第25話 環境


 ゴトゴトと揺れる電車内で、3人が眠っていた。ネヴィと、ヴィラモと、チェシ。3人は乖離に言われるままスクニエフに向かっていた。


 出立直前、ヴィラモはネヴィに帽子を渡した。


「ネヴィ、これもってけ」

「・・・なにこれ」

「日避けの帽子。俺がよく使ってたやつだけど」

「なんで?」

「エチャーリクロプみたいに、いっつも曇ってるわけじゃないから。太陽直下は慣れてないだろ」


 少なくとも、この街に訪れて5年、ネヴィは曇り空から出ていない。それ以前は日のある環境かもしれないが、すぐに適応できるとは思えない。

 干し草のような乾いた香りをした麦の帽子を受け取り、ネヴィはにんまりと笑った。


「ありがとう」

「どういたしまして」



 電車に乗って街を仕切る塀まで行って、国境審査の門を通過して。

 また電車で、スクニエフの国境へ向かう。


 国境から目的の村まで、日照りの砂原と点々と茂る緑をひたすら歩いた。チェシとヴィラモは慣れた様子だが、ネヴィに関しては「ぜぇ、はぁ」と肩で息をしている。


「ま、待って...」

「待ってるよ馬鹿」


 チェシは先導切って進んで行く。ヴィラモはネヴィを待っては進み待っては進んだ。


「お前体力売りじゃなかったっけ」

「死なないのが、売りだったんだよ...」

「お前だけじゃなくなったな」


 ヴィラモは鼻で笑った。今までの強気は不死身の反動だったのだろう。体力はなかった。


緑の茂る森の、踏み固められた土の先に自然を切り開いた集落があった。


「俺のとこと近いな~」

「えっ、森の中でもわかんの...」

「なんとなくね」


 ネヴィは肩で息をしながら、大きなため息を吐く。2人の故郷だからなのかな、なんて驚きと、故郷の記憶など無いことでの納得。

 村に足を踏み入れて、人々の視線に戸惑いながら、ヴィラモはその視線を見渡した。


「長に挨拶した方がいいよな?」

「…いらないよ」


 チェシはいそいそと、村の中央を突っ切って行く。それに着いて行く2人は、共に深い森へ進んで行った。



 普段、人の出入りがない森や山には道がない。踏み固める程の重さも無ければ、その多さもない。歩くのはその地に住まう獣だけ。


「長への挨拶もしないし、勝手に森に入るし、結構好き勝手やってんのか、チェシは」

「…そうだよ」


 獣道には、さすがのヴィラモも息を切らしていた。着いて行くので精一杯なネヴィは耳を傾けるのも必死だ。


「でも、森に入るのはマズいだろ」

「いいんだよ。チェシはだから」


 言葉を詰まらせたヴィラモに、ネヴィは汗を拭いながら彼を見やる。


「…なにそれ」


 ヴィラモはチェシを睨みながら、ネヴィの問いに尋ねた。


「獣の神は、知ってるか」

「知らない」

「スクニエフにはと呼ばれる存在がある。獣や獣人はソイツを崇めて奉る。でもその言葉は人の血を交えた獣人には聞こえない。だから神に愛されたが、その言葉を代わりに伝えるんだ」

「へぇ…」


 上手い相槌も思いつかないネヴィはただ返事をする。ヴィラモが立ち止まったことに気付いたチェシも、足を止めた。


「俺が知る限り、獣の子っていうのは人の耳をしていない。チェシは、人の耳だろ」

「知る限りの話しをするな」


 チェシは冷たくそう告げて、また歩み出した。今はただそれに、2人は着いて行くしか出来ない。



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