強のモノってなんだと思う?」
魔王を倒した俺か、それを成しえた紙とペンか。
彼女は答えない。
「愛してる、だから俺を殺してくれ」
彼女はゆっくりと拳銃を持ち上げる。
そして、その綺麗な笑顔を崩すことなく、彼女は引き金を引いた。
銀の弾丸が飛び出す。
そう、俺はやっと死んだ。
▲▼
主の倒れた部屋で、女は紙とペンを手に持った。
それから、女はそのペンで紙にゆっくりと文字を書く。
『RESET』
紙上には綺麗な、透明感のある文字が並んだ。
終末世界の魔術師 花座 緑 @Bathin0731
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