第13話 子供

朝日が刺し込む出窓から、チェシは顔を出した。いつだって雲のある空は、珍しく雲一つもない快晴だった。その空は故郷から眺めていた空と同じで、浮足立つのが自分でも理解できた。

 階段を駆け下りて、ヴィラモが用意した朝食を不満気に食べる。


「美味いか?」

「そこそこ・・・」

「素直に言ったらおかわりやるぞ」


 チェシの隣に座ったネヴィが無言で、空になった皿を差し出した。ちなみにヴィラモは無視した。


「そうだ。チェシ、八時にバス乗って行くから。身分証持ってる?」

「持ってない」

「わかった」


 カウンターに立っていたヴィラモが、濡れた手を拭きながら奥の部屋に行ってしまった。


「何、どっか行くの?」

「ネヴィには内緒」

「えっ、なんで」

「・・・内緒」


 ネヴィは「つれないなぁ~」と皿を片付けた。チェシはいつもの恰好で外に出て、散歩をした後家に戻った。


 玄関に立つヴィラモに「ただいま」と告げれば「おかえり」と言われる。悪くないと思えるそのやり取りに、思わず口角上がった。


「じゃ、行くか」

「うん!」


 ヴィラモが嫌いだとか、そんなのがどうでも良くなってきたのだ。




 有料バスに乗り込んで、過ぎ去る建物を見つめて、移り変わる街を眺めた。チェシがいつも見てきたエチャーリクロプという街は、どこも汚くて湿気臭かった。けれど、今、目に映る景色は、白が基調とされた、管と箱の街だった。

管がどこもかしこも這っていて、ロープウェイが交通手段なのだろう。地面から、街を囲う塀の高さまで、建物とロープが入り組んでいる。


「すっご…」


 貧富の差が激しいとは聞いていたが、ここまで科学の普及に差が起きていると思うと、驚きが止まらない。


「このまま、バスで中央塔まで行くからな」

「本当に一本で行けるんだね」


 遡ると、昨晩の話だ。

 深夜、ネヴィがアルバイトに行っている時間を狙って、ヴィラモはチェシに話をした。


「ターボラを雇っているのはカーチリパだ。エチャーリクロプの政経を担ってる組織」

「ルオヴも雇ってるとこだよね?」

「まぁルオヴの場合は飼育に近いけどな。紹介入れといたから、明日行くぞ」

「どこに行けばなれるの?」

「中央塔のある第一区。ナカシ区だ」


 チェシはターボラになるために、そのチェシを案内する為に、2人はこの国の中枢に訪れた。

 バスから降りて、地上から高い位置にある広い道路に、チェシは既に酔ってしまっていた。

「お、同じ服着た人…いっぱい…おっきな音…すごい…」

「最初はそうだよなぁ」


 同じ故郷であるからこそ、ヴィラモは気持ちを理解できた。

 自然に恵まれたスクニエフは緑が生い茂っていた。透き通った川と、木材で作られた家々が並ぶ村。どの村にも、大きな森が面していた。

 エチャーリクロプには自然がない。あるとすれば、貧民街のレンガタイルの隙間を埋める苔だろう。逃げ場のない湿度が漂っているため、青々しい自然は育たないのだ。


「うるせぇよなぁ。常にトラックが行き来して、渋滞を避ける為に道路を空にも作って、空気も汚いし」

「スクニエフのが綺麗」

「そうだな」


 ヴィラモは子供の頃を懐かしむように微笑んだ。

 己は、どんな笑顔を見せる子供だっただろうか。チェシのように好き嫌いをはっきり言っていただろうか。それすら、許されてはいなかっただろうに。



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