第23話 名称

 ぽつりぽつりと、雨音のように話すヴィラモは、普段とは想像もつかない程静かだった。普段がうるさいわけではない。けれど活気はある、強気な態度をしていた。

 静かに話すというだけで異様に感じてしまう程、彼は心を患っていた。


「そんで、スクニエフに戻ってまた死んだ。気のせいだと思ったんだ。ここは、雨の街だの呪われた街だの言われてるから。俺も、呪われたんだって...」


死ねば雨が降るのはエチャーリクロプだけ。ならば違う土地で死ねばいい。

死んでも雨が降らない。死ななくても雨が降るのだから。


 不幸にも死んだ恋人が名前を大衆に知られ祈られる。顔も知らない奴らが、「可哀想に」と指を絡める。気持ち悪い。気色悪い。


 きっと自身があの街で死んでも、そうなる。自殺は名前と顔が晒される、罪人として。きっと、それが嫌だから死なないんだ。


 そう思っていたのに、死なない身体はどこに行ったって死ななかった。身体が呪われてしまったようだった。


 スクニエフの住人は、”雨の街”と呼ぶ。隣国で同じ大陸だからという配慮だろう。海を渡れば、”呪われた街”と呼ばれていることを知った。


「“エチェーリクロプ”

 あそこは人が死ねば雨が降る

 “死ねない街”だ」と。


「獣に縁のあるリーヴズに行ったんだ。ルオヴはスクニエフから生まれたという伝承があるから、戦争で他国に逃れた獣人が居ると思って」

「リーヴズ...」

「獣の国って呼ばれてる。人と獣の楽園、だとか」


 ネヴィも噂で聞いていただけだが、戦争があった時、スクニエフは森を焼かれ、そこに住まう獣人や獣や人は住処を追われたらしい。そして獣人たちは容姿に寛容なリーヴズへ逃げたという。


「良い話は聞けなかったけどな。後は各国を観光したさ」


 やっと、顔を上げたヴィラモ。顔色は悪いものの、吹っ切れた顔をしている。


「ルオヴの出生を調べてる間に、俺は人間だ、と言い聞かせて正気に戻ったんだ。ルオヴって呼び方だって、他国じゃ違う名称もあったしな」

「例えば?」

「クーパでは反逆者だとか呼ばれてたよ」

「うわ...」


 チェシは「なんだそれ」なんて頬を膨らませた。


「一年くらい前にはエチャーリクロプには戻ってたんだけど、目的があったから会わなかった」

「目的って、ターボラになること?」

「そ」


 ヴィラモは空いた食器を重ねながら、いつもの調子で笑った。


「管理下に下ればエルエーが記録される。あとはそれを聞き出せばいい」

「それって...」


「いつでも死ねるんだよ、俺は」


 驚いて駆け寄ろうとするネヴィが転ぶのを、食器を抱えたヴィラモは笑って部屋を出た。


「お、俺のエルエーも聞き出せたり...っていうか、チェシもエルエーがどうのって言ってたよな!?」

「うん。多分見える奴が他にもいるんじゃないかな?」

「見える...」

「そうそう」


 ヴィラモはすぐに戻ってきて、チェシの頭に手を置いた。


「リチェーバの奴らしいぜ。見える奴はターボラに向いてる」

「へぇ...」

「りちぇーば?なにそれ」


 首を傾げるチェシに、ヴィラモは「教えてやろう」と向かいの椅子に座った。


「世界には、特別な能力を持つ奴が居る」

「うん」

「それを、この街では“勝者”の意味を込めて、勝者リチェーヂ・ビパと呼ぶんだ」

「略して“リチェーバ”だよ」


 チェシは瞳を輝かせる。


「勝者...勝ってるの?」

「カーチリパは飼育したがりだし、この街はそれを仕事にすることすらできる。この街が、能力者を歓迎してるんだ」


 ヴィラモはしたり顔で笑う。


「チェシも、そのマフラーはお前の意思だろ?」

「え、意思があるマフラーだと思ってた」

「魔法道具か?」


 ネヴィの驚きに呆れるヴィラモだったが、嬉しそうな顔をするチェシに良い事をしたような気がした。


「スクニエフじゃ、異なる牢へ逝く者を意味する、“異獄者”なんて呼ばれてただろうけど、ここじゃ勝った奴だ。自信持てよ」

「…うん」


 無邪気な笑顔を、初めて見たかもしれない。いつの間にか仲良くなっている2人に、ネヴィは嬉しくなった。





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