第6話 内心

 左肩が破壊されたラクーク。球体関節は砕け、鎖骨あたりにはヒビが入って赤い液体がぽたりぽたりと流れている。


「ラクーク!大丈夫か!」

「大丈夫よ。そっちは痛覚ないから」

「でも血が!」

「そっちのは血じゃないってば」


 ぺちん、と右手でネヴィの額を叩いて、微笑んだ。倒れ込んだラクークをソファに座らせたものの、ネヴィは不安な顔でジッと肩を見つめていた。


 罪悪感があるのだ。チェシという子供を連れてきたのはネヴィで、話題の端にはネヴィという存在が垣間見えていた。


「ネヴィのせいじゃないからね」


 彼女はネヴィの心情を察してか、その泣きそうな顔に手を添え、頬を撫でた。


「肩も腕も、予備を用意してるわ。それに、挑発するように言われたのだから、私の所為でもないわ」

「え…?」

「カイリが、そうしろと言ったの」


 その名に、ネヴィは一層青ざめた。しかしラクークは知らぬ素振りで笑い話をする。


「ほんと困っちゃうわ~、あの人の予言てほんと厄介。毎回つき合わされちゃうし、助けられちゃうのよね~」

「その...今回の予言はどんな...」


「“ネヴィが赤い髪の子供を連れてくる。逆鱗に触れろ。そうすれば壊れるのは腕で済む。その子は店の外に居る。そのまま共にお越しなさい。“以上よ」


 つらつらと語った。ネヴィは大きなため息を吐いた。


「俺、あの人苦手なんだけど...」

「私に手紙出すくらいなんだから相当よ。守った方が為になるわ」

「わかってるけど...」


 ネヴィは頬をかきながら出口へ向かう。「無理しないでね」と告げる彼女に、ただ頷いて、店を出た。

 店の外では、チェシが花壇の石垣に座っていた。言われていた通りでつくづく嫌になる。歩み寄って隣に座ってみれば、ふいと顔を反らした。ネヴィはなだめるように声をかける。


「今度、謝りに来ような」

「嫌だ。もう会わない」

「ラクークは良い奴だよ」

「良い奴なもんか」


 言った言葉に被せる言葉は冷たくて、それでも、チェシはネヴィを待っていた。嫌いと思った人に対しては徹底的に距離をとるのか、とネヴィは考えた。存外自分は嫌われていないのだな、とも。


「ある人に会いに行かなきゃいけないんだ」

「次は誰。ターボラのこと聞ける人なら誰でもいいや」

「ラクークに、お前を挑発しろって言った人」

「……は?」


 立ち上がったチェシは、ネヴィを睨んだ。つい口走ったことだが、ネヴィはしめしめと口角上げた。


「ラクークは良い奴だよ。だから仕方なくチェシを煽ったんだ、その人の命令で。そしてこれから、俺らもその人に会いに行かなきゃならない」

「なんで」

「従っといた方がいいんだ。今後のためにも」


 ネヴィには、“カイリ”という人物に良い思い出がない。

彼は全てを見透かして言い当てる。未来のことも過去のことも、それが外れたことはない。おまけに思考も読めるらしい。考えていることを当てられ、ネヴィは何度も肝を冷やした。

 何もかも知られるというのは、恐ろしいのだ。



 向かう道中、ネヴィは話した。


「俺、五年前にこの街に来たんだ。でもそれ以前の記憶がなくってさ」

「そうなんだ」

「で、拾ってくれた人とか、世話してくれた人がいてさ、こうやって仕事出来てるわけなんだけど。そん時に、カイさんに出会った」


 思い出を、語った。

 なんでも言い当てるという奇妙な青年の元へ案内され、「街に来る以前は何をしていたか、教えてほしい」と。ネヴィの世話役が尋ねた。

 カイリという男は不敵な笑みを浮かべて「知らない」と言ったのだ。そしてすべてを見透かした瞳でネヴィに「よろしく」と握手を求めた。


 自分の過去が分かると期待を膨らませていたネヴィ。その頃は“ネヴィ”という愛称もなく、“ナヴィ・ト・バルカ”という名前もなかった。不満そうに(なんでも知ってるんじゃないのかよ)と落胆していると、カイリは「お前のことは知らないよ」と笑って言ったのだ。知っていると言ったような顔で、知らないと言われる。


 そんな様に、ネヴィは度々、思考を読まれて返答されるのでかなり心臓に悪いのだ。



 ラクークの店から歩いて10分。

 古びた外装。特殊な木材の店。立てかけられた看板には、読めない文字。


「・・・なんて読むの?」


 縦文字であった。しかしそんな知識もないチェシは首を傾け、己の知る字へ変換しようと頑張った。


「失せ物屋だって、無くしたものがどこにあるかとか、教えてくれる」

「うせものや...どうやったらそう読めるの?」

「縦文字なんだって、横で読まないの」


 頭を押さえ、グイッと元に戻してやる。「は?」と納得せぬまま、ネヴィは「これ“う”じゃない?」と一緒に看板を見つめていた。


 ふと、扉が開いた。出てきたのは、青年と少年の境目程の男。独特な衣装を身にまとった金色に近い茶髪の彼。


「客はおたくらだけじゃあないよ。お入り」


 そう告げたきり、彼は店に入って行ってしまった。

 2人は顔を見合わせて、店の扉を開けた。


 店内は煙に包まれ視界が悪い。段ボールやら引き出しやら、店は物で一杯だった。店の奥。室内一望できる高床に座る男。

「彼がカイさん。カイリって人」

「・・・臭くない…」


 店内の煙。煙管を咥える彼。それの煙のはずなのに、チェシはスンスンと鼻を鳴らす。ネヴィはぐっと拳に力を込めて、彼に向き直った。


「カイさん、お久しぶりです。あの、ラクークに余計なこと言いましたよね」

「余計かどうかは彼女に委ねる」

「でも怪我をした」

「片腕で済んだ」

「でも」

「お前と話す気はない」


 冷たくあしらわれたその言葉に、ネヴィは返す言葉もない。何を言っても何を考えても、図星をさされてしまうのだ。


「そこの赤い髪の」

「僕?」


 煙管で指し示したのはチェシだった。置いてある水晶玉から顔を上げて、彼を見つめた。


「名前はなんて言う」

「…チェシ。ただのチェシだ」

「その襟巻は誰から?」

「お母さんが絹から編んでくれた」


 ネヴィはさすがだな、と感心した。あの見透かしたような瞳と見つめ合うなんて出来ない。チェシは前髪で目元を隠しているがちゃんと見えているらしい。けれどどんな相手にも怯まないその強さに関心した。


「その消えぬ襟巻は誰から?」

「は?」

「してるはずだろう。チェシなら」


 その言葉に、チェシは明らかな敵意を見せた。片足引いて、膝を曲げる。警戒した獣が身を屈めるように、武術に長けた人間が、いつでも動けようにする、その立ち方。


「お前、なんだ…」


 チェシは低い声で尋ねた。彼は煙管に口づけ、ゆっくりと煙を吐いた。


「小生は友出乖離。しがない物書きさ」

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