三章 14 『運がわるわるわーるわる』

 三章 14 『運がわるわるわーるわる』




 夏休みまであと数日を残したその日、オレはバイトに勤しんでいた。

 最近は魔法の練習であまり来れなかったが趣味であるもろもろのためにもお金は必要だ。なのでお金の為に放課後のバイトに精を出す。


「いらっしゃいませ。〜円になります。ありがとうございました。またお越しくださいませ」


 オレは正直言って放課後にバイトするのはあまり好きではない。

 学校が終わり疲れているのにまだ動かなきゃいけないなんて苦痛だ。趣味に……アニメが観たい。


「どうしたんや咲都? 今日はお疲れさんモードやな」


 隣のレジでは新谷さんが今日も入っていた。

 シフトを知っているから分かってはいるが毎日入っているんじゃないかと思うぐらいオレがいるときにはいる。新谷さんも瞳姉と同じで暇なのかな?


「そうなんですよ。最近放課後が結構忙しくって。その合間を縫ってバイトって感じなんでちょっと疲れが溜まってるんですよね」


「放課後忙しいってまさか彼女とかやないやろな?」


「そうだといいんですけどね……。全然、気配すらないですわ」


「なら良かった。まああんまり無理はするなよ」


 別に良くはないですよ新谷さん。オレも彼女の一人ぐらい欲しいなー。


 ーー時刻は六時半を過ぎたぐらいだろうか。この時間は出来合いの晩御飯を買う人で店が混む。

 そしてここからがオレの悪運の始まりだった。

 そのお客……オヤジはお弁当を一つ持ってレジへとやって来た。


「いらっしゃいませ。〜円になります。割り箸はご利用ですか?」


 この店ではお弁当を買われる人には割り箸の有無を聞かなければならない。なのでいつものように割り箸の有無を聞きーー


「いるっちゅうねん。無かったらどうやって弁当食べるんですかぁ?」


 ……でためんどくさい客。この手の客はたまにいる。割り箸がいるかいらないかだけ言えばいいんだよこのオヤジが! マイ箸を使う人もいるから有無を聴いてるだけだろ。その後の一言が余計なんじゃ!

 オレはスーパーに行ったりお店に食べに行っても定員さんには敬語を使うよう心がけている。親しき仲にも礼儀ありと言うようにそれなりの間柄じゃない限りタメ語で話すことはない。学校の人間などは別として。

 百歩譲って敬語はいいとしよう。しかしいい大人がなんでこうゆう余計な一言を言ってくるのか……。

 沸点が低いと言われればそれまでだが内心苛立ちつつもオレは言葉を続ける。


「……失礼しました。では一本おつけしときますね。袋はおつけしてよろしいですか?」


「いるに決まってるやろ。どうやって持て言うねん」


 ……普通に横掴んで持てるやろボケ! って叫んでやりたい。このクソオヤジめぇ!

 てな感情をなんとか抑え


「かしこまりました。では袋代五円を合わせまして四百三円です」


「はぁ⁉︎  袋代なんて取るの? コンビニは取らへんのにケチな店やなぁ」


 袋代に関しては少し前からこの店じゃなくて市が決めたんだよ! 無知かよ。ほんと感に触るオヤジだな。


「袋代はエコの観点とかで市で決まってまして……」


「……そんなん知らんがな」


 だから今教えてやったんだろボケオヤジが!

 無言で金を乱暴気味に置いてオヤジは


「なんかめんどくさい店やなぁ。二度とこうへんわ」


 などと捨てゼリフを吐いて店を出て行った。


「ありがとうございました。またお越しくださいませ」


 ーー二度と来んなクソオヤジが! こっちから願い下げじゃ!

 あ〜腹立つ! 久しぶりに気分が悪い。


「めんどくさいのに捕まったな。咲都、あんまり気にしんときや。若干苛立ちが顔に出てるで」


 新谷さんがオレを気遣って声をかけてくれる。どうやら顔にも少し出てしまっていたようだ。


「ありがとうございます。気をつけますね」


 その後も何とか接客をこなし九時になりオレが上がる時間になった。


「お疲れ様でした」


「おう。お疲れ様〜」


 今日はなんだかんだで忙しいかったので結構疲れた。

 混んでいるのに小銭をゆっくりゆっくり出す人。順番を抜かそうとする人なんかもいた。もちろん疲れたほとんどの原因はあのオヤジのせいだが。思い出したらまた腹が立ってきた。

 なんとか思考を切り替えようとアニメの事を必死で考える。あ〜可愛いバ・ナーナちゃんが頭の中に……最高かよ!


 バイト先を出て家に帰るまでになんとかアニメの事を考えつつ帰っているとふと、靴紐がほどけそれに気づいたと同時に見事に踏み転ける。


「ったぁ……」


 体全体で斜め横に盛大に倒れてしまった。普通に痛い。

 倒れる時に打った左腕には傷が出来ていた。これぐらいの傷は再生力のおかげで割とすぐに勝手に治るしいいが痛いのが辛い。

 不幸中の幸いというかなんというか大通りでは無いので今の醜態を誰にも見られていないのが唯一の救いなのか。


 今日はとことん運の悪い日なんだと落ち込みながらも身体を持ち上げ靴紐を結ぶ。

 と、よ〜く見ると少し後ろに自転車に乗ってこちらに向かう人が。

 やべっ! 見られてた! 夜なのにライトがついていないから見逃したのか? と思ったのもつかの間、その自転車は人こそ乗っているものの動いていない。地に足が着いているわけでもないようだ。

 不思議に思い近づくと少し笑ったような顔をしたまま完全に停止している。

 この顔はやっぱり見られていたか、と思うと同時に


「……空間に巻き込まれたのかよ」


 と言う口に出たままの事実をその自転車の主は身体を張って告げていた。


「確かこうゆう時は瞳姉に一旦連絡するんだっけ?」


 少し前、魔法の練習中にもし一人でいる時に空間に巻き込まれたら私に連絡しろ、と瞳姉から言われた。

 よくわからないが瞳姉はこちらの世界の混血によるネットワークでどこにアーウェルサから来たヤツらが何処にいるかわかるのだとかなんとか。なので瞳姉に連絡をしようとーー


「瞳姉ですかい? 多分だけど今オレの近くに居ますわアーウェルサのやつ」


 オレの視線の先には止まっている自転車の人ーー以外に動いている人ではない何かが確実に存在していた。

 向こうは夜の暗さのせいなのかまだオレには気づいていないようだ。電話を繋げたまま瞳姉に数や容姿を報告する。


「一体でなんかぬらぬらテカってるような……鱗かな? トカゲと人合わせたみたいな……え? 鱗族? リザードマンって事?」


 と、ここでこちらの声に気づいたのだろうか。その動く鱗族とやらはこちらにゆっくりと近づいて来た。


「近づいて来ました。は? 私が行くまでとりあえず一人でどうにかしろ? 等級とか分からないのに? ……へぇ分かりましたよ」


 電話を切りリザードマンに注意を凝らす。

 瞳姉曰く無理そうだったら全力で逃げろ。魔力感知やらとかでオレの大体の位置は分かるからとの事だった。

 一体だということは可能性は二パターンある。前に瞳姉に説明された最近よくある低い等級のヤツが一体でこちらに送り込まれるおかしな事態。もう一つは特級とか上の方の等級のヤツが一体で乗り込んで来るパターン。

 ん? 後者のパターンだとオレやばくね? ……気づくの遅くね?


 そうこう考えているうちにリザードマンはすぐそこまで来ていた。


「お前、この中で動いているということは半端者か?」


 トカゲやワニに近い大きな口を開きオレに問いかける。


「そうですね。一応混血らしいです」


「そうか。では我が何故ここに一人でいるか分かるか?」


「いや……それは分からないですね」


 どうやら一体でここにいる事が何故なのか分かっていないないらしい。ということは前者のパターンなのか。少しの安堵が。


「してお前はセントラルの使いなのか?」


「……? よく分からないですけどこっちに来るヤツらは殲滅しろとは言われてますね。あとーー」


「ならばセントラル側の半端者だな。数多くの同士の恨み、晴らしてやるわ!」


 逃げろとも言われている、そう言い終える前に鱗族ーーリザードマンはオレに襲いかかってくる。

 尖った爪が並んだ腕に同じく尖った牙が並ぶ口。相手の攻撃が当たればもちろん痛いでは済まないだろう。

 同士の恨みだかなんだかしらないがそれでオレもそうですか、と易々殺されたりするわけにはいかない。必死で抵抗はさせてもらう。

 オレは攻撃をかわしながら魔法を構築する。

 右手に構築された一メートルに満たない水球を圧縮。水色の光が魔法を包みーーそれをリザードマンめがけて発射する。

 狙いは首の付け根。


「『アクアブレット』!」


 放たれた魔法は超速で飛び、リザードマンの左腕を付け根から吹き飛ばす。狙いは少し外れたが当たりはした。

 我ながらグロい。


「くっ! ……やはり魔法を使うか。我程度の強さではどうにもならないか。しかし! 恨みを晴らさん訳にはいかん!」


 て言われてもなぁ……。次は確実に仕留めるか。

 再び魔法を構築しーー


「ふぇ⁉︎」


 またしてもほどけていた靴紐を踏み盛大に転ぶ。視線の先にはこちらを睨むリザードマンが。

 やばい、リザードマンが近づいて!


「オボロォォォオ! オェッ!」


「⁉︎ クッセェ! ゲロかけやがった!」


 リザードマンは何を思ったのかオレに対して吐瀉物をひっかけて来た。


「ハァハァ……どうだ半端者ぉ!」


 ゲロまみれになって起き上がるオレにリザードマンは叫ぶ。

 どうだもこうもねぇよ……。バイトではめんどくさい客が来るは二回も転ぶはゲロもぶっかけられるわ……。


「ふざけんじゃねぇ!!!」


 その日の溜まりに溜まった怒りを全て魔法構築に注ぐ。

 一瞬にして圧縮された水魔法は虹色に輝きながらリザードマンを胴体から真っ二つにしていた。


「ハァハァ……くっさ!」


 疲れたオレは思わずその場に座り込む。


「お待たせ咲都…….ってくさ!」


 ちょうど終わった頃に瞳姉がやって来た。タイミングがいいというか悪いというか……。


「なんどがびどりでだいじょでぎだみだいね。でもぞのにおいもぐうがんがぎてだらいっじょにぎえるわよ」


 鼻を摘みながら瞳姉がオレに近づいてくる。


「一日にさ、こんなにも気分が悪くなることが何回も起こるか普通? 運悪すぎだろ」


「……? よく分からないけどドンマイ咲都」


 オレは絶対に新しい靴を買おうと心に誓った。

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