三章 13 『ヒラタの平平さん』
三章 13 『ヒラタの平平さん』
夏休みまであと数日のある日の夜、オレ、鉄矢、宇多くん、高木はイーアさんの家がある場所、つまりは近くの山にやって来ていた。
もちろん理由は一つ! あいつらを捕獲するために!
ーーその日の昼休み、いつもの三人のたわいもない会話の中、鉄矢の一言からその話は始まる。
「ーーごちそうさまでした。あ〜食った食った。そういやさ、今年まだ取りに行ってないよな」
「……? 何をだよ?」
「ほらいつもあそこの山に取りに行ってる……」
「ああ、アレね。理解理解」
「虹夜くんと鋼くんの言うアレってなんなの?」
確か宇多くんの住んでるところはここからは少し遠く、どちらかというと都会の方だ。なら知らなくても無理はない。
「そうか〜。てか宇多くんなら触ったことあるかも怪しいな」
「確かにな。宇多くん今日の夜暇?」
「まあ今日は塾も無いし空いてるけど。一体何するの?」
「お、咲都と鉄矢今日なんかすんの?」
と、会話に入って来たのは高木だった。
そういや中学の時は高木とも取りに行ったっけ。
「おう。例の山にあいつらを捕まえに行くんだよ」
「おっ! ならオレも今日暇やし行ってええか?」
「決定だな。今日の夜に山に……って宇多くんが分からないから学校の前集合でいいか。どうせ咲都も暇なんだろ? 来いよ」
暇とは余計なお世話だ。いつも言ってるがオレは色々と忙しい。……色々と。
「まあ行くけどよ。何時に集合だよ」
「じゃああまり遅いと宇多くんが大変だろうし八時でどうだ?」
宇多くんもそれで大丈夫だということだったので今日は夜八時に学校の前に集合し山に行く、という予定になった。
晴香に今日の魔法の練習は早く帰ると言っておかなければ。
「じゃあ八時に校門前で」
「「了解」」
「わかったよ」
「ーーあ、宇多くん、飲み物は絶対持って来てくれよ。それと服装は長袖長ズボンで」
「夏なのに? まあ分かったよ」
てなわけで放課後の魔法の練習はいつもより早く終え家で晩御飯を食べる。
八時に校門前だから少しだけゆっくりして必要なものを揃える。
飲み水に服装は勿論、懐中電灯にタオル、そして虫カゴなどなど。
男子ならもうオレたちが何をしようとしているのか気付いてる人もいるんじゃないだろうか?
集合時間少し前に校門の前に。宇多くんと鉄矢はもう来ていた。少ししてから高木も。
「お待たせ〜。もうみんな来てたんか」
「おう。高木が最後だったからジュース奢りな」
「なんでやねん! 八時までには来てるやろ」
「冗談だって」
各自必要なものを持ち自転車で来た。まあ初めての宇多くんには必要最低限の物しか持ってこない様に言っておいたし持ち物自体は少ないが。
「じゃ、行きますか」
「ちょっといい?」
ここで宇多くんから待ったがかかる。
「結局これから何処で何をするの?」
……あっ、そういや宇多くんにはまだどこで何をするか伝えてなかったんだっけ?
そう! 今からオレたちがする事は!
「今から山に行って虫……まあクワガタムシとかカブトムシ取りですね」
「虫取り⁉︎」
あまりにも意外な答えだったのか宇多くんは結構大きめのリアクションをとる。
「そういや聞いてなかったけど宇多くん虫苦手だったり……」
「いや、そういうわけじゃないんだ。実は虫取り行くのなんて初めてで嬉しくて……少し夢が叶ったというか」
それでかなりのオーバーリアクションだったのか。てか虫取りでこんなにテンション上がってくれる人は初めてだな。
「それで咲都くんは飲み物持って来てって言ってたのか。でも長袖長ズボンは何でなの?」
「夜の山って結構暗いから体の色んな所に枝とかが引っかかるんだよ。半袖だと傷だらけになるかもだし。あとは蚊とかの虫対策かな」
「なるほど」
ーーで、山の中にある小さな公園まで行きそこに自転車を止める。
季節がもう夏真っ盛りなのに加え行きはどうしても登りになるのでこの時点でかなり汗をかく。
流石に疲れたので少し休憩を挟む。
「しかし暑いな〜。汗止まらんわ」
「だな。来る途中も上り坂だし」
「でもワクワクするね!」
この中で一番体系的にヒョロッとしている宇多くんだが虫取りがよっぽど楽しみなのだろう。あまり疲れを感じていないらしい。
「宇多くん、楽しみなのは分かるけど水分補給はこまめにしといてくれよ」
「熱中症対策だよね。了解です!」
……テンションが高い。夏の上り坂でバテ気味のオレ、鉄矢、高木は宇多くんの今のテンションにはお手上げだ。
おかしいな……中学の時こんなにバテたっけ?
少し長めに休憩を取り準備に入る。
頭にタオルを巻き落ちてくる気持ち悪い系の虫対策。虫カゴを紐で肩にかけ懐中電灯を片手に。飲み物などはリュックに入れて準備万端。
「よっしゃ! 行きますか!」
公園のすぐ横は木々が鬱蒼と茂る林の中だ。毎年何かと来ているので林の中も大体分かる。
当たりの木、つまりいつもクワガタムシやカブトムシが付いている木を手当たり次第見ていく作戦で。
「そういや宇多くんってクワガタムシやカブトムシ見た事あるの?」
「写真とかスーパーで売ってるやつぐらいかな」
最近は夏になると大型スーパーのおもちゃコーナーなどでもクワガタムシやカブトムシの生態が売っていたりする。自分で取ったりしない子供たちはああいうのを買うのだろうか。
自分で取って観察、飼育ってのが面白いとオレは思うのだが。勿論海外産の物やブリード用の物などは別として。
一本目の木にやって来た。この木にはまあ居るかなぐらいの確率なのだが……。
「あ! みんな、居たよ!」
宇多くん何かを見つけたのかオレたち三人を呼ぶ。呼ばれたそこに居たのは
「あー……コクワガタか」
この山で取れる虫の中で主に目当てはノコギリクワガタ、ヒラタクワガタ、カブトムシ。宇多くんの見つけたコクワガタは残念ながら目当てではない。
かなりの数がいるのでオレたちの捕まえる対象にはなっていない。
「まあハズレって感じかな。大きければ五センチぐらいにもなるけどコレは三センチってとこかな」
「そうなんだ。まだ見分けがよく分からないし難しいね」
「まあ慣れだよ。初めてだし次々見つけたやつ言ってくれればいいから」
「それ以外はカナブンばっかりだな」
こうしてオレたち四人のムシ探しは続いていく。
一本一本丁寧に当たりの木を見て回る。
「あっ! 咲都、赤カブおるぞ!」
カブトムシしにも主に二色いる。黒っぽいのと茶色っぽいやつ。そのなかでもかなり明るい、赤に近い茶色をしたカブトムシのことをオレたちは赤カブと呼んでいる。高木が見つけたのがそれだった。
「おお! かなり綺麗な色してるな。でもちっさいし観察するだけかな」
宇多くんは静かに赤カブを見つめていた。初めての野生のカブトムシがそんなに珍しいものなのだろうか。
少し宇多くんの為に長めに観察をし次の木へ。
「今年は良いのが少ないなぁ」
「だな。一応一通り見つけたけどキタコレ! ってなるのが無いな」
お目当ての虫を一通り見つけたが観察するだけで時間は過ぎていく。
そろそろ山を一周するだろうか。小さな山なので一周するのにそれほど時間はかからない。
「今年は飼うに値する虫ちゃんは居ないかな〜」
懐中電灯で照らして確認。居ない。懐中電灯で照らして確認。コクワガタ。
今年はハズレなのだろうか……。いや! 蛍の時も最後の最後で居たからどうにか!
てなわけで頼みの綱、毎年必ずと言っていいほど何がが付いている木へ。しかしこの木にもいいのがいるかどうか……。
四人でその木を懐中電灯で照らし……結果は居なかった。正確にはコクワガタやカナブンは居たがお目当ての虫は付いておらず。
今のところオレの虫カゴには途中で捕まえていたそこそこのサイズのヒラタクワガタメスしか入っていない。
宇多くんは赤カブが気に入ったのかそれを飼うらしい。鉄矢と高木に至っては何も虫カゴには入れていなかった。
「あ〜、ダメか」
「今日は運が無かったな。また違う日に来るか?」
なんて会話をしながらその木を離れようと
ーーブウゥゥゥゥゥン
確かに聞こえた羽音。しかもコレは甲虫の羽音だ。再びオレはその木を照らしてーー
「おったぁぁぁ!!」
懐中電灯によって照らし出されたのは黒く輝く甲虫。近づき、そこにとどまっていたのはヒラタクワガタだった。しかもかやり大きい!
「「でか!」」
「コレすごく大きいね!」
捕まえてとりあえずノギスでサイズを測る。サイズは……
「七十五ミリ! バカデカイやんこのヒラタクワガタ! 親父に自慢しよ〜」
野生でここまで大きいヒラタクワガタは今まで見たことがなかった。
ヒラタクワガタは交尾をさせる時以外はオスメス混同させるのはあまりよくないので迷わず予備の虫カゴへ。
いいオスが見つからなければメスの方は逃がすつもりだったが思いがけずヒラタクワガタのペアが出来てしまった。
「やったぁ! 最後の最後で来たぁ!」
一応見つけた人が最初に所有権を得るのでこのヒラタクワガタはオレの物に。
この収穫は正直かなり嬉しい。オレの今までの虫取り歴史に刻まれるレベルだ。
「羨ましいな咲都。それはかなり価値あるぞ」
「ほんまやわ。それは裏山」
「良かったね咲都くん!」
最高の気分に浸りながら自転車を止めている公園まで戻る。
鉄矢と高木は知らんが宇多くんは赤カブを手に入れられて満足気だ。喜んでくれているので連れてきて良かった。
「じゃあ解散かな。宇多くん帰り道分かる?」
「ああ、ほなオレ途中まで送って行くわ」
てなわけで高木と宇多くんは方向が違うので別れる現地解散に。
「今回はオレは何も捕まえてないけど宇多くんは喜んでたし良かったな」
「だな。オレもハッピーだし」
本当に嬉しすぎてニヤニヤが止まらない。
「ほんと羨ましい……。で飼うんだろ? いつもの事だが名前つけるのか?」
「当たり前だろ。ん〜……ヒラタクワガタだから平っていう字二つで『ひらたいら』だな」
「……マジかよお前。ネーミングセンス相変わらずだな。でメスの方は?」
「ペアで苗字が平平だよ。下はそのままメスとオスだな」
少し間が空いた後、鉄矢は静かに
「マジかよ」
それだけ言った。
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