第7話 予言

 物書きと名乗った友出乖離ともいでかいりという男。チェシはそんなことを聞きたいんじゃないと睨み続ける。


「まぁそう睨むな。尋ねに来たのだろう?」


 黙り込んだチェシの代わりに、ネヴィが尋ねた。


「ターボラの成り方を聞きに来た。カイさんは何でも知ってるから」

「そうだろうね」


 煙管をまた一口吸って、煙を吐いて、冷たい態度の乖離にネヴィは不服そうにチェシを見やった。この人はいつも人を見下したような態度ばかり取る。それがネヴィは気に喰わない。

 チェシは相変わらず睨んだままだ。目元は見えないけれど、キュッと口を結んで、顎を引いている。どうやら何を言う気もないようだ。


「ターボラになりたいのはお前だろう?」


 そんなチェシを見かねて乖離が続けた。


「お前が聞くのが筋ではないか?」

「お前に聞くのが嫌になったんだ。だから考えてる」

「物騒だなぁ」


 突き放した態度のチェシに、彼はケタケタ笑った。

 ネヴィは何故物騒なのか考えると、乖離がその心を読んだ。


「この子は小生を殺そうか生かそうか考えているんだよ」と告げれば、ネヴィは驚いて肩を揺らした。


「…読むなよ」

「失敬、読めたんでね」


 チェシはそんな会話気にもせず、踵を返して歩き出した。


「あ、おい」

「この人に聞くなんて無意味だよ」


 そうは言ったものの、とネヴィは縋るように乖離を見つめた。


「それが良いだろう。何故なら小生は教えないから」

「え、教えてくれないの?」

「その情報に見合う物でも持ってきたかい?」

「あ...」


 呆けるネヴィにクツクツと笑った。物々交換を好む乖離をネヴィは知っている。


「大丈夫。小生は教えないが適任者がいるんだ」

「それは誰?」


 バタリと扉が閉まったのを見計らって、乖離は微笑んだ。チェシが出ていくのを待っていたのだ。


「お前の知る人物だ。今日は四番通りで帰りなさい。きっと会える」


 きっと、彼が言ったと知ればチェシは従わないだろう。ネヴィはそれを察して「わかった」と頷いた。



 店を出て、言われた通りに四番通りへ歩いた。日が傾いた昼過ぎ頃。店前に居たチェシは大人しく着いてくる。


「…嫌な人だった?」

「すっごく」


 言葉尻を遮る威圧に、ネヴィは呆れ笑った。あの人が苦手なネヴィは、同志を見つけて小さくガッツポーズした。苦手意識はあってもなんだかんだ言って、皆あの人に頼るのだ。それが最善だと理解していても、言う通りになるのは癪だ。

 ネヴィは言われた通りに行動するが、その予言が外れればいいなと思いながら行動している。今回だって、ターボラの成り方を知る人物とは、それすなわちターボラという職を持つ者だろう。それもネヴィも知っている人物という。


「知り合いにターボラなんて居たっけ…」

「ルオヴとターボラって仲良くできるの?」

「仲良くしてる人を見たことがない。聞いたこともない」

「ふ~ん」


 歩く先、四番通りの建物の上。チェシは視界の端でひらりと靡く茶髪を見つけた。ネヴィよりも明るい茶色。橙に近いものだ。


「あれ…?」


 その姿はチェシには見覚えがあって、ネヴィも、見つけた。


「ヴィラモ…?」

「え?」


 屋根に人が立っているのは珍しくもない。不届き者はよく登るし、2人も屋根を歩いたばかりだ。しかし上に立つ彼が、確実に2人を捉えていることに、違和感を覚えた。

 ネヴィは呟いて、何かに気付いた。チェシを抱えすぐさま後退した。


 瞬間、立っていたそこは何かが爆ぜて、レンガが砕け散った。



「なっ」

「あいつの仕業だ」


 ネヴィはこそりと言った。その視線は変わらず屋根上の彼で。

 彼は屋根から一歩足を踏み込んで、何もないハズの空間を踏みつけて、さも階段を下るように降りてきた。


「おいネヴィ、避けんなよ」

「爆薬は嫌いって言ったろ…それに巻き込むだろ」

「お前とつるむのは異常者かルオヴだろ?」


 馴染みのような会話にチェシは混乱した。


「は?誰だよお前」


 チェシは抱えられたまま、尋ねた。


「俺はヴィラモ。この街の住人だ。身分証だってある」


 懐から取り出したカード端末型の身分証。そしてネヴィに視線を移した。


「そいつの昔馴染みってやつだよ。よく殺してやった」

「ネヴィが嫌いなの?」

「なんで?ネヴィが死にたがるから殺してあげただけだけど」


 チェシはバッとネヴィに向き直った。その視線から逃げるようにフイと顔を反らしては焦った顔をしている。何故死にたがるのかと怒鳴られたばかりの彼は、弁解しようにも思いつかない。

 それを眺めながら、ヴィラモは頭をかいた。


「ま、いきなりいなくなった俺も悪かったけどさ…俺、ターボラになったんだ」

「は…?」


 言葉が出ない代わりに、チェシが首を傾げた。


「また殺してやるから、許して」


 片目閉じて「ね」と笑うヴィラモに、ネヴィはなんだかんだ許してしまう。そして同時に、乖離の予言通りになってしまったことに、心底呆れた。


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