第21話 危惧

 雨に打たれた2人は、ベットで目を覚ました。ダブルサイズの広いベットで、ヴィラモは跳び起きた。


「わ、おはよう」

「・・・チェシ?」


 窓を見つめるチェシが、驚いて椅子から降りた。ヴィラモの隣では、目元にタオルを乗せたネヴィが寝ている。


「2人とも倒れちゃったから、どうしたらいいか分からなくて...」

「いや、寝かせてくれるだけでありがたいよ。運んでくれたんだな」

「うん。ネヴィは一回起きたよ。それで、すごく目が痛いって言うから」


 チェシはそっとタオルに手をのせた。真似して触れてみれば、濡れたタオルはわずかに暖かい。


「それでぐっすりか」

「うん」


 ヴィラモは、窓に視線を移した。ずっと響いている水の音。雨が、降り続く街の景色があった。


「・・・いつから降ってる」

「ずっと。深夜から、今までずっと」


 人の死によって、雨の降る時間が代わる。普段は一人の死刑で10分程降り続ける。日によっては人数が増えることもある。それが、ずっと降りやまない程、人が死んでいるということだろう。


「・・・チェシ、雨にあたったか?」

「あたってない」

「そうか」


 ヴィラモは嫌な予感がしていた。


「ネヴィが起きたら話したいことがある」

「起きてるよ」


 タオルを退かしたネヴィが、まだ虚ろな目でヴィラモを見上げた。眼帯はされていない為、両目が露わになっている。


「そうか。じゃあ聞く。ネヴィは死んだか?」

「え?」


 意図の読めない質問に、ネヴィは間抜けに声を出す。ヴィラモは真剣そのもので、あぐらをかいて向き直った。ネヴィも上体を起こして、見つめた。


「死んだよ。水たまりに顔を突っ込んだ覚えはないけど、死んだ感覚はある」

「・・・俺も、そうなんだ」


 ルオヴである2人にしか、理解できない感覚だった。


「は?待て、ヴィラモも死んだのか?」

「言うの忘れてたな。俺もルオヴだったんだ。3年前に分かった」

「は?!聞いてない」

「そんなことより」

「そんなことじゃ――」

「深夜に降った雨が俺らを殺したとしよう」


 慌てるネヴィを無視して、話を始めた。


「あの雨は黒いインクのようだった。毒物なのかもしれない。でも今降ってる雨は色が着いているようには思えない」


 ベットから降りて、窓枠に伝う雫を見つめる。埃や汚れはあるものの、雨の雫には色はない。無色透明だ。


「なら、黒い雨に当たったやつが死んで、今降ってるのが、その死んだ奴の雨だとしたら」

「な、何人死んだんだ...?」


 ネヴィは青ざめた。チェシの表情は伺えない。この街をあまり知らないからだろう。ヴィラモも、俯きがちに言った。


「家がない奴は沢山いる。それでも雨に当たらないように空き家に避難する。今は雨が降る時間は教えてくれる。でも、晩のは予報になかった」

「雨を凌ごうなんて、考えないよね」


 チェシにも、深刻さは理解出来たようだ。

 予報外れの雨が人を殺し、予報はずれの雨が降り続いている。遺体すら、回収できていないのかもしれない。

 ネヴィは顔が広い。家無しがよくバーに来てくれることがある。だから知人は多い。それらが、死んでしまったかもしれないと、嘆いていた。


 ヴィラモは、ルオヴへの反感を危惧していた。ルオヴでも、雨に当たるのを避ける。それは社会的に死なないために。この街で育てば雨に当たることへの異常さは備わっているだろう。予報外れの人殺しの雨。それに死なないのはルオヴだけ。

 ヴィラモのように、初めての死でルオヴを自覚する者もいるだろう。その者達への指差しが、大きくなってしまわないか、と心配で仕方ない。


「雨が止んだら、カイさんの所に行こう」

「え…」

「やだ」

「我儘いうな。こういう怪奇現象はあの人の得意分野だろ」


 ネヴィもチェシも乗り気しないまま、ヴィラモは「飯つくる」と階段を下りていった。


「・・・ヴィラモの話も、聞かなきゃだ」


 ネヴィはそっと呟いて、タオルを目元に戻した。

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