第22話 墓前

 食卓を囲んで、三人で朝食を食べる。既に時刻は12時を過ぎているが。

 雨が降り続く中で、ヴィラモは過去を話した。失踪した3年前の出来事だ。


「きっかけは、アレだ。イルファが死んだこと」

「あ…」


 ネヴィは覚えている。忘れるはずもない。


 ヴィラモには、大切な恋人がいた。ネヴィと出会ってから、学のない彼は書店に行き、店員である女性に助けられた。それがイルファという女性。強かで頼りになる。感受性豊かで、涙脆いけどすぐ笑顔になる暖かな女性だった。


 ネヴィの就職先を一緒になって探してくれた。生活力のなりネヴィやヴィラモに知識を与えた。ルオヴに対しても偏見なく接していて、パペッタとは恋愛相談なんかもしていた。そんな優しい彼女は、予報外れの雨になったのだ。


「俺の、初仕事の日だった...」


 ネヴィは語る。

 初めての仕事を終え、疲労と達成感に軽い足並み。雨が降っては一層楽しくなった。いつも通る広場では、恐怖と嫌悪に騒ぐ人たちで溢れていた。人々が屋根の下に逃げ込もうとする騒ぎの中心に、雨に濡れたヴィラモと、横たわり、血を流しているイルファがいた。

ヴィラモはただ微笑んで、「おかえりネヴィ。仕事、どうだった?」と尋ねたのだ。



 寂しそうに俯くヴィラモは、小さく笑っていて、ネヴィの話に「そう...」とだけ呟いた。


「通り魔に刺されたんだ。すぐに捕まって早々に雨にされたんだよ」


 チェシはただ聞いているだけ。「へぇ」と溢した。感情移入もない、理解も出来ない。だから、

「犯人死んでよかったね」なんて言葉をかけた。机に腕を着いて俯くヴィラモは、ぽつりと呟いた。


「寂しくて、どうしようもなかったんだ...」


 かける言葉はない。かけられる言葉を思いつくこともない。ネヴィはその時のことを想いだしながら、じっと、彼の言葉を待った。


「…だから、彼女の墓の前で、自殺した」

「は…?」


 ネヴィは口を開けて驚いたが、ハッと思い出して立ち上がった。


「あの、墓前にあった血は...」

「俺のだな」


 雨になった犠牲者は墓に名を刻まれる。往生した者の墓の隣にある石に名前が彫られるのだ。予報外れの雨がない訳ではない。死ねば降るのだから、不慮の事故による死や不幸に見舞われた死は、大衆に祈られる。その祈りが名を刻むことだっただけ。


 ヴィラモは毎日その墓前で涙した。失ったものが大きかった。

[命は雨となり、肉体は海となり巡る]そんな宗教のせいで、遺体は焼いて骨とし、海へ流す。どこにもいない恋人を探し、ヴィラモは墓前で自殺した。


 護身用に持ち歩いているナイフで、一思いに自身の首を刺し開いたのだ。


 朦朧とする意識の中で、ヴィラモはただ、生きることへの恐怖心と死への快楽を感じた。


 。そう気が付いたのはそれから間もなくだった。。そう理解してしまったのだ。


 意識が明瞭になり、痛みが残る首を押さえつけ、過呼吸と窒息に陥りながら恐怖に震えた。死んだ。けれど生きている。

 己はルオヴであった。


 自分自身も彼女も、ただの人間で。側に居たルオヴは、ただの世間知らずだった。家庭を持つ者だって居た。軽蔑するような対象にはならなかった。結局のところ、他人事だったから。


 死なない身体。痛み続く身体。死に行く愛する人。そのすべてが憎悪、嫌悪の対象になった。

 気持ちが悪い。死にたい。死にたいのに。“死ねない”


 空を見つめて考えた。死んでいたら雨が降っていた。けれど、一滴も降りてこない。降りた形跡もない。何故降らない。何故死なない。死ぬことを許してくれ。

 何度もその首を刺し、心臓を貫いた。死なない身体に憎悪し、その場を去った。誰にも言わず、誰にも会わず。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る