二章 4 『晴香様〜!』

 二章 4 『晴香様〜!』




 ふぅ……。

 またまた結論から言うとオレは見事に一撃で粉砕されていた。

 相手の思考回路はアホのそれだ。ワンチャンあるかもしれない、と思った過去の自分が憎い。

 昨日といい今日といい反省ばかりしているような。


 ーー叫びながら突撃したオレは見事に飛び蹴りを鬼野郎の股間に命中……させることは出来ずかわされる。そしてかわされた直後に左脇腹に棍棒のようなもので一撃をモロにくらった。


「オエッ! ゴホッゴホッ」


 直撃した。骨も何本か折られたかもしれない……折れたことないし分からないが。

 コレはかなり痛い。口から血が出てきた。声がうまく出せない。


「人間は弱いし脆いな。でも美味しい……ジュル」


 吐血してるオレに食い意地全開かよ……。


「じゃあそろそろ食おうかな〜どこから食ってやろうか」


 ーーヤバいヤバいヤバい! その一言で、一瞬で自分に死が近づいているのを感じた。

 腹が痛すぎて動けない。コレは確実に食われる……。

 鬼の左腕に右腕を掴まれ顔が近づき、鋭い歯の並んだ口が開かれ……


「咲都!!!」


 ーーオレの名前を呼ぶ晴香の叫び声がした。

 瞬間、光の弾のようなものが数発、鬼の身体を貫く!


「うぅ! 痛ぇ!」


 タイミング完璧ですわ晴香さん!

 もろに光の弾を浴びた鬼が痛みに耐えきれずオレを離し地面に倒れ転がり回る。


「どうして低級の鬼が一体でコッチの世界に……。咲都、すぐ片付けるから死ぬんじゃないわよ!」


 晴香がそう叫ぶと両手に持たれた銃だろうか。それを発光させ鬼の方へ銃口を向ける。

 そして銃口から放たれた光の弾がまたしても数発、鬼を貫く!


「痛ぇ痛ぇ! 死んじまうだろ! オメェも食ってやる!」


 鬼は近くに落としていた棍棒を拾い上げ晴香に突進していく。迫り来る鬼を見つめて晴香は銃を撃つのを止める。


「晴香避けろ!」


 声を張り上げて叫ぶ。その反動で身体が痛むがそんなこと気にしていられる状況じゃない。


 ーー突進する鬼が棍棒を振り上げそして振り下ろし直撃する! 瞬間、紙一重で自分に振り下ろされる圧倒的な力を華麗にかわし晴香は上空へ飛翔する。

 晴香は頭を地面に向ける形で鬼の頭上を飛び過ぎていく。

 圧倒された鬼が少し遅れて晴香に視線を合わせる。

 鬼の頭上、そして背後。振り向いた鬼の目と晴香の目が一線で結ばれるーー否、鬼の目と晴香の両手に持たれた銃口が一線で結ばれる。


「最後の二発!」


 そう晴香が言い終えたと同時、銃口が発光し光の弾が鬼の頭部を貫いていた。

 鬼はその場で崩れ落ちあれだけ光の弾を撃ち込まれても動いていた体ももうピクリとも動かなくなった。


「か……かっけぇ!」


 それしか言葉が出てこないほど最後は男心をくすぐるカッコよさだった。

 死んだと思われる鬼が黒い光の粒のようなものになり中空へ消散していく。


「はぁ……さすがに低級の鬼だったし私でも楽勝で倒せたわね。咲都、治すから殴られたとこ直接見せて」


 地面に一回転する形で着地した晴香は鬼オレに駆け寄りながらそう言う。華麗な一回転だった。

 そういや殴られて多分骨が何本か折れているんだった……多分。口から血も出てきてたし。

 ん? 制服を脱ぎながら違和感が。今はあまり痛くないような……。

 傷を見てみるとなんかいつも見る自分の体とさして変わらないような?


「え⁉︎ あんたあの棍棒で殴られたんじゃなかったの⁉︎ 口から血も出てるけど……傷が治ってる……?」


「いや、殴られたけど今痛くないんです」


 そう痛くない。口元についていた血は健在だが何故か傷がないし体も痛くない。

 吐血もしたし内症、外傷ともに覚悟はしていた。が、その想像していた傷は見事に無くなっていた。


「あんたもしかして再生力持ちなの? でも昨日は治ってなかったし、私が魔法で治したいわよね? 瞳姉と同じで吸血鬼のハーフなのかな? でもそんな感じじゃないような……まあとにかく無事でよかったわ」


 そう、オレはまだ何とのハーフなのか分かっていない。


「……まぁまず助けてくれてありがとう。マジで晴香様々ですわ。てかさ、もしかしてさここまで走って逃げてこない方がよかった?」


 オレを助けに来た晴香は追いかけて走ってきたのだろうか。少し息が切れていた。


「ってそうよ! 校舎の中から咲都とあの鬼を見つけて校門に急いで行ってみたら走って逃げて行くし! 足が速い人を追いかけるこっちの身にもなって欲しいわよ。追いついたら追いついたで鬼に捕まって食べられそうになってるし……でもほんと無事でよかったわ」


 やっぱりそうでしたか。あの状況に一人置かれて焦っていたので逃げる、という事しか思いつかなかったが晴香を見つけて合流すべきだった。それがやはり最善手だったらしい。

 でもほんとあの状況じゃ走って逃げるしか出来なかったよな……。


 気がつくと世界は当たり前のごとく時を刻んでいた。自然の音も耳に届いている。

 気づいたら元通りなんてなんか気にくわないな。いきなり巻き込まれて終わる時は勝手に終わるとかただの迷惑だ。


 晴れた空から降り注ぐ日差しが眩しい。

 まったくこんなに天気がいいのに昨日の今日でこの有様なんてとんだ仕打ちだ……? いい天気? いい天気!

 腕時計に目をやると時刻は十時二十分をまわっていた。バイトは十一時からだ。幸い近いところなので十分もあれば余裕で間に合うがそれまでに帰って昼ごはんを食べてなどしなくてはならないことが多い。


「咲都、今日ちょっとこの後時間ある? あるなら少し話したい事があるんだけど……ってどうしたの腕時計ジッと見て?」


「急いで家帰って昼ごはん食ってバイト! 悪い、そんなわけで走って先に帰るわ!」


 そう言い残すとオレは帰宅すべく走り出す。


「ちょ、ちょっと咲都〜! バイト終わったら連絡してねー!」


「おう! 忘れてなかったら連絡するわ」


「多分って、それぐらい覚えときなさいよ〜!」


 後ろにいる晴香に何とか言い残し走り去る。

 走りながら思うことはもちろんさっきのことだ。

 どうして昨日の今日で巻き込まれてなきゃならんのだ。オレにだって予定はあるのになぁ。ほんとタイミングが悪い。




 ーーこれだけ色々あって疲れたんだ。今日は天気もいいんだ。頼むから、頼むからバイト先に美人のお姉さんがお客さんとして来てくれ……と涙ぐみながらオレは家に急いで帰る。

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