第11話 本音

 停まったトラック。ガチャンと大きな音が鳴って開かれる荷台。車内よりは明るい外の光が入り込み荷台を照らす。


「あれ、チェシ?」


 かけられた言葉はチェシもよく聞いた声だった。


「ネヴィ!?」

「わぁ、まさか拾われてるとは...」


 ネヴィは顔を抑えながら笑った。作業着の男はへらへらしながら「君帰る場所あるんだって?」と言った。


チェシの「ないけど」と言う口を塞ぎながら「何人いるか数えといて」と耳打ちするネヴィ。


「中入ってろ。雨が降るから」

「・・・わかった」


 荷台の戸を、隙間開くほどに閉じて、ネヴィは職員の男と話をしだした。「雨が降るから」とか「大変ですね」とか。チェシはその口調に違和感を抱えながら、荷台を見渡し子供を数える。


 合計8人。自身とフィウリを入れれば10人だ。


「あの人、知り合いなの?」

「うん」


 フィウリは戸惑いながら、隙間を見つめた。


「ルオヴと知り合いなのに、ターボラになるの?」


 不死身と、不死身を殺す存在。それが一緒にいるのが信じられないのだろう。そんなことは分かっている。チェシはこの街に訪れて何度も問われたような気がするその質問。誰もが問いたくなるそれを理解しているのだ。

 だからこそ。


「…アイツが死にたいときに、殺したいんだ」


 彼は初めて、本音を口にした。



 ふいに、バタリと扉が閉まり、大きな音に驚いて視線を向けた。突然暗闇になった荷台で、ネヴィの声が聞こえた。


「ありがとう。さようなら。貴方のおかげで今日も平和です」


 礼儀正しく、明るい声だった。同時に響いた大きな摩擦音。キキキと耳を塞ぎたくなるような劈く音に、叫び声がかき消された。


「な、何...?」


 フィウリが耳を抑えながら、戸を見つめた。

 一瞬の静寂に次いで、ぽつりぽつりと荷台の天井に弾ける音がした。


 雨が降り出した。それはつまり、人が死んだ。




すぐに開かれた荷台の先に、雨に濡れたネヴィがいた。


「終わったよ。雨が止んだら皆降りてね」


 雨に濡れて尚笑っている彼に、子供たちは泣き出した。フィウリも怯えた様子で後退った。その光景をチェシは理解した。これがこの街の、雨に対する感情なのだ。


「あぁ申し訳ないな。もうしばらく閉めてよう」

「僕出る」


 なよなよとしたネヴィに苛立ったチェシは戸に手をかけたが、その手はネヴィの手に抑えられた。


「ダメだ。職員が来るんだ。雨を嫌悪しないと不審に思われる」

「・・・」


 雨を嫌悪する。チェシには納得ができないことばかり。

 自然豊かな隣の国は、雨は恵みであるのに。壁一つ。人が死んだだけで訪れる天災を受け入れない習慣。


「舐めやがって...」


 音に乗らない小さな感情が、一つ零れた。

 外では街のスピーカーから流れる音楽と、いくつもの車の音。サイレンの音。雨が物に当たって弾ける音が交差する。


「チェシ」


 幼い声が、彼を呼んだ。


「…何」

「この後、どうなっちゃうんだろう。トラックも動かないし」


 怯えきったフィウリの手を握って、チェシは微笑んだ。


「きっと連れて行く人が死んだんだよ。だから、みんな帰ろ」

「ここに居る子は捨てられてるのに?」


 チェシは「うーん」と唸った。ネヴィは人数を数えておいてと言った。そして職員を雨にした。それにはきっと訳がある。そう結論付けた。


「どうにかなるでしょ。たぶん」

「えぇ?」


 戸惑う少女の髪に触れて、チェシはけろりと笑った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る