第15話 騒音

 輝く街並みと人の行き交う音。スピーカーから流れる騒音。中央区の発展した機械工学に慣れていないチェシは動悸が激しくなるのを感じた。


「大丈夫か、チェシ。」


 ヴィラモの服を掴んで、かすれた呼吸をしだしたチェシ。様子伺うように頭に手を乗せ顔を覗く。目元は見えないが、落ち着きがない。


「この騒音は辛いだろうな。俺も嫌いなんだ。中央区は」


 独り言に近いそれを呟いて、チェシの手を掴んで強引に歩き出した。散々ヴィラモのことを毛嫌いしていたチェシも、抵抗する余裕がない。

 高くそびえるビルに入り、エレベーターに乗り込む。アナウンスに従い、ヴィラモが回数を告げる。動き始めたエレーベータ―内は嫌になるほど静かで、二人は耳鳴りに顔を顰める。

 階に到着したのは、合図の音に次いで扉が開く。


「気持ち悪い…」

「急上昇してるからな。降りるときは階段使うか。」


 腕を引かれながらも、チェシは文句を告げる。


 陽気な音楽が流れるフロアを物怖じせずに歩んでいくヴィラモ。慣れないチェシはあたりを見回す。衣服を着たマネキンが並び、同じ服を着た女性が笑顔で挨拶をしている。


 開けた店の前、チェシに「待ってろ」と告げてヴィラモは服やバックが並ぶ通りへ入っていく。

 緊張や動揺から、チェシは冷え切った指を握りながら、その行く姿を見つめた。




「ほらよ。付けとけ」


 彼がそこで買ってきたのは耳当てだった。視線を合わせてチェシに付けてやると、ぶるぶると肩を震わせた。


「これ、なに。」

「中央区はかなりうるさいからな。チェシは結構敏感な方みたいだし、付けた方がいいんじゃないか。スクニエフやリーヴズから来た奴はよくつけてる」


 多少音が遮られる程度のものだろう。それでも、茶色の斑模様の耳当てがとても落ち着くものに思えてきた。


「よし。カーチリパんとこ行くぞ」


 しゃがんでいたヴィラモが立ち上がる。ニッと笑って見つめた先は緊急出口と書かれた看板。


 2人で階段を降りて、ビルを出た。そして大通りを歩きながら、チェシは改めて街を見回した。騒音や点滅する光にばかり気が向いていたが、人の数が多いことに気付いた。同じ服。似たような髪型。似たような人たち。

 チェシはただそれを見つめて「気色悪い」と呟いた。



 2人はそのまま、大きな入り口の建物に入った。


「ここが役所みたいなとこだ。受付っつうのかな…まぁカーチリパの事務所的な…?」

「なんか、変な匂い…」

「マスクも必要だったか?」

「いやそこまでは…」


 耳当てを抑えながら、同じ服ばかり来ている人たちを凝視する。匂いも鼻をツンと刺激する匂いで、人間臭さも感じない。辺りを見回して、チェシはある違和感に気付く。


「なんか…すっごい見られてない…?」


 建物内の人は、ヴィラモとチェシを見るたび顔を歪め、嫌悪するように離れて歩いた。見るだけで顔を顰める者もいる。その視線の先は、よく見ればヴィラモに向けられている。


「だってほら、俺ルオヴだし」

「なるほどね…」


 不意に溢した事実に、チェシは納得した。しかしヴィラモは言った本人だが「は?」と唸った。


「なんでお前が――」

「おいヴィラ!!」


 ヴィラモの言葉は、建物内に響く怒声でかき消された。

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