一章 4 『わけわかめ、いみとろろ』

 一章 4 『わけわかめ、いみとろろ』




 ーー結論から言うと、死にはしなかった。

 そのかわりと言っていいのだろうか。突然の爆風によって真後ろにおもいっきり吹き飛ばされ、門の壁にその勢いのまま激突した。


 それはまさしく一瞬の出来事だった。

 人狼の背後から人影が現れ空を舞い、人狼を飛び越えたとたん、何かが破裂するような爆音がし、その音とともに発生した衝撃が人狼を巻き込み、地面をえぐる。そしてその衝撃に巻き込まれたオレは後ろに吹き飛ばされた。

 飛ばされるまでのほんの一瞬、垣間見えたのはそんな光景だった。


 壁にぶつかった背中がやはり痛い。しかし眼前に迫っていた死をまのがれたのは事実だ。

 何度も自分で確認する。これは確かに夢なんかじゃない。ここにきてようやく、痛みによって整理がついてきた気がする。現実なんだと。

 右腕の方はやはり感覚が……いや、無くなっているのは感覚だけではなく右腕その物もだ。

 痛みが無くなってきているのはアドレナリンとかなんとかのせいか? それともおかしくなってきているのか。


 オレを吹き飛ばした衝撃を生んだであろう人影が口を開く。


「ふぅ、なんとか間に合っ……間に合ったよね?」


 この聞き慣れたお姉さんボイスは瞳姉!


「あちゃー、腕が吹っ飛んでるねコレ。こりゃ痛いね……痛そう。時間稼ぐから晴香、その間に治してあげて」


「わかった。お願い瞳姉」


 未だ事態をあまり飲み込めていないオレを置いて話は進む。

 なんなんださっきの衝撃は。瞳姉があの衝撃を生んで、人狼ごと地面をえぐったのかよ。てかなんで瞳姉がここにいるんだよ。

 痛みという感情が薄れていくのをいいことにオレの性格の良くない部分が出始める。焦ったり追い込まれた時、物事を考えすぎてしまう。


「瞳姉がどうしてここに……てか今のなんなんだよ!」


 思わず叫んでしまった。そのせいでまた忘れかけていた腕の痛みが、打った背中の痛みがぶり返す。


「いいから下がってて。シリウスはこの程度の攻撃だったらなんとも無いはずだし」


 いやいや、今の破裂、衝撃でなんともないわけ……


「痛ってーな! 誰だオレの頭を小突いてくれたのは!」


 えぇ……マジかよ。ピンピンしてやがるあの人狼。

 てか小突くなんてレベルじゃないだろあの衝撃波は。脳天粉砕されるわ普通。

 その大柄で白銀の体毛に覆われてる人狼は瞳姉を睨みつけながら鋭い牙を鳴らし、唸るように口を開く。


「おいおい……とんだ野郎と出くわしたもんだなこりゃ。吸血鬼の、あ……名前忘れた。お前ら吸血鬼はオレらの宿敵だがこの際そんなことはどうでもいい……。人間側に下った反逆者が! 今までどこでなにをしていた!」


「怠惰を貪ってた」


 即答かよ。

 しかも予想だにしないまさかの回答だった。

 いやまてまて、吸血鬼ってなんだよ。ファンタジーとかでよくある単語じゃないですか。ここは現実……なんだよな?

 痛みは本物。目の前の惨劇も本物。てことは人狼もやはり本物。現実と非現実が頭の中でゴッチャゴチャに……脳が追いつかなくなってきた。


「ーーってのはさすがに冗談だけど。なにしてようが私のかってでしょ。それに野郎でもないし。こんな可憐な乙女そんなにいないでしょ。私が吸血鬼なのは半分だけだし、自分の欲求を満たすためだけに人や獣の血を吸うアイツらなんかと一緒にしないでほしいな〜。ちなみに今は佐野瞳って名乗ってるこらそこんとこ……よろしく!」


 そのセリフが開戦の合図だったのか瞳姉が言い終えた瞬間、あたり一面が破裂音のような轟音に包まれる。

 やはり普通では聞きなれない単語が一つ、確実に脳に入り込んできた。そう、『吸血鬼』という言葉が。しかもその言葉は瞳姉のことを指しているようだった。


「なんなんだよあれ! 瞳姉が空に浮いてるし何がどうなってんのかさっぱりだよ!」


 鳴り響く轟音の中、春香に聞こえるよう必死に叫ぶ。

 そう、瞳姉は宙に浮いているのだ。そして人狼の周りには破裂、破裂、破裂。次から次へと瞳姉の周りから地面に向かって音の正体であろう何か、が降り注いでいる。瞳姉はポケットに両手を突っ込んでいるだけなのにだ。


「そりゃ瞳姉は四分の一天族でもあるから空ぐらい飛べるわ。瞳姉の本気は私も見た事ないけどかなり強いわよ……色々な二つ名つけられてるみたいだしね。ってそれより! 右腕の傷早く見せて!」


 そうだった。オレの右腕は今現在、ほとんど吹っ飛んでいたんだった。忘れていた痛みがまたしても少しぶり返す。

 意識を保てているのが自分でも不思議でならない。


「かなり酷い傷だけど綺麗に切れてるしこれなら私の『治癒魔法』でもなんとか出来るかも。時間があまりないから少し荒くなるかも知れないけど我慢してね」


 おい今なんと? 魔法がどうとかなんとか聞こえた気がしたんだが……。

 ああ、これは駄目だ。脳が、またしても脳が追いつかない。

 瞳姉が起こしているであろう破裂の勢いはますます激しくなり、それとともに破裂音もより大きく、激しくなっていく。

 目の前に広がる光景、現実。体の痛み、現実。

 これはアレだ。オレが妄想では大好きな

、ぞくに言う非現実に巻き込まれてしまったパターンだ。

 頭ではその事実をやはり理解出来かねない。オレの平和への執着心がこの結論を否定しようとしているがしかし、それ以外に可能性が、答えが見つからない……。


「ちょっと荒くなるかもしれないけどじっとしててね」


 必死に眼前の事態を処理しようとしているオレに晴香が耳元で優しく、それでいて強く聞こえるように言う。

 オレの体に近づいた晴香の