第28話 邪魔

 お互いの利益を目的とした約束が、思わぬ不釣り合いで衝突した。オルヴァルドは欲を出したのだ。だからチェシは長い苦痛を味わった。


「会いたい人には会えたんだな...」


 チェシは不貞腐れていた。口をすぼめて、オルヴァルドを睨んでいるようだった。


「会えたよ。だから、チェシはお前に返す」

「…返されても、なんにもないから、もういいもん」


 そっと、渡したのは首に巻いていたマフラーだった。それはチェシにとっての大事な物で、“チェシをチェシとするもの”だった。それと名前を返されたからと言って、彼らと出会った記憶をもらえるわけではない。チェシは奪うように受け取っては、身軽に根を駆け降りた。


「もういいもん!ふかふかのベットで寝るんだもん!」


 タタタと走り去ってしまう彼に、オルヴァルドはため息ついた。ヴィラモも、思わず肩の力を抜いた。


「仲直りした?」

「いつものことだ。今回は、ちょっと苦痛を強いてしまっただけで...」


 いつものこと。その言葉の割に、深く反省しているオルヴァルドの表情は暗い。ネヴィは気を揉むように話題を変えた。


「今までの態度は、チェシの真似をしていたの?」

「そうだよ。俺の正体を話すつもりはなかったからね。そっと、入れ替わる予定だったんだけど」


 今までのチェシではない。彼はチェシではなかったのだから。それでも、気を許した態度は取れる。それが出来る程の言葉は交わしたのだ。


「だから、チェシを連れてってくれ」

「え?」


 オルヴァルドの提案に、思わず声が零れる。


「チェシに、獣の神の力は譲渡しないことにした。ならばこの森や村に縛る必要もない」

「そ、れは唐突すぎないか?」

「そうだよ、チェシの目的はターボラになることだろ?もうなったじゃん」


「一から説明しないとだめなのか、お前たちは」


 そこには静かな怒りが含まれていた。そんな一方的感情に戸惑いながらも、ネヴィは引かずに頷いた。


「俺も君も、理解し合うには足りないはずだ。俺はヴィラモのこともよくわかんないんだから」

「おい、関係ねぇだろ」

「あるって」


 ヴィラモに小突かれながらも、ネヴィはオルヴァルドを見据えた。


「俺は、君が考えていることを知りたい。それを、君の言葉で理解したいんだ」


 彼はジッとその瞳を見つめた。獣の瞳が、その真意を探ろうとする。オルヴァルドにネヴィの真意は分からない。


「……チェシは、村にはいられないんだ」


 ぽつりと、彼は言葉を紡いだ。


「村には人間ばかりで、獣人の数は少ない。チェシは獣の子だ。理解はされない。そして厄介な人間と親しくなってしまったんだ」

「厄介な人間?」


 オルヴァルドは歩み出す。促されるまま、2人もその後に続いた。


「子供を作れなかった女だ。精神を病んでいる」


 ヴィラモは理解してしまった。受け入れたくはない、閉鎖社会の嫌な風潮を理解しているのだ。対してネヴィは世間知らずも良い所だ。


「どういうこと?」

「精神を病んだ女は村から孤立している。そこに現れた少年がその女を好いた。女も、チェシを自分の子供だと、誤認しているんだ」


 森を抜けて、通り道にあった村へ抜けた。端の家では、チェシが女に抱き着いていた。


「あのね、僕ね、隣の国でシカクっていうのを取ったんだ!すごいでしょ、お母さん!」


 無邪気に笑うチェシと、母の微笑みを持つ女。似つかない顔の親子には、村の者の視線があまりに痛い。


「チェシも母という存在を知らない。だから良い様に使っている。利害の一致だろうが、アレは村では邪魔な存在だ」

「チェシは、ここに居たいと願うんじゃないか?」

「チェシは俺が作った。ただの人間と穏やかに暮らす事は出来ない。元は村に降りること自体禁止していたんだ、関わることのないように...なのにチェシは守らなかった」


 ネヴィは微笑ましいやり取りを、ただジッと見つめた。

 俺にもあんな家族が居たのかな、なんて情景を想像する。羨ましさは不思議とない。思い出せないことに戸惑うというより、ああいった感情を抱いたことがないように、ネヴィには理解ができなかった。

 対してヴィラモは、微笑ましいやり取りを睨んだ。

 家族というものを憎んで捨てたのだ。未練もない。ああいった光景に嫌悪感しかない。チェシと同様、小さな村で育ったヴィラモは迫害される恐怖を知っている。嫌悪の対象が、最後はどうなるのかも。


「チェシは、連れて行こう。あの街の方が良い」


 ヴィラモの言葉に、オルヴァルドは安堵の表情を浮かべた。


「お前なら、そう言ってくれると思っていた」

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