第8話 予告
日が暮れた。オレンジ色の空は光り輝いているのに、街にさす日差しは、高い塀に遮られて影になってしまっていた。
そんな影に包まれた薄暗い自宅で、自己紹介が行われた。
「俺はヴィラモ・アーケス。ターボラになって半年経った」
カウンター席に座るヴィラモは一つ開けて座るチェシを向いて笑った。握手は求めない。それが彼なりの親切心だった。何故なら打ち解ける気のない態度をしているからだ。カウンターにだらしなく腕を組んで顎を置いている。顔を向けるどころか身体も向けない。
ネヴィはカウンター奥でグラスを磨いている。
「良かったじゃないか。ヴィラモは信用出来るよ。ターボラになるなんて思わなかったけど」
「頑張ったんだぜ~」
「ヴィラモが失踪したのは3年前だったか」
グラスにジュースを注ぎながら、ネヴィは思い出す。ヴィラモは「そ~ね」とカウンターに肘ついて、グラスを受け取った。
「どこ行ってたんだ?連絡もなかったけど」
「あー、故郷帰りと…観光」
「あっ!チェシ、ヴィラモもスクニエフ出身だぞ。話合うんじゃないか?」
「スクニエフはここより土地広いって」
ネヴィは「そうなのか…」なんてどこかしょげて、チェシにもジュースを渡した。納得しきっていないままでも、素直に受け取る。ヴィラモはそんな様子を見ながら、仲良くする気ないのを察した。
「話す気ないみたいだからいいよ」
「獣の神を崇拝し続ける村だよ」
チェシのやっとの言葉にネヴィは首を傾げる。ヴィラモは「あー」と唸った。
「っていうと絞られるけど、まだあるんだ」
「森の、近く」
「何の森?」
「カザヌ」
「…なんとなくわかったわ、カザヌの森近辺で、信仰が残ってるとこ…」
ネヴィは話に着いて行けない。もはやスクニエフという、このエチャーリクロプの隣国の話だ。分かるわけもない。ネヴィにこの街に来る以前の記憶はないのだから。この街以外の国は全く知らない。
「ヴィラモは信用出来るよ。記憶のない俺を世話してくれた人だから」
「最初にお前が俺の世話したんだけどな」
「そうだっけ」
今度はネヴィとヴィラモにしか分からない会話だった。チェシは頬を膨らませて、ジュースを頬張った。
五年前、ネヴィはこの街に訪れた。それ以前の記憶はなく、ただ“何かをしなければ”という使命にとらわれていた。だから、なんだってした。裏路地にくたばったヴィラモを拾って看病すらした。お返しに彼は職探しを手伝ってくれた。
そんな助け合いをした出会い。
チェシはそっぽ向いたまま「こいつに頼る気ない」と言い放った。ネヴィも呆れてはヴィラモを見る。顔を合わせてお互いに肩をすくめた。
「そんなに言うならいいよ。この街の情報収集がガキ一人で出来るかな」
「ネヴィとやるからいいもん!」
「え、俺と?」
「協力してくれるんでしょ?」
ネヴィは困ったように笑った。
「俺、明日は仕事あるから手伝えない」
チェシは頬を膨らませながら、机に突っ伏した。ヴィラモも呆れながら笑った。子供染みたその態度に少し同情する。
「ルオヴじゃターボラのこと聞けるの限界あるだろ」
「チェシ、諦めてヴィラモに頼ろう」
「嫌だ!」
チェシは椅子からヒョイと降りて、出て行ってしまった。それを見送り顔を見合わせた。
「何あのガキ」
「拾ったというか、意気投合した」
「ほーん」
グラスの水を飲みながら、聞いておいて心底どうでも良さそうだ。ネヴィもカウンターから出て椅子に腰かけた。
「カイさんが、ターボラのことはヴィラモに聞けって言ったんだ」
「なんで…」
「さぁ」
きょとんとしたネヴィにヴィラモはため息吐いた。あの人を毛嫌いしているネヴィは深く考えることをしない。ヴィラモもそれを知っているからこそ、深く聞けない。
「ま、教えてやるか。俺はとっても優しいから」
「はは、そうだな」
椅子から降りて、ヴィラモは家を出た。その足取りは妙に軽い。3年振りに友人と再会したからかもしれない。
***
チェシはとぼとぼと歩いた。既に数日経った街。歩き慣れたわけでもない。常に腐ったような湿気の匂いが充満する街。居心地が良い訳はない。
立ち並んだ街灯を見上げると、一定間隔で監視カメラ付けられている。おまけにスピーカーも。それに舌打ちしながら、故郷での思い出に浸る。
「我儘いうなよ」
生意気な言葉が頭の中で反芻する。「わかってるよ」と吐き出しながら小石を蹴り上げた。
ふと、音がした。また顔を上げて、耳を澄ませる。小さな音が、徐々に大きくなっていくのに気づいて、スピーカーから街中に響かせているのに気づいた。
気が付けば通りは、がらりと人がいない。チェシは見回しながら、視界に映ったぼろぼろの家へ逃げ込んだ。チカチカと点灯する玄関のライトが気になったのだ。
廃墟となった家の中。割れて散乱したガラスを避けながら突き進む。白いカーテンや白いベット。既に黄ばみだし、カビの緑が目立つシーツ。机と椅子。診療室を彷彿とさせる空間を、チェシは見渡した。
壁には写真がある。紙の資料が散らばっている。そこに埋もれる時計。秒針の歪んでしまった壊れたもの。
それに手を伸ばした瞬間。パキという破片を踏みつける音が響いて、咄嗟に振り返った。そこに居たのは金髪をなびかせた、同じ背丈くらいの少女。
「何してるの?」
凛とした幼い声が尋ねた。チェシは驚きながらも、「そっちこそ」と張り合った。少女はムスりと睨みつけて、部屋を見回す。
「掃除をしに来たの。また荒らされたみたいだから」
「ここの掃除?」
「そう。大事な人のお家だから」
そう言ったきり、ふいと顔を反らして、通路を進んでしまった。
「あ、待って」
チェシはその子の後を追った。光沢のある靴でガラスを踏みつけていく少女の後ろを、裸足でガラスを避けながら、2人は暗い奥へと進んでいった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます