四章 8 『火の魔法を纏う』

 四章 8 『火の魔法を纏う』




 その熱の根源、燃え上がる炎はオレにを目掛け真っ直ぐ飛んでくる。

 しかし飛んでくるのは夢で見て分かっていた。なのでギリギリにはなったがその炎をかわす。


「よく避けたわね咲都」


 瞳姉はオレが避けれると思っていたのか特に焦る様子もなくオレに言葉をかける。

 晴香と華絵ちゃんはまだ少し動揺している様子だ。いや、オレもよくは分かっていないが。


「え、……空間?」


 華絵ちゃんの言葉通り辺りは既に空間に包まれている。

 オレの嫌な予感は最悪の形で見事に的中した。


「咲都大丈夫⁉︎」


「ああ、何とか。まあ半分分かってたし……」


「半分……? それより瞳姉、この炎ってもしかしてーー 『鬼火』?」


「そうね。鬼火でしょうね」


 鬼火。それは日本各地に存在する伝説の一つ。

 空中を浮遊する正体不明の火の玉の総称の様なものだ。

 伝承上では人間や動物の霊、もしくは怨念が火に乗り移り現世に現れた姿だとされている。しかし一説には死体から出る化学物質に引火した物だとか言われている。

 でもそれがオレの目の前に現実として現れちゃってるんですよねぇ。

 空間の中で晴香や瞳姉が正体を知っているという事は確実に異世界、アーウェルサ繋がりの何かだ。

 これでオレの中では伝説でも化学現象でも無くなった。


「タイミングが良いというか悪いというか……。よりによって送り火の時に鬼火が現れるなんてね」


 鬼火、と呼ばれたソイツは炎の色が赤から青に変わりより高温になっている事を色で表していた。

 しかし現れた一体の鬼火は特に何もしようとせずにその場で燃えている。


「……鬼火ってなんなんだ?」


 ふとした疑問がオレの口からもれ


「鬼火ってのは鬼族の突然変異種で炎を纏って羽もないのに浮遊もするっていう変わった特徴があるわ」


 それに答えてくれたのは晴香だった。


「そうね。喋る事は出来ず鬼火同士は炎の強さで意思疎通をするのよ。それにーー決して一体では行動しない!」


 そう瞳姉が力強く言ったと同時に鬼火の炎が一瞬強くなりーー何かの会話をしたのだろうか。周りから複数体の鬼火が暗闇の中からいきなり出現した。

 その数ざっと、


「十五体ってとこかしら?」


 現れた鬼火達は揺れながら火加減を様々に、色を赤や青に変えながらオレ達を取り囲んでいた。

 その様子はまさにオレの想像する昔から語り継がれる鬼火そのものだった。

 そして少し見とれてしまうほど綺麗なものにも思えた。


「この感じだと全部中級ってところかしら? そうね……私は何もしないから咲都に晴香、華絵ちゃんの三人でどうにかしてみなさい」


「どうにかってオレ達三人でどうにか出来る物なのかよ?」


「大丈夫大丈夫。いつもの魔法練習の成果を出す丁度良い機会よ。無理そうだったら私が何とかするから」


 その根拠の無い大丈夫は何処から出てくるのか問いただしてやりたい。

 ふと晴香を見ると何処から取り出したのか既にいつもの銃を両手に持っている。やる気だ。

 華絵ちゃんを見ると晴香の背に背を合わせるような体勢で構えている。

 最近華絵ちゃんは順調に魔法をある程度自分の思うように出来るようになっており土で壁のような物を作るまでに成長していた。やる気だ。

 二人を見てオレも魔法の準備をしようとしたその時、


「咲都、早く構えないとヤバイわよ?」


「えっ?」


 瞳姉の一言に表紙の抜けたオレの返しに合わせるかのように鬼火の姿が一斉に消える。


「おいおい、消えたぞ!」


「そりゃ最初は消えてたんだからまた消える事も出来るわよ。それよりさっきも言ったけど咲都ーー」


