紙とペンと罰

@ns_ky_20151225

紙とペンと罰

 死体の周りには大量の紙片が散らばっていた。どの紙にも黒のペンで日記が書かれていた。細かい几帳面な字だった。

 迅速な調査により、循環器系の予測できない急激な悪化による死であって事件性はないと判断された。そして、残りの刑期は消滅した。あと三日だった。


 死体の周囲を動き回る調査ロボットはその紙を手当り次第走査した。整理されておらず、刑期が始まった初期のものや、死の寸前のものが入り混じっていた。


『三月三日 晴

 窓からの光で起床。正確な時間は不明。三日目なのにもう時間の感覚がおかしい。体温、血圧など不明。何もかも不明。これを書きながら水を飲み、昨日届いたパックのパンを食べた。世間で起きている事が分からない。何十回目だろうか、ドアや窓の錠に手指を押し当てるが無反応。当たり前か。

 なぜ紙とペンは許されているのだろう。最低限の飲食物や衣服など日用品、それと紙とペンが不定期に届けられる。反省文を書けということか。実物でも仮想でもいいからキーボードが使いたい。口述でもいい。

 トイレに行こうか迷う。便器は大小合わせて一日四回まで反応する。昨日の小便がたまっている。ろくに掃除もできないので汚れがこびりつきだしている。臭い。

 何もする事がない。この部屋にはネットワークから独立しているものはない。オンラインである事を当たり前のように感じていた。どうなるか分かっていながら罪を犯したのは間抜けだった。

 書くしかない。書いている間は何かしている気になれる。刑期が終わるまで書き続けてやろう』


『三月十五日(だろうと思う) 曇後雨(光の具合から推測)

 窓の外はいつもの街だ、と思う。あの遮蔽板を蹴り破りたい。あれのせいで景色がぼやける。本来ならこの部屋の外にはにぎやかな街が広がっているはずなのだが、音すらほとんど聞こえない。この前の嵐の時、雷が近くに落ちたらしいが、それすら景色と同じはっきりしない音になっていた。

 時間の感覚が変だ。もしかしたらとっくに刑期は終わっているのではないか。一ヶ月がこんなに長いはずはない。

 パックが届けられる瞬間を見てやろうと思ってずっと起きていたがだめだった。ちょっと目を離した隙に置かれている。もしかしたら薬物か何かで意識を飛ばされているのかも知れない。その間に届け物をしたり、身体検査やこの家のチェックをしたりしているのかも知れない。中には紙とペンがたくさん。ペンは柔らかくできている。そんな事するわけないだろうと思う。

 大声を出して呼びかけてみたが反応はなかった。壁や床を蹴ってみるが何も起きない。紙に色々要求を書いてみたが実現しない。

 いくら刑務所が不足しているからと言って一般の空き部屋を使うというのはどうなのだろう。ただ、その制度ができたときには自分もいい考えだと思ったのだから世話がない。

 囚人をわざわざ刑務所に連れて行って閉じ込めるまでもない。囚人をネットワークから切り離せばそこが刑務所になる。錠を含め、あらゆる機器が認証しないのだから動作しない。空き部屋をちょっと改造して使う。経費節減。家主も空きのままにしておくよりは収入になる。

 それにしても書いていないと頭が熱を持つ。胸が痛い。

 絵を描いてみようとしたが描くものがない。家具はない。好きな菓子を思い出して描いてみようとしたが思い出せなかった。そもそも甘いものが好きだったのか。

 眠ろうとして目を閉じると極彩色の幻が見える。頭の底できらめく鱗の蛇がうごめいている。だめだ、字を書かねば。書こう』


『三月、いや四月? 年が明けたか? 寒い。外は雪?

 耳元で犬が吠えている。この部屋には犬はいない。書き始めると静かになる。

 罪にはそれに相当する罰があるはずだ。この罰に相当する罪とは何だろう。何をしたらこんな目に合うのか。

 昨日寝る前から胸が苦しい。呼びかけても誰も助けに来てくれない。人手不足。どこも人手不足。世の中そのせいで何もかもいい加減になった。自分も含めて。

 それであんな事をしたのか。警告された時にやめておけばよかった。でもその時はどうでもいいと思っていた。どうせ大した事にはならないだろうと。なるわけがない。皆している。

 でもネットワークはきちんと記録を取っていた。皆じゃない。お前のような者だけだと証拠を示された。


 目が痛い。視野の周辺がきらきらする。黒い字だけがはっきり見える。


 信号無視三回。紙屑の路上放棄二回。思い出した。それが罪だ。画面にはっきり有罪の宣告が映っていた。一ヶ月。ネットワークから切り離された一ヶ月。自分を見つめ直せと言われたから、完全なオフラインで何を見つめ直すのかと聞いたら笑って答えてくれなかった。


 それで紙とペンか。


 こうして書きながら考えている時だけが比較的落ち着いていられる。なぜあんな罪を犯したのだろう』


『助けて。苦しい。許して……(以下、読み取り不可。文字のように見える形が書き殴られている)』


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