四章 3 『空間が……そんなことより温泉だ!』

 四章 3 『空間が……そんなことより温泉だ!』




 ただいまの時刻は午後三時。みんな海から上がり三時のおやつ休憩をしていた。

 そして何気なく思った重大なことを口に出す。


「そういやぁさ、三人とも日焼け止めは塗ったのか?」


「……? 何よいきなり。水着に着替えた時に塗ったに決まってるじゃない」


 既に塗っていたかぁ! しくじったかオレ。


「晴香と華絵ちゃんの背中、ピチピチの柔肌には私瞳お姉様がしっかりと塗っておきました。残念だったわね咲都」


 瞳姉にはオレの考えはお見通しのようだ。流石と言わざるを得ない。


「もう! 変な言い方しないでよ瞳姉。てか咲都には華絵に指一本触れさせないわよ」


 流石に華絵ちゃんには出来ないがあわよくばオレが日焼け止めを塗ってあげてあっ、手が滑った! とか言いつつ軽くタッチする痴漢まがいの作戦は無念にも砕け散った。てかまあ忘れてた。


「……またの機会にするわ」


「ないわよ!」


 バシッ!


「痛って!」


 背中を平手打ちされた。


「うわ、綺麗に手形いったわね。てかその咲都の背中の赤さ……日焼け止め塗ってないの?」


「……あっ!」


 忘れてた。

 最悪だ。オレの肌質的にいつも赤くなった後黒くはならずに皮が剥けて終わる。

 つまりオレにとっての日焼けは色は付かずにただ痛いだけだ。


「今からでも塗らないよりはマシじゃない? ほら、背中塗ってあげるからうつ伏せになりなさい」


 瞳姉にそう言われて言葉通りうつ伏せになったーーオレがバカだった。


「晴香と華絵ちゃん、咲都の足片方づつ抑えててね」


「え? おい、ちょっ!」


 そう言うと瞳姉はうつ伏せになったオレの尻の部分にまたがる体制で座りーー


「さぁて、私達にイタズラしようと企んでたんでしょ? されても文句言えないわよねぇ?」


 最悪の微笑を浮かべた瞳姉が日焼け止めクリームをオレの背中に垂らし背中全体へ。そして脇の方へ塗り始め……


「あ、おい! くすぐった……離せよ! やべ死ぬ死ぬ……やめ、やめろぉ!」


 くすぐりによる猛攻撃を受けていた。

 瞳姉には上に乗っかられ晴香と華絵ちゃんには両足を封じられている。両腕はくすぐったいせいか力が入らない。反撃が出来ん!


「ハァハァ……殺す気か!」


 為すがままに遊ばれたオレが飽きられた時には大の字で転ぶしか出来なかった。


「あ〜楽しかった。晴香と華絵ちゃんもこれで良かった?」


「充分ですね! 私は咲都くんのこんな姿が見られるなんて思ってなかったなぁ」


「もっとしてやっても良かったけどまあ華絵が納得してるから今日は許してあげるわ」


 晴香と瞳姉はまだしも華絵ちゃんにもいいように遊ばれてしまった。

 もうお嫁に行けない!


 なんとか起き上がり体の前側に日焼け止めを塗る。

 と、ふと少し遠くにいる家族ずれを見てみると子供に指を指されて爆笑されていた。なんたる屈辱。顔が熱くなっていくのが初めて分かった。




 笑っている子供に向けて手を振りーー急に聞こえていた可愛い笑い声が止む。

 周り海や風の音も聞こえなくなっていた。

 こうなるのにも少し慣れていた。晴香や瞳姉と顔を合わせて


「空間か……」


 思ったことをそのまま呟く。


「あっ、空間!」


 華絵ちゃんはまだ慣れてはいないらしく少しだけびっくりしていた。少し前のオレもそうだったなぁとか思いつつ瞳姉の指示を待つ。

 ーーと、後ろに広がっている海からバシャバシャと音がし、何かが這い上がってきた。


「ゲホゲホ! 溺れるとこだった……ハァハァ……ん? どこだここ?」


 そこには天族だろうと思われる見た目のヤツが一体、ずぶ濡れで倒れ込んでいた。


「しょっぱかったしさっきのは海……? なぜに?」


「あ〜もしもし?」


 瞳姉がずぶ濡れになっている 天族に話しかける。


「ん? ……あっ! お前は『橙の星』『赤眼の爆雷』『セントラルの死神』他には……」


「合ってる合ってる。全部私よ。で、セントラルなの? そうじゃないの?」


「お、俺はセントラルにくだった側の者だ! これを見てくれ!」


 そう言って天族が懐から出したのは何かの紋章が刻まれた銀色のペンダントの様なものだった。


「なるほど。本当のようね。じゃあ帰してあげるからそこに立ちなさい」


 よく分からないが話は進む。てか瞳姉には二つ名なのだろうか? がいくつあるんだよと聞いてて思った。

 てか帰すってことは瞳姉は向こう、アーウェルサに行くことの出来る魔法が一人で使えるのか?

 確か行き来する為の魔法はかなりの魔力があるか数人ででの魔力行使でしか使えないとか言っていたような……。

 魔力も多いのかよ瞳姉は。


「ありがてぇ。何がなんだかよく分からないが次会った時には必ず恩は返す」


 瞳姉は天族から少し離れると片手を天族に向けて差し出す。すると天族を中心に地面に大きな魔法陣のようなものが浮かび上がる。

 そしてそれはキラキラと七色に輝きーー


「じゃあ次会うときはご飯でも奢ってね」


 という瞳姉の軽い一言の後に魔法陣と天族は一瞬にして目の前から消滅した。


 あまりにも一方的に進む出来事だったのでオレは何も出来ずにその場に立ち尽くしていた。

 そしてしばらくすると海の波の音、風の吹く音。子供の可愛い笑い声が蘇る。空間は消滅した。


「あ〜疲れた。あの魔法はやっぱり魔力使うわねぇ」


 その場で座り込んだ瞳姉に続き


「水着のまま戦わされるのかと思ってヒヤヒヤしたわ」


 晴香も今の流れが分かっているのかそんな一言を言っている。

 華絵ちゃんを見るとオレと同じように唖然として立ち尽くしている。オレと同じで少し安心した。


「いやいや、オレと華絵ちゃんに説明は?」


 瞳姉は一瞬何言ってんだこいつ? みたいな目でオレを見た後


「あぁ、今みたいなのって二人とも初めてだっけ?」


 とオレと華絵ちゃんに向けて一言。

 初めてだっちゅうの。話の流れが全然分からなかったわ。


「近くに人いないからまあここで言ってもいいか。さっきのは最近よくある一体でコッチに飛ばされたパターンね。自分でも何が起こってたのかよく分かってなかったみたいだし」


「それは何となく分かったけどさ、セントラルがどうとかのとこが。この前の鱗族だっけ? も言ってたけどそれがなんなのか……」


「セントラルっていうのはアーウェルサの中心で向こう側の私達側の人間やハーフ、その他の種族がいるところよ。簡単に言うとそこに住んでる者は味方ってことね。で、さっき見せてたペンダントみたいなのがセントラルの住人、まあ私達の味方だって証明みたいな物ね」


 それでさっきのヤツは味方だと分かったからアーウェルサに帰したって訳か。

 なんとなくだが言っていることは分かった。


「て事はさっきの鳥人間さんは味方だったって事ですね!」


「そそ、そう言う事ね華絵ちゃん」


 華絵ちゃんも今の話が理解できたらしくオレと同じ結論に至っていた。


「にしても瞳姉は一人でアーウェルサに行くことの出来る魔法が使えるのかよ」


「? あぁ、世界転移魔法の事ね。使えるわよ。でも魔力消費も大きいし使った後疲れんのよあれ」


 そんなカッコいい名前が付いているのか。異世界との行き来が出来る魔法だし名前の通りの魔法だな。しかしカッコいいな。


「て事で、疲れたからもう少ししたら帰りましょうか」


 え〜、もうちょい遊んでいきたいなぁと思ったオレの考えは


「で、行きしなに見つけた温泉にでも入って帰りますか!」


 続いたこの一言で一瞬にして吹っ飛んだ。そして


「そうしよう!」


 塗り替えた新たな思いを勢いのまま口に出した。




 あれから少し海でゆっくりしたあと、片付けを済ませて西日で照らされた海ともお別れをした。

 やはり別れというのは寂しいものだ。しかし! 今はそうも言っていられない。次の出会いが、温泉がオレを待っている!


