第18話 手段

 曇り空から覗く太陽光が、広場を照らし、観客は声を上げ手を叩く。砂を裸足で踏みしめるチェシは駆け出す。

真っ先に向かって来る少年に、細身の男は「ひぃ」と悲鳴を上げて尻もち着いた。大男は大きな斧を振り上げ、駆ける少年に向かって思い切り振った。チェシはくるりと空中で避けて、その足は止めない。


 チェシは男を見下ろした。後は簡単。首から垂れるマフラーが大きな手へ変化して、男の顔を握り込む。


 脆く潰れる音はくぐもっていて、湧いた歓声にかき消された。フッと話した手から倒れ伏す男から血が漏れる。大地に広がる血液も無視して、チェシは大男に向き直った。


「てめぇ...リチェーバかよ...」

「りちぇーば?何それ」

「どっちにしろ、ただの布きれだろ!!」


 男は斧を振るいながら駆けだした。大きな体躯で大きな武器にしては機敏な動き。けれど、獣には通用しない。


「そんな、振り回すなよ」


 チェシはその斧を、マフラーの手で受けることはしなかった。託された時に言われたのだ。


―母さんが絹から編んでくれたんだ。大切に扱って―


 理解できぬ存在と、理解し得ぬその思考を、否定することすら面倒だった。きっと解れ一つで文句を言われる。だから大切に扱う。


「お前は、殺さないから良いけど」


 斧を躱していると、壁へと追いやられる。壁に手を着いてハッとしたのを、男はにやりと笑って、「終わりだぁ!」と叫んだ。


 振り上げられた斧を見て、チェシは笑った。


 マフラーの手が地面に着いて身を支えた。両足を上げたチェシは、壁に手を着いて男の腹を蹴ったのだ。


「っぐあ」


 呻きながら男は倒れる。斧が地面に突き刺さり、チェシは男の腹に飛び乗って、マフラーが男の肩と足を殴り潰していく。素手では出ない威力が骨を砕く。それも一度や二度では済まない。

 男はただ呻いて、チェシへの暴言を叫んでいた。


「このクソガキ!ふざけやがってコノヤロー!」


 チェシはそっと男の上から退いた。


 観客は未だに声を上げている。手を振り上げチェシを称える。次第に観客は「殺せ」と声を一つにした。

 男は「そうだ、さっさと殺せ」と諦める。それを見下ろして、そっと呟いた。


「うるさいなあ」


 チェシは耳当てを抑えながら睨みあげる。


「黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ!!!喋るなあ!!!」


 耳を抑えて、観衆に叫ぶ。目を離したいのに離せない。観衆を見る事を辞められない。観衆は彼の言葉は聞こえない。朦朧とする意識の中で、マフラーが揺らめいた。

 重力に従い垂れ下がっていたマフラーの先が、手と成り徐々に大きくなっていく。


 そこにいる全員を、殺したかった。





 パンパンパンと、三つの軽快な発砲音。

 反射的にチェシは振り向いた。サングラスをした黒い服の、職員と思われる人物が銃を上に構えていた。


 客は口を尖らせ文句を叫ぶ。職員はチェシに歩み寄り、「終了です。戻りなさい」と命じた。

 チェシはとぼとぼ歩いて、来た通路に戻った。広場を振り返って、回収される2人を目で追った。遺体も人間も、同じ担架で同じ通路に運ばれていくのを見送って、通路を歩いた。

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