第12話 大人

 あれから、訪れた職員が子供たちを乗せたトラックを運転して、施設に連れて行った。雨の止んだ濡れた地面を踏みしめた少女フィウリと少年チェシは、ネヴィの横でそのトラックに手を振った。


「手違いで連れて行かれることはよくあるとは聞くけど…」


 ネヴィは笑いながらも、呆れていた。


「雨の前に出歩いている子供を孤児と決めつけるのは良くないよね」

「その考えは間違ってないと、思います…」


 フィウリは俯いたまま言った。


「母は、私がどこで何しようが何も言わなくなってしまったので…」

「親がいないわけではないんだね」

「・・・はい、でも…私の名前すら、呼んでくれない…」


 困った顔をしたネヴィは言葉を探す。親も知らない。己の本名すら知らないネヴィに、その気持ちはわからない。対してチェシは励ますように彼女の背を叩いた。


「っいた」

「元気出せよ」

「はぁ?」


 フィウリはチェシを睨みつけるが、チェシは依然笑っている。この世すべての不幸すら、関係ないとでも言いたげな、無邪気な笑顔だった。


「っは、その顔で言われたら、バカバカしくなるわ」

「だろ」


 そんな少年少女の微笑みを、ネヴィは黙って見つめていた。この年頃は難しいもんな。同じ世代の方が話が合うだろう、と。ただ口を噤んだ。


 そこへ、ヴィラモとパペッタが訪れた。


「よぉネヴィ、お疲れ」

「あ、2人とも。偶然だね」


 チェシにとっては見知らぬ金髪だった。口元の傷。腕から生えたぬいぐるみ。腰にもいくつか常備されている。


「・・・誰?」


 警戒するチェシにネヴィが嬉しそうに紹介した。


「彼はパペッタ。本名不詳のルオヴだよ。戦争に駆り出されたルオヴだったんだけど、壱年?くらい前に戻ってこれたんだよな」

「俺もさっき再会した」

「へえ」


 楽しそうな会話であるのに、パペッタは申し訳なさそうな顔をしている。そして少女は声を荒げた。


「どっか行ってよ!!!」


 突然の甲高い声に、チェシは「ぴ」と驚いた。


「ごめん、あのね」

「喋んないで!!私の前に現れないで!!!」


 フィウリは感情任せに声を上げて、駆けだしてしまった。パペッタは咄嗟に追いかけようとしたが、踏みとどまってしまった。


「大丈夫かあの子。パペッタ、お前の知り合いだろ?」

「た…ぶん…」

「多分て何」


 パペッタは表情崩して、眉をひそめた。


「わからないんだ。でも、大切な気がする…」


 ネヴィもヴィラモも、困った顔で顔を見合わせた。今までのパペッタはいつだって無表情で、いつだって冷静に物事を判断していた。それが、一人の少女の言動に戸惑いを隠せないでいる。


「…と、とりあえず追いかけろ!知り合いだろうし!」

「い、行ってらっしゃい!」


 慣れぬ後押しの激励。背を叩いてやれば、パペッタは駆けだした。

 そんな大人三人のやり取りに空いた口が閉まらないチェシ。


「なんか、ダサいな」


「なんで!?」


 慣れないことはするもんじゃない。困ったネヴィと呆れたヴィラモ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る