第31話 真実

 失せ物屋で、乖離はあの座敷で待っていた。「おかえり」と微笑む彼に、ヴィラモは睨む。


「謎を、教えてくれるんだろうな」

「えっ、聞いてないの」


 思わぬ返答にヴィラモは間抜けな顔をした。ネヴィも首を傾げる始末。チェシはそんな間抜けな2人を見上げた。


「始めまして。小生は友出乖離という。君は?」

「チェシ・ヴィードだ。あんたはなんでも知ってると聞いてきた」


 髪で隠れた鋭い眼光を、彼に向ければ、獣すら射貫く視線がチェシを見据えた。ぶるりと背筋を震わせる。


「お前が言うべきことではないのかい?」


 乖離は声を落として言った。


「待ってよ、カイさんが知ってることを教えてくれるんじゃないの?」

「そんなことは言っていない。小生は謎が解けると言ったんだよ」


 訴えるネヴィに対して冷たくあしらい、乖離はチェシを嘲るように睨んだ。


「お前が自白すると思ったんだがな...」


 チェシはその言葉に息が詰まったように震えた。呼吸の仕方を忘れたように、怯んで、ネヴィの背後に隠れた。


「チェシが言わないなら小生が教えてやろう」

「僕が言う!」


 置いてけぼりなネヴィとヴィラモは顔を見合わせ、ネヴィがその肩を支えてやった。


「言いたくなければ言わなくていい。嫌なら俺らも聞かないから」

「…言わなきゃいけないのは分かってるんだ。でも、その...」

「言いたくなったら言えばいい」


 ヴィラモは乖離を睨んだ。


「いいや。お前たちは今聞くんだ。そうでなければ困る」

「てめぇが困ろうが知らねぇんだよ」


 珍しく、ヴィラモは喧嘩腰だ。乖離に対する態度では珍しく、ネヴィも驚いて、チェシに寄り添った。

 けれど、乖離は怖じない。


「困るのは小生じゃない。お前たちだ」

「は?」

「困って、嘆いて、殺し合う。良くないよ」


 何を言っているのか。問う程愚かではない。彼は未来を予見する能力がある。ヴィラモはそう確信をしているから、余計なことは言わないし、質問もしない。


「・・・チェシ」


 乖離が良くないと言った。だから、今知らなければいけない。それだけには従わないといけない。チェシもその意図を読み取った。


「…雨は僕のせいなんだ」


 ぽとりと落ちた雫は、すぐには染み込まなかった。理解が追いつかないまま、チェシは続けた。


「黒い雨が降ったでしょ。あれは獣の神の力なんだ。僕もあんまり詳しくないんだけど...人を殺すための雨」


 ネヴィは動揺する。親しい者が死んだのを見てしまった手前、冷静ではいられない。


「なんで、降らせた...」

「わざとじゃない。獣の神は怒りに任せて、災害として人を殺す。僕は、制御ができなくて...」

「それって...」


 ヴィラモは気付いた。


「オルヴァルドが、早く帰ってれば降らなかったのか」


 チェシは首を振った。


「雨は絶対に降る。オルは場所を選べるって言ってたけど...僕にはできなかった」


 獣の神が背負う苦痛や恨みが、チェシには耐えられなかった。何かを恨んで、殺してしまえるくらい、感情を抑えられなかった。


「だから、ごめんなさい...でも、僕は殺したくて降らせたんじゃないんだ。これは本当。あの時は、本当に...自分でもどうかしてたんだ......」


 手が、指先が、震えるチェシを見て、ネヴィは責められない。

 ヴィラモも同様に、その怒りの矛先は乖離に向く。


「満足か?自白させて、追い詰めて」

「あぁ、事実は先に知っておいた方が良い」

「知らなくていいこともあったはずだ」


 乖離はそっと、引き戸に手をかけた。


「知らなくていいことは、知らされていない。安心しな」


 すすす、と静かな音で、戸を閉めた乖離。ヴィラモは舌打ちをして踵を返した。


「あ、ちょっとヴィラモ!」

「帰るぞ」

 

 帰路は酷く静かで、チェシは怯えて声が出せなかった。不機嫌なヴィラモに、駆ける言葉も見つからないネヴィは居たたまれない。


 そんな時間を過ごすまま、家に着いても静かなまま。ヴィラモは自室へ籠ってしまった。カウンター席に座ったネヴィは、チェシを隣に呼んで、チェシも高い椅子によじ登った。


「俺は、気にしてないからな」

「え?」

「チェシが、この街の人を殺したこと。俺だって、間接的に殺してるからな」


 気遣いのつもりだろうが、チェシはあまり気楽に受け止められない。


「ヴィラモは結構常識人でさ...あんまり生き死にを見せない方がいいんだよ。ターボラになってからとかは、知らないけど」

「あの、道端の...」

「ラドゥヌだろ。あれも、結構世話になった人。でもまぁ、覚えて置く必要はないよ。どうせ、死んだ奴だ」


 ネヴィにとっての死んだ奴は、自分を置いて言った人だ。自分には到底たどり着けない場所に行ってしまった者。そんな奴らを、ネヴィは酷く妬ましく思う。


 チェシにも、彼らの思いは理解できない。しようと思える程、親しくもない。ただ、気まぐれで共にいるだけ。



 そして、オルヴァルドは星を眺めた。雨の街では見られなかった幾億万もの散りばめられた星々。


――宿敵と、味方。どちらの居場所を知りたい?――


 チェシの振りをしたオルヴァルドに、乖離は問いを投げた。彼はすべてを見透かしていた。きっと、問いかけの答えも知っていただろう。


「両方だ。知っていることを全て教えろ」


 不敵な笑みで、乖離は話した。

 味方に成り得る存在も、狂ったように探し求めていた宿敵も、オルヴァルドにとっても、必要な情報を渡した。それはいずれ、共に彼の力と成るから。

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雨降る街は死ねない街 日傘 つかさ @reiu_cold

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