四章 4 『知ってるかい? 意外と美味しい』

 四章 4 『知ってるかい? 意外と美味しい』




 楽しかった海からの帰り道、鉄矢から連絡が一つ入っていた。


 ーー明日部活が急遽無くなったから久しぶりに釣りにでも行かないか?


 てな内容の。

 オレ達の住んでいる辺りで釣りをするとなれば琵琶湖から京都に水を運んでいる水路でやることが多い。淡水での釣りだ。


「明日釣りかぁ。どうするかなぁ」


 正直今日はかなり疲れたので明日にゆっくりしようとちょうど画策していた所だった。しかし鉄矢のせっかくの休みだし行くかなぁと考えていると


「咲都くんって釣りもするの?」


 後部座席で晴香と海での写真を見せ合っていた華絵ちゃんが食い気味に聞いて来た。興味でもあるのかな?


「うんまあ。海釣りじゃなくて近場での淡水釣りだけどやるよ」


「へぇ! 私釣りもやったこと無いんだよね。咲都くんがもしいいんだったら見るだけでもいいからついて行っちゃダメかな?」


 やはり興味があったようだ。そして華絵ちゃんの横で聞いていた晴香は少し驚いたような顔をしている。

 実際オレも少し驚いた。華絵ちゃんは行動力抜群だなと。


「別にいいよ。てか竿貸してあげるしやってみたらいいよ。釣れるかは正直運みたいなところがあるから楽しいと思うかは分からないけどそれでもいいなら」


「やったぁ! ありがとう! ねえ? 晴香ちゃんも一緒に行かない?」


「え? まあ華絵が行くならいいけど。咲都は誰と行くの?」


「クソテツ。明日は急遽部活が休みになったんだってさ」


「なるほどね。何時から?」


「聞いてみるわ」


 というわけで鉄矢に晴香と華絵ちゃんが来ることを連絡すると同時に集合時間や場所を確認する。

 割とすぐに返事が返ってくる。


「え〜、うわ、早いなぁ……時間は朝の五時集合で場所はオレの家の前だってよ。自転車で来てくれだって。華絵ちゃんちょい遠いけど大丈夫?」


 多分暑い時間に釣りをするのが嫌だから五時集合にしたんだろう。魚もあまり暑いと釣れないしな。

 それにしても早いな。起きれるか五分五分だな。


「分かった! 早起きだけどそれで大丈夫だよ!」


「私も大丈夫だと思うけど咲都起きれるの?」


「……分かんね」




 で、時間は進み海の日の次の日、朝の四時半に何とか起きた。


「……眠た」


 布団からゆっくりと起きいつものルーティンをこなす。そして朝ご飯をトーストで済ませ準備をしてから玄関へ。

 外には既に三人が集まっていた。


「おはざぁす」


「おはよう咲都」


「おはよう咲都くん!」


「よう咲都。一番遅かったからジュース奢りな」


 華絵ちゃんは昨日の今日で元気だな。しかもこの中で一番早く起きてるはずなのに。

 二人とも今日も可愛いな。クソテツは無視でよし。


 朝の挨拶を軽く交わし早速目的地へ向かう。

 オレの家から水路までは自転車なら十分ちょいで行ける距離にある。

 到着すると取り敢えず晴香と華絵ちゃんに軽く注意事項を。


「今日二人には動きやすい格好で来てくれって頼んだのは分かってると思うけど何かと動きやすいほうがいいから。で、あんまり水に近づきすぎないこと。落ちるかもしれないし。だから足元には注意してね」


「「はーい」」


「あと水分補給はしっかり」


 他にも軽く説明をして早速ポイントへ向かう。


「咲都くん? ここでは何を釣れるの?」


「今日の目標はブラックバスだね」


 今回のオレと鉄矢の狙いはブラックバスだ。鉄矢は五十センチオーバーの個体、俗に言うランカーと言われるサイズの個体を狙うようだ。なので高校生に出来る限りのガチタックル(釣竿やリールなど)で来ている。

 対してオレは三十センチ以下の小物のブラックバス狙いだ。

 理由は二つ。晴香や華絵ちゃんにもこの程度のサイズなら釣りやすいと思ったから。

 もう一つの理由は食べるためである。

 ブラックバスを食べるの⁉︎ と思ったそこのあなた、ブラックバスは元々食用目的で日本に持ち込まれている事をご存知だろうか?

 そしてそして、かの琵琶湖周辺ではブラックバスを料理として出しているお店が存在する。

 つまりブラックバスはちゃんと調理をすれば美味しいのだ。

 何故三十センチ以下の個体を狙うかと言うとそれ以上大きい個体になると全体的に臭くなってしまうから。

 逆にそれ以下の個体なら処理をちゃんとすれば美味しく食べれる。

 なので今回は持ち帰る用に小さめのクーラーボックスに氷を詰めて持ってきた。クソ重たかった。


「ブラックバスって特定外来生物になってる?」


「そう。そのブラックバスだよ。それの小物を釣って食べる算段です」


「へぇ〜。美味しいの?」


「処理をちゃんとすればオレは美味しいと思うけど。華絵ちゃんも食べてたい?」


「うん! 少し興味ある!」


 そういうことで狙いは三十センチ以下の個体に決定した。

 晴香と華絵ちゃんの竿にもあらかたセッティングを済ませ操作も教えた。

 ある程度雑に扱ってくれてもいいやつを渡したのでそれで楽しんでくれると有難い。


「さて、始めますか」


 今回オレは小物狙いなので針もそれに合わせて少し小さめ、疑似餌のワームも千切って針先につけていざ釣り開始。

 とーー


「咲都! なんか掛かった!」


 晴香が開始早々いきなり何かを引っ掛けたらしい。


「焦らずさっき教えた通りリールを巻いていけ。そのしなり具合ならそんなに苦労せずに巻けるだろ」


「わ、分かったわ」


 そして釣り上げた魚は


「おっ、ビンゴ! 今回のお目当てブラックバスだな。サイズは二十ちょいってところだな」


「やった! 初めて釣れた!」


「晴香ちゃんすごい! ……あっ、私の竿にも何か掛かった!」


 連続して華絵ちゃんの竿にも当たりが来たようだ。晴香のを見ていたのか特に焦ることもなく釣り上げたそれは


「華絵ちゃんもビンゴ! ブラックバスの二十ちょいですね」


 二人ともほぼ同時にお目当ての魚を釣り上げた。


「咲都くん私と晴香ちゃんの初ゲット写真撮って!」


 という事なので一枚パシャっと。

 二人とも初めてですぐに釣れたのが嬉しかったのか中々にテンションが高くなっているのが分かる。晴香もあの感じだと楽しんでくれているようだ。


「咲都くん、釣れたお魚さんどうするの?」


「ブラックバスは生きて持って帰るのは禁止されてるからこの場で締めるんだよ。晴香と華絵ちゃんやってみる?」


「そ、それは遠慮しておこうかな」


「私もそれはパスで」


 ということなので締める作業はオレがやる事に。

 まずエラにハサミを入れて断ち切る。そして尻尾の方にも切り込みを入れ水を張ったバケツに入れエラと尻尾、両方から血を抜く。

 このサイズなら単に氷締めでもいいかもしれないが淡水魚、特にブラックバスなどは血にも独特の臭みがあったりするのでより美味しいく食べるためにオレはこうしめいる。




 それからしばらく釣りをして時刻は九時半になっていた。途中休憩をしつつも四時間近く釣りをしていたらしい。

 釣果はブラックバスの食べごろサイズが三人合わせて十二匹。ちょうど一人四匹づつ釣れた。食べるにはちょうどいい数だ。上々だろう。

 そして鉄矢はというとーー


「今日は運がなかった」


 ボウズだったらしい。


 ここで釣りは切り上げ一旦オレの家に帰宅。

 お昼ご飯をブラックバスにする事にしたオレ達はさすがにそれだけでは足りないので買い出しに行く事に。

 オレはブラックバスのフライを作る。付け合わせの野菜を買うだけだ。

 晴香と華絵ちゃんは味噌汁を作るらしい。

 鉄矢は料理がてんでダメなので晴香と華絵ちゃんの買い出し分の金を出させた。

 以前気まぐれで作らせた事があるが何も下味がついていない豚肉と一センチ幅程でスライスしたジャガイモを焼いて皿にのせケチャップをかけただけという油まみれの凄まじい物が出てきた。


