第19話 直接

 会場を裏手から出ると、ヴィラモが手を広げて待っていた。


「あ、ヴィラモ...」

「お疲れ~、見てたぜ~~」

「…そっか...」


 見るからに元気のないチェシ。か細い声で言葉を返す。その顔を覗きこむヴィラモは「どうした」と心配した。頭を撫でてやっても振り払うこともしない。


「さすがに、殺すのは初めてだったか?」

「…ううん」

「直接やったのが初?」

「どういう意味?」


 思いつめるチェシに、さらに追い込むように尋ねていくヴィラモ。チェシが顔を上げると、彼はニッと笑った。


「間接的に人を殺すなんて簡単だろ。直接とどめを刺したのは初めてかなって」


 チェシはその笑顔を見つめてはフイと視線を下げた。

 初めてなわけがない。何度も殺してきた。何度も貶めてきた。今だって、目的のために殺すのは何も感じなかった。汚いとか、気持ち悪いとか、そういう感情すら一切。


「ただ、目的のために殺すのが、疲れただけ」

「へぇ」

「いつもは殺したかったから殺してたのに、今回は...ターボラになるために殺したんだ。」


 その違いが、彼にとっては耐え難いものだっただけ。殺したいわけじゃないのに、殺されるなんて立ち位置でもなかったのに、殺さなきゃいけないから殺した。なんて我儘。なんて気持ち悪い。そんな感情が今更になって生まれて、混乱していた。


「…殺しが手段ってのは、救いだよ」

 そんな姿を見かねて、ヴィラモは口を開いた。


「救い?」

「目的のためなら、殺すことすらいとわない。それぐらい、成し遂げたい目的なんだ。罪悪感だって、多少なり軽くなんだろ」


 ヴィラモも、ターボラになったということは、人を殺している。ルオヴを殺したかもしれない。ルオヴを捕らえ、間接的に殺したかもしれない。それは目的があったからということだろう。


「ヴィラモの目的って何?」

「人間らしく生きる事」


 真剣な問いだったのに、ヴィラモはまるで「今日は天気が良いな」とでも言うように気楽に答えた。それに「変なの」なんて言葉は出てこない。人間らしく生きるということを、理解していないから。だから、


「そうなんだ」


 そんな、気遣いの一つもない返事しか出来ない。




 電車に乗り込み、国内に戻る。敷地的には悼儀場も入るが、国外の私有地としている。中央区に戻り、発行された身分証と資格証を受け取る。腕に付けるブレスレット型の身分証。渡されたQRコードを読み取れば公務員資格証表示のコマンドが表示される。


「…わかりにくい」

「カードタイプにするか?俺も腕に何かつけるの嫌いなんだよね」

「持ち歩かなくなりそうだからいい」

「真面目~」


 賢明に腕に巻こうとするも上手くいかないチェシを笑いながら、ヴィラモはそっと着けてやる。


「わぁ…ありがとう」

「どういたしまして」



 そして、バスに乗って共に帰宅した。夕暮れの影が街を照らし、窓から差し込む光にチェシはぼんやりしながら、ベットに寝転んだ。チェシの為の部屋のチェシのためのベット。使われていなかった部屋を掃除したとはいえ、埃臭いベットで、チェシは身分証を見つめて微笑んだ。


「…ターボラに、なったよ」

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