四章 7 『夢の中、踊る炎の大文字』
四章 7 『夢の中、踊る炎の大文字』
八月の十六日目。この日の京都では全国的にも有名なお盆の行事の一つ、『五山の送り火』が行われる。
有名なのはやはり如意ヶ嶽(にょいがたけ)にある大文字山での大文字焼きだろうか。
あの山には何回か登ったことがある。てか小学校の時は毎年登らされた。
そして五つある山が如意ヶ嶽の大文字を始めに妙法、船形、左大文字、鳥居形と五分おきに点火されていく。これを総じて五山の送り火と呼んでいる。
が、実は妙と法は点火時間は同じだが細かく言えば二つの山に別れており全部で六つじゃねぇか! と思っていた時期もあった。
ついでにもう一つ、如意ヶ嶽の大文字は左京区にある。が、北区にある大文字を左大文字と呼ぶ。小さい頃はそれの意味が分からなかった。どうして左京にあるのに向こうが左大文字なんだ! と。我ながらアホなガキだ。
京都あるあるだと思うのだが……他の都道府県の人、興味ない人、ごめんなさい。
とまあ軽く説明をしたがそれが今日の夜に行われる。
そしてもちろん送り火を見る事になったわけだ。いつもの晴香、瞳姉、華絵ちゃん。このメンツで。
宇多くんも誘ったが今日も十時まで塾らしい。鉄矢に関しては部活の遠征で九州に行くとか言っていた。お盆までご苦労なこった。
しっかりお土産は頼んでおいた。
そういう事なのでいつものメンツとなった。
最近このちょいハーレムなメンツで集まる事が増えた気がする。こればかりは異世界のおかげな気がするので少しばかり感謝だ。
集合時間はオレの家に七時半。そこからイーアさんの住んでる山に行き大文字を眺める。という計画だった。
がーー
「こんな時間なのにもう皆んな集まっちゃったね!」
「ねー」
オレの横では華絵ちゃんがいつものようにテンション高めの元気スタイルで喜んでいた。そしてそれに生返事で返すことしか出来ないオレ。
時刻は三時過ぎ。すでにオレの家には晴香、瞳姉、華絵ちゃんの三人が集まっていた。
晴香と華絵ちゃんはオレが三時のおやつを買いに行って戻って来たら晴香の家にちょうど華絵ちゃんが来ていて流れでオレの家へ。
瞳姉に関しては三人でオレの部屋に戻ると写真集コレクションを漁っていた。
集合時間になるまでゆっくりしようと思っていたオレの計画がパーですわ。
三人はそんなこと気にもせずオレの写真集コレクションを見ながら盛り上がっている。
「オレ眠いし時間まで寝るわ。時間になったら起こしてくれぃ」
「いいけどちゃんと起きてよ?」
「へいへいよ。……お休みのチュウをしてくれてもいいんだよ?」
「はよ寝ろ」
冷たいやつだまったく。まあしてくれるわけないのは分かっていたけども。
三人なら、特に晴香と瞳姉がいるのでオレの部屋でも変なことはしないだろう。一応信頼して眠りにつく事に。
ーー夜だろう。少し明るく感じたので一瞬判断が遅れた。
その世界は夜で町の灯りをチラチラと眼下で輝かせている。そして眼前では大きく燃える大の字が浮かび上がっていた。
「ーーここから見ると大の字がはっきり見えて綺麗だね!」
元気な声が耳に届き続いてーー
「そうね。毎年の事だけど風流よね」
聞き慣れた声が耳に届きーー
「そういや今関係ないけど地蔵盆って京都だけだって知ってた?」
こちらもまた聞き慣れたお姉さん声が耳に届き……え⁉︎ 地蔵盆って京都だけだったの⁉︎ 知らんかった。
「「えっ⁉︎」」
二つの声が重なってすぐ、大の炎全体がが揺らいで見えた。
見えただけだろう。もしくは風が吹いてそうなったのだろう。そう思いまだ少し重たく感じる瞼を拭いーー
途端に強い熱を感じ目を急いで開けると目前にその熱の正体であろう大の字の炎がーー
「ーーと、咲都……咲都!」
「ん……ぁあ……晴香か?」
「おはよう。七時だしそろそろと思って起こしたの」
てことは今までのは夢だったわけかにしてはリアルだったような……やめろオレ。嫌な予感しかしないし忘れる事にしよう。それが最善と見た。
「おはよう咲都くん! 寝顔可愛いかったよ?」
「なんか恥ずかしいなぁ。寝起きだし歯磨きと小便してくるわ」
「歯磨きはともかくトイレは報告しなくてもいいから」
寝顔を華絵ちゃんに見られるのは分かっていたがやはり言葉にされると少し恥ずかしいな。
でもこの前海の時に二人の寝顔を見せてもらったからおあいこって事で。しかもオレは写真にも収めたしな。ちゃんと瞳姉にも送ってある。
しかし寝起きに美少女二人の顔を見れるなんてラッキーですわ。そういや瞳姉がいなかったがどこ行ったんだ?
トイレに入ろうとドアノブを握る手前で勝手にドアノブが動き出し、
「あ、咲都起きたの?」
今まさに入ろうとしていたトイレから出て来たのは瞳姉だった。こんなところにいたのか。
「おん。晴香にもうすぐだからって起こされたんだよ。てかさ……」
「何?」
「便所の鍵ぐらい閉めろよ」
そう、オレがトイレのドアノブを開けようとしたのは鍵がかかっていない表示になっていたからだ。
オレの家のトイレには小窓なんてないので電気がついているかは分からない。なので鍵の向きで判断しているのだが明らかにかかっていなかった。それに鍵を開ける音もしなかった。
「……あぁ、私外出時に致す時以外鍵かけないのよ」
「ここも一応瞳姉の家ではないんですが」
「似たようなものだしいいんじゃない?」
なにも良くねえよ。
もし致してる時にオレが開けてたらオレが被害を被るんだぞ。
ちょっとそのシュチュエーションも無しではないと思ったのはここだけの話。
「で、咲都もトイレ?」
「そうだよ。早くそこどいてくれ」
「はいはい。スーパービューティー瞳お姉さんが座った後の便座だからって舐め回したらダメだからね?」
「アホか! そんなことしねぇよ!」
何言ってるんだこの女は。流石に思春期真っ盛りのオレでもそんな事はしない。その辺はまだ大丈夫だ。
トイレを済ませて歯を磨きながら先程の夢の事を少し思い出す。
それにしてもタイミングよくあんな夢を見たものだ。
これから見に行く大文字の送り火を夢で先に見るなんて思っても見なかった。
しかも雰囲気で言えば確実に嫌な予感と繋がってしまう気がするような終わり方だった……っと、いかんいかん。あの夢は忘れようと決心したのにこの有様だ。はい、消去消去っと。
部屋に戻りまだ時間まで少し余裕があるのでのんべんだらり。
「そういや晩飯どうすんだ?」
「まだ何も決めてないけど送り火終わってからじゃ遅いかな?」
「オレはいいけど晴香と華絵ちゃんはいいのかよ? あんまり遅いと美容の大敵なんじゃなかったのか?」
「確かにちょっと遅くなるけどたまにはいいんじゃない?」
「私も大丈夫だよ!」
なんじゃそりゃ。
そのたまが重なると痛い目を見るってことを知らないのか。いや、オレも知らんが。
「咲都は私の心配はしてくれないの?」
横から瞳姉がそんなことを言ってくるので、
「瞳姉は大丈夫じゃね?」
「おいっ!」
適当に遇らう。というのも、
「ん? でも大丈夫って事は私が遅くにご飯食べても綺麗で入れるって思ってるって事よね? さすが咲都! 分かってるじゃない」
と、いつも勝手にいい方に解釈してくれるので瞳姉はある程度適当に遇らっても大丈夫だ。
なのでまた適当に「そうそう」と返しておく。
そうこうしていると七時半になったので目的の場所に向け出発する。
目的の場所は先にも言ったようにイーアさんの住んでる山。
あの山の山頂からは大文字がちょうど目の前に来る画角になるのではっきりと大きく見える。
そして低い山なので山頂と言ってもすぐに行ける。虫除けスプレーは必須ですけど。
何度も夜に来ているので懐中電灯が無くても大丈夫な程ここの道は覚えている。
でも危ないので携帯のライトで照らしながら山頂へ。
予定より早く到着し時刻は七時五十分。
この場所を知っている人ももちろんいるので先客も数名いた。
「まだ真っ暗だけど町の灯りは綺麗だね!」
低い山とはいえそこらの家よりはもちろん高い位置にある。なのでこの山と大文字山を挟んで見える町の灯りはそれなりに見える。
華絵ちゃんの言う通り真っ暗な中ではこの規模の町でもそれなりに綺麗だ。
「この町もずっと住んでるけどよく考えると中々の田舎よね」
「それな」
市内も中心の方へ行けばそれなりに都会な雰囲気ではあるがここは京都市でもそれなりに端の方だ。
観光地は少なからずあるもののそれ以外の物があまり無い。
つまり若者からするとかなり暇なところだ。
なので小さい時は外に出て遊ぶと言っても近所の公園で遊ぶかこの山で遊ぶかの二択ぐらいなものだった。
子供の時はこれでも都会だと思ってはいたが今思うと充分な田舎だ。せめてドは付かないと思いたい。
そうこう話しているとーー
「おっ、着き始めたね」
瞳姉の一言で皆が一斉に大文字山を見る。少し話している間に周りには人が増えていた。
始めの火が付き徐々に大の形になっていく。始めは弱い炎だったのがだんだんと強く、はっきりとした炎に。
やがてはっきりとした大文字になると「おおぉ!」と言う声とともに拍手が送られる。
今年も晴天とは言えないが雨が降る事はなく綺麗な大文字を見れた。
記念に一枚写真にとっておこうと携帯電話を取り出しカメラアプリを起動してーー
「私の家からだと斜めになっちゃうけど……ここから見ると大の字がはっきり見えて綺麗だね!」
「ここから見るとーー」という華絵ちゃんの言葉に一度聞いたことがある、という違和感に苛まれる。
そしてそれに続き、
「そうね。毎年の事だけど風流よね」
晴香が一言、またしても聞いたことある言葉を口に出す。
さらにーー
「そういや今関係ないけど地蔵盆って京都だけだって知ってた?」
瞳姉のどうでもいいうんちくが披露されそれと同時にこれまでの言葉をどこで聞いたか思い出す。
そう、さっき寝ていた時に見た夢だ。
やめろやめろやめろ。
このままだと次の言葉は晴香と華絵ちゃんの息の合ったーー
「「えっ⁉︎」」
……やっぱりか。
そしてオレの目には大の字の炎が揺らいで映る。
最悪だ。嫌な予感しかしない。
これは夢。夢だ、という浅い希望に全てを賭け目を擦る。
瞬間ーー、辺りの音はオレたち四人を残し消えて無くなる。そして強い熱を感じ流石に目を開け目の端に映っている人々は静止している。
そして
「やっぱりかよ。的中か……」
中心に映る物はこちらの眼前に迫り来る大の字の形をした炎だった。
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