 買い出しを終え帰宅して調理開始の十一時半まで少し休憩。


 時刻になったので早速取り掛かる。

 冷蔵庫に入れておいたブラックバスを取り出し牛乳パックの上で鱗、内臓を出し綺麗に流水で洗う。牛乳パックの上でやるのはまな板に臭いがついて欲しくないから。

 しかし実際にやる時は少し滑りやすいので気をつけて欲しい。

 そしてパパッと三枚に下ろし綺麗な白身が露わになる。

 浮き袋が付いていた幕の臭い脂の部分を肋骨と一緒に空きとる。この部分はブラックバスの調理法を動画で上げていた方が言っていたのでその通りに調理している。

 皮はこのサイズなら臭くはないのでそのままにしておくが、熱を入れた時皮の方に縮んでしまうので切り込みを入れておく。


 ここまでくればあとはあのブラックバスも美味しそうな食材にしか見えない。

 一応臭い消しの為に牛乳に漬けておく。

 処理を終え小麦粉を全体にまんべんなく付けよく振り落とし卵液に潜らせる。そしてパン粉を全体に軽く押す形で付ければ後は油で揚げるだけ。

 先に温度を上げておいた油に数枚づつ入れていく。

 あまり一気に入れると油の温度が下がるので揚げ物をする時は要注意。

 寄生虫が怖いので高温で普通の魚のフライよりも少し長めにあげる。

 少し濃いめのキツネ色になれば油を切るために少し放置。

 出来上がったフライを皿に盛り野菜をあしらえばーー


「はい! オレ特製、バスフライの完成!」


 調理完了である。

 タイミングよく晴香と華絵ちゃんの方も完成したらいし。

 後は茶碗にご飯を盛り付け部屋へ持っていく。

 食前の挨拶はオレがする事に。


「さあ手を合わせて」


「「「「いただきます!」」」」


 まずは晴香と華絵ちゃんの作ってくれた味噌汁を一口。


「うおっ、美味! これ出汁からとったのか?」


「そうだよ〜」


「カツオの一番出汁と昆布の合わせでやってみました。具はシンプルにワカメとあげさんです」


「確かにこの味噌汁めちゃ美味いな」


 鉄矢もビックリしている様子だ。

 久しぶりに出汁からちゃんと作った味噌汁を飲んだ。最高に美味いな。


 してバスフライの方は……


「おっ、ちゃんと上がってるしやっぱり美味いな。タルタルソースとの相性も抜群だ」


 サクッとした衣の中に白身のフワッとした身がたまらん。タルタルソースとの相性も言うまでもなく抜群だ。

 よくシーバス、スズキと近い魚と言われるがスズキの筋肉質な白身とは違いこちらはフワッとしている気がする。


「ほんとだ! 美味しいね!」


「確かに美味しいわね。あの水に住んでた魚とは思えないわ」


 晴香と華絵ちゃんにもかなり好評で良かった。

 確かに水路の水は濁っているので食べるまで想像しにくい美味しさかもしれない。


「咲都のこういうところは尊敬に値するな。オレには出来ないし」


 鉄矢が珍しく素直に褒めてくる。滅多にないのでなんか気持ち悪い。


「美味しいし楽しいなんてブラックバス見直しちゃった。また機会があったら連れて行ってね!」


「おう、任せとけ。というわけで」


「「「「ご馳走さまでした」」」」


 釣った魚は美味しく食べる。改めていいことだと思った今日だった。

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