 ご丁寧な瞳姉の返答に耳を傾けていると周りが急に熱くなり再び姿を現した鬼火達が空中から一斉にオレに向けて飛びかかって来ていたようだ。

 過去形なのはーー


「っと。大丈夫咲都?」


 間一髪、炎の塊が複数オレに向かって来ているところで景色は一変した。瞳姉の手によってオレは丸焦げになる事を回避していた。


「鬼火は一度目に狙った相手を執着して狙って来るから油断しちゃダメよ? 次からは出来るだけ自分で避けなさいね」


 ふーん、そうなんですか。一番最初に襲われたのがオレだったから現れたと思ったら一斉にオレ目掛けて襲いかかってきたのか。

 いやてかさ、そんな大事なことは


「先に言えよ!」


 少し叫び気味にツッコミを入れ急いで魔法を展開する。

 オレがそんなことをしているうちに晴香は再び現れた鬼火目掛けて光の銃弾を撃ち込んでいる。

 華絵ちゃんも手のひらからゆっくりではあるが土魔法を鬼火目掛け撃ち込んでいた。

 しかし鬼火達は炎の大きさに比べて本体は小さいらしく更に炎の揺らめきで見えにくいのか二人の魔法で倒せたのは一体のみだった。


 鬼火の一体が炎を青白く変化させるとほぼ同時に周りの鬼火も同調する。そしてまたしても姿が闇夜の中へと紛れ込んだ。


「瞳姉も言っていたけど狙われるのは今のところ咲都だけみたいね。悪いけど囮はよろしく」


「マジかよ!」


「マジマジのマジよ」


「咲都くん頑張って!」


 どうやら囮役はオレに決定らしい。

 確かに相手の特性を考えると一番良いのかもしれないが……。正直な話嫌だ。というか毎度の事、嫌な予感しかしない。


「鬼火は基本的に攻撃や火以外の他属性魔法は使えないわ。そのかわりに自身は常に火魔法を纏えるの。その性質を生かして体当たりしてくるのがヤツらの戦い方よ」


 瞳姉が相手の情報を耳から脳へと届けてくれる。

 今の説明で何となくは分かったがどうして姿を消した後ゼロ距離で現れて攻撃。という方法を取ってこないのか疑問に思ったがこれを口に出して実践されてはオレには回避のしようが無いのでやめておく。


 姿を消した鬼火達が次に現れるのに警戒しつつ魔法を両の手に展開。

 音の消えた世界に意識を集中させ炎が現れるのを待つ。

 そしてーー


「上よ咲都!」


 晴香の声の指す方向へと視線を向けると上空から鬼火達が集団で火球の様になりオレに向けて降下して来ていた。

 この状況はかなりの勝機を見出していた。

 というのもオレは今までの長い魔法の練習でのうのうとしていた訳ではない。いくつか新技を考えそれを形にしていた。

 そのうちの一つがこの状況にピッタリ。さらに上手くいけば一斉に鬼火を片付けられるかもしれない。


 その考えを早速行動へと移す。

 両の手に展開していた魔法を足元へと圧縮せずに放ち同時に地面に魔法陣を展開。今オレが展開できる魔法陣はオレを中心に半径一メートルが限界だ。

 その限界値を惜しげもなく展開し両手を上空へ向ける。そこに地面と同じ様に魔法陣を展開。

 地面の魔法陣から上空へ向けた魔法陣へとオレの全身を通して水魔法を装填。少しの間息を吸うことを我慢しなくてはならないしおまけにずぶ濡れにもなる。しかし今はそんな事も言ってられない。

 オレを中心とし半径一メートルに装填された水魔法を手のひらに展開した魔法陣を通し一気に上空へ向け打ち上げる!

 この間役二秒。魔法装填の時間短縮はやはりオレには得意な分野だったらしく練習でここまで短くする事に成功した。


 上空へと撃ち上げられた水魔法は頭上直ぐに迫っていた鬼火を飲み込む。

 相手は炎。やはり相性は良かったのかメラメラと燃えていた炎は火に水をかけた時と同様の音を出しながら一斉に勢いを失い本体らしき少し光を持った赤黒い球の様な物が辺りの空中へと四散する。

 この絶好のチャンスを逃す訳がない!


「晴香! 華絵ちゃん!」


「ええ!」


「うん!」


 二人も同じ考えだったのか既に各自魔法を展開。炎が消え本体だけとなった鬼火に向け魔法を発射する。

 一体、二体、三体と次々に貫かれ地面へと落ちていく。

 見ている内に残りは三体となっていた。


 ーー流石にこれは勝ったか。といういつものオレの慢心はやはり直すべきだろう。

 再び炎を纏い青白い勢いを取り戻した鬼火は今までの炎より更に強く、白に近い炎となってオレへと一斉に迫り来る。


「うわぁぁぁ!!」


 三体が一斉に狙いオレの右腕の肉を焼きあまりの痛さにその場に崩れ落ちる。

 瞬間、ドクンっと心臓の鼓動が一瞬明らかに大きく、身体中に響き渡る。この感覚は晴香に治癒魔法を使ってもらった時と似ている様な……。

 そして辺りにはまさに動物の肉を焼いた様な臭いが漂う。


「「咲都!」」


「咲都くん!」


 ヤバい。痛すぎて意識が飛びそうになる。

 しかし何とか意識を保ち崩れ落ちた体制から残っている左手を使い魔法を圧縮。一体の鬼火を撃ち落とす。

 それとほぼ同時に瞳姉の魔法だろう。早くてあまり分からなかったが残っていた二体の鬼火は一瞬にして爆破されていた。

 その光景を目にしてオレは一気に脱力。地面へと倒れこむ。


「晴香! 治癒魔法で咲都の腕を!」


「うん!」


 指示通り晴香はオレの右腕を魔法で治癒。ゆっくりではあるがオレの焼け爛れた右腕が元の右腕へと戻って来ている。

 今回の治療は腕を失った時とは違い何故か痛くはなかった。

 改めて思った。魔法ってすげぇ。

 そんな光景を安心して見ていると


「ごめん咲都。私が少し油断したばっかりに。今回咲都が怪我したのは完全に私のせいだわ」


 瞳姉がオレの左手を握りながら半泣きでそんな事を言ってきた。


「そんな事ねぇよ。オレも残り三体になった時勝ったと思って油断したし」


 確かに瞳姉も油断していたのかもしれないがそのせいでこうなった訳ではない。オレも油断していた。

 狙われているのはオレだと分かっていたのにだ。

 なので今回はオレの過信、軽率が生み出した結果だろう。とオレは思っている。


「それでも私のせいもあるわ。ごめんなさい」


 オレの左手を抱きしめ遂には涙を流し始めた。

 瞳姉の泣いている顔を見たのは初めてだった。

 正直こっちが少し小っ恥ずかしくなった。オレは気にしていないが瞳姉も思うところあって泣いているのだろう。なので


「分かった。じゃあまた今度飯でも奢ってくれよ。ちょっと高いとこ」


 軽く笑顔でキメておく。

 しかしオレの心の中では別の感情が既に湧き始めていた。

 オレの左腕は只今瞳姉に抱きしめられている。そう、二つの大きな胸に押し付けられる形で。

 最高に柔らかい感触をまじまじと噛み締めていた。オレはなんて欲に正直な生き物なんだよ。


 そうこうしている内に腕は無事に元どおりになっていた。動かしてももちろん問題もない。

 華絵ちゃんも涙を堪えつつこちらを見守ってくれていた。


「よっよっと。皆さんご心配をお掛けしました」


 名残惜しい左腕の感触を何とか振りほどき両腕を振り回し治ったことを三人にアピールする。


「ふぅ、これで大丈夫ね。それにしてもやっぱり咲都は再生力があるわね。普通より早く治るし」


「治って良かった。私思わず泣きそうになっちゃった」


「私が言うのもなんだけど腕の怪我で済んで良かったわ。死ぬ様な事にならなくてほんと良かった……って再生力?」


 そういや瞳姉にはまだ言ってなかったのか。


「オレなんか再生力っての? があるっぽいんですよ」


「……私もあるけど咲都は血族ではなさそうだし少し気になるわね」


 オレだけの能力だと思い自慢気にドヤ顔で言ったオレが恥ずかしい。

 そういや前に晴香が瞳姉にもあるとか言ってたっけ。忘れてたわ。


「まあよく分からんけどこれに関しては嫌な能力じゃ無くむしろ使える能力だしいおんじゃね? てか空間どうなってんの?」


 オレが話して気になったのは空間だった。普通なら異世界から来た者が消えると空間は消滅する。が、未だにオレ達は空間の中にいた。


「本物の空間は消滅したわ。今は私が擬似空間をこの周りに作っているの。だから周りの人が動いてるでしょ?」


 瞳姉の言った通り本物の空間とは違い周りの人、空間に入れない人が動いていた。

 しかしオレ達の惨状には気づいていない様子だ。擬似空間の中ではこうなるのか。


「じゃあそろそろ空間解くわよ」


 擬似空間が解かれオレ達が他の人々に認識される。いきなり現れたオレ達だが送り火に夢中で皆、特に違和感を持っていない様子だった。

 オレ達も再び送り火を目に焼き付ける。


「さ〜て、瞳姉には何を奢って貰おうかな〜」


「……あんまり高いのはやめてね」


 なんて笑いながら瞳姉をからかっているとーー


「でも明日からしばらくコッチとはおさらばね」


 晴香の衝撃の一言で消えかけていた記憶が蘇る。


「えっ? ……あっ!!」




 今日は十六日。明日、十七日から一週間アーウェルサだった。

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