第20話 既視感

「見て!ミブンショー!」


 帰宅するなり、チェシはネヴィに腕を掲げてみせた。ネヴィも「良かったな~」と一緒になって喜んでいた。微笑ましく眺めながら、ヴィラモは踵を返す。


「あれ、ヴィラモ?」

「夕食の買い出し行って来る」

「ありがとう」


 皆まで言わずとも、ヴィラモは察して答えた。ネヴィとチェシは手を振りながらそれを見送った。



***


「あ、ラドゥヌじゃないか」


 ヴィラモは知人に声を掛けた。


「料理人じゃねぇか!奇遇だなぁ!」

「俺の名前はヴィラモだっつってんでしょ」


 作業着を着た大男は、笑顔でヴィラモの肩に腕を回した。それを鬱陶しそうにも避けはしない。


「ネヴィが拗ねてたぜ。あともう1人?の同居人と逢瀬を過ごしてるって」

「絶対違う」


 ヴィラモは彼が座っていた場を見つめる。


「それ、何?」

「原動機付二輪車」

「え、なんて?」

「最近密輸入したんだが、どうもこっちの原料じゃ動かなくてなぁ」

「密輸すんなって...」


 ラドゥヌは自慢げにそれに跨って見せた。


「動くようになったら、テメェも乗せてやっから!」

「2人で乗るやつなの…?」

「おうよ!」


 昔から、楽しそうなラドゥヌは見ていて飽きなかった。ヴィラモは笑って歩みを進めた。


「楽しみにしてる。礼に今度飯食わしてやるよ」

「言ったな!美味いもん食わせろ!」

「へいへ~い」



 買い出しを済ませたヴィラモは、豪勢な食事を振る舞った。3人で食事を囲んで、家族のように会話を弾ませた。


 その晩、予報はずれの雨が降った。


 濃くなった湿気の匂い、じっとりと這うような気温。水の弾ける音。条件反射ともいえる程、ヴィラモは素早く覚醒して、ベットから跳び起きた。

 カーテンを開いて、雨を確認した。そして急いで部屋を出た。


「ネヴィ!いるか!」


 ネヴィが寝ているはずの部屋に、ネヴィはいなかった。奥の部屋から、チェシが顔を覗かせる。


「どうしたの...」

「ネヴィ見たか!」

「見てないけど――」


 バシャリと、水が跳ねる音。ヴィラモは階段を駆け下りた。チェシもその後に着いて行く。ヴィラモは真っ先に玄関を開けて、ネヴィを呼んだ。


 チェシも見つけたのだ。水たまりに倒れ伏すネヴィを。


「ネヴィ!」


 ヴィラモは雑にネヴィを抱えて室内に入った。ドアが力強く締まり、ヴィラモも床に膝をついた。


「ネヴィ、どうしたの...?」

「っ、コイツ、雨に当たりたがるんだ...昔から」

「え…それだけ?」

「この街で、雨に当たるっていうのは、異常なことだ」

「…だから、入れたの?」

「あと、雨に濡れるとおかしくなるから...あれ...」


 ヴィラモは自身の違和感に気付いた。手足の指先がピリピリと痺れる。立ち上がろうと力を入れても、実感がない。

 よく見れば、雨に濡れたワイシャツが、汚れていた。まるで水で薄めたインクを溢したように、黒ずんでいる。


「え、ヴィラモ?」


 ヴィラモは倒れるネヴィの上で意識を手放した。


「ヴィラモ!ヴィラモ!」


 必死に名前を呼んでくれる声が遠ざかっていく感覚。その声が、雨の音が、風の音が耳に張り付く感覚。

 ヴィラモにも、身に覚えのある感覚。

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