第24話 味方

 降り続く雨が止んだのは、それから三日程経ってからだった。

 雨水が溜まらないように撥水の良いレンガには水たまりの代わりに、死体が連なっていた。それを政府がいそいそと回収する。


 その中をネヴィとヴィラモとチェシの3人は駆け足である場所へ向かっていた。


チェシは目的地に着くなり嫌な顔をする。そこは前回、チェシを煽るよう指示し、チェシ本人を嘲った者のいる店。


「失せ物屋…」


ぽつりと呟くネヴィも眉をしかめた。苦手な人なのだ、彼にとっても。

ヴィラモは平然と戸を開けて入っていく。


 店内に充満した煙のせいで視界が悪く、物にあふれた店内を見渡して、その姿を探す。


「カイリさん!」


 ヴィラモが声を張った。


「こっちだよ」


 声がしたのは奥の部屋。進んで行けば腰かけ程の段差の通路。下に履物があった為、ヴィラモは引き戸を開けた。

 姿勢正しく正座している乖離はにこりと微笑んだ。


「いらっしゃい。小生に聞きたいことはなにかな」

「こないだ降った黒い雨の事」

「はて、雨はここ数日降っていたけどね」


 ヴィラモは冷静に話を続けた。ネヴィとチェシはその様子を眺めるだけ。


「カイリさんに知らないことがあるとは思えない。そんぐらい信用はしてる。だから教えてくれ」


「いいだろう。小生が言えることは一つ」


 乖離は滑らかに腕を上げ、チェシを指さした。


「お前は、居るべき所に帰りなさい」

「・・・は?」


 チェシが口を開いて驚いた。乖離は続ける。


「お前が居ていいのは約2週間だったはずだ。とうに過ぎている。そして、その約束の期日は3日前に過ぎた。違うかい?」


 前髪で隠れた瞳を見開いた。己しか知らない秘密を知られていることへの恐怖。己より強大な存在に、狙いを定められている。


「チェシ?」

「おい、大丈夫か?」


 逃げ出したい恐怖と戦いながら、指す指を睨みつけた。


「早く帰りなさい。それが小生の言えることだよ」


「それは――」

「酷いよ、カイさん」


 同情したヴィラモより、はっきりと言葉にしたのはネヴィだった。


「チェシは、一人でこの街に来て、一人で頑張ってたんだ。そりゃあ、すぐに帰って、ターボラになったことを言いに行きたかっただろうよ。でもあの雨のせいで家から出る事すらできなかったんだ」

「それはこの街の暗黙のルールだろう。帰るのであれば雨なぞ関係ない。あの森の者なら尚更」

「・・・それを言うのは、酷いよ」


 口喧嘩なんてしたことがないネヴィに言えることはない。いつだって責められてはただ感想を述べるだけだった。そんなネヴィが、初めて乖離を睨んだ。


「俺、チェシの味方に付くからね」

「は?」


 驚いたのは、誰でもない乖離だった。


「今...俺を敵にするって言った...?」


 乖離は驚きながらも、どこか嬉しそうに表情崩した。


「か、カイリさん...?」

「え、敵とかじゃなくて…」

「あ、いや、んん...ええと...まぁ好きにすればいいさ。小生が言いたいことは、あの雨のことも知りたければ帰るんだな、ということだ」

「は、はぁ...」


 咳払いをしながら、どこか素を見せた乖離。呆れるヴィラモに手を払って、「まじまじ見るな」と溢した。


「帰るったってなぁ...」


 チェシを見つめるヴィラモ。チェシは焦った様子でうつむいている。


「2人も同行しなさい。謎が解ける。そして、新たな出会いが生まれよう」


 乖離がそう言うと、引き戸はスススと静かに閉じてしまった。


「・・・自動扉?」

「軽そうな素材してんのにな」


 2人は納得せぬまま店を出た。

 チェシも考え込みながらそっと踵を返す。




「あぁそうだ」


 戸が少しだけ空いたのだ。中に乖離の姿は見えなかったが、声は確かに届いていた。


「宿敵と、味方。どちらの居場所を知りたい?」


 企んだようなその声に、彼は縋る思いで口を開いた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る