 てなわけで帰り道に寄り道をして途中で瞳姉が見つけた温泉に。

 結構綺麗な所だ。効能も色々と書いてある。これは期待ができそうだ。

 しかしーー


「混浴は無いのかよクッソ」


 と目の前の事実に思わず声を出してしまった。


「咲都くんのえっち」


「最低ね」


「ほんと、咲都らしいというかなんというか」


「ごめんなさい」


 散々な言われようだが的を得ているその様にただ謝る事しか出来ず逃げるように男湯の暖簾をくぐる。

 てかもし混浴があっても入らないだろお前らと思いながら服を脱ぎいざ温泉へ。

 浴場に出るとそこには白濁した温泉が湯気を上げて広がっていた。

 中々に広い。そしてオレ以外誰もいない。独り占めじゃねぇか!

 さっさと体を洗い湯船に浸かる。


「あぁぁぁ……気持ちいいなぁ」


 温泉のいい匂いと適度な温度が最高に心地いい。

 そして板一枚挟んだぐらいであろう隣からはーー


「私達で独占なんてラッキーですね!」


「ほんとラッキーね」


「誰もいないんだし泳いじゃう?」


 女湯にも誰もいないのかそんな会話が聞こえてくる。

 最後の瞳姉のセリフは痛いほど分かる。しかし出来ない年齢になってしまった。

 しばらく女子三人の聞こえてくる会話を聞いていると


「ーーそれにしても咲都は順調に変態になっていってるわね」


「ほんとよ! あの変態に付き合う私の気持ちにもなってほしいわ!」


 てな瞳姉と晴香の会話が聞こえてきた。

 その後も主に晴香によるオレの罵倒が続く。


「お〜い、聞こえてるぞぉ〜」


 今まで黙っていたがあまりにも言われているので声を投げかける。すると


「あの変態聞き耳立ててるわよ」


「末期ね」


 我ながら酷い言われようだ。

 最悪変態は否定しないが聞き耳は別に立てていない。勝手に聴こえて来ただけだ。

 さすがに何か言い返してやらなければ。


「うるせぇ! あんまり言うと覗くぞ!」


 と脅しをかけてみる。すると


「やってみなさいよ変態!」


 待ってましたその言葉。オレはやる時はやる男なんだって所を今ここで見せてやる!

 女湯側にあった岩の上に何とか登り背伸びをするとそこには天にも昇るような景色がーー


「クッソ! お湯が濁ってるせいで見えねーじゃねーかよ!」


 そう、覗きは出来たが肝心なものが見えなかった。

 そしてまた思ったことを口に出すバカ(オレ)のせいで覗きはすぐにバレる。


「え⁉︎ 本当に覗いてるの⁉︎」


「咲都もやるねぇ」


「咲都くんのえっち」


 三人の言葉がそれぞれの心境を表している。


「驚いたか晴香! オレはやる時はやる男なんだよ! そして華絵ちゃん、覗けって言ったのはそこの晴香だからそこんところよろしく」


「その言葉多分使い所違うしやってることは最低だし何考えてるの⁉︎ てかさっさと覗くのやめなさいよ! 人のせいにまでして!」


 晴香はそう言いながら勢いのまま温泉こら立ち上がる。

 うお! チャンス! しかし湯気が視界をくらませる。ギリギリ見えない!

 そう思ったのもつかの間ーー


「痛ってぇぇぇ!!」


 足を滑らせて乗っていた岩から転げ落ちた。乗っていたところがそう高くなく怪我をしなかったのが不幸中の幸い。しかし痛いのには変わりなかった。

 そしてーー


「因果応報よ」


 晴香の一言が静かになった温泉に響いた。

 そして帰りの車の中では音楽とエンジン音ーーをゆっくり聞けるはずもなく罵られ続けた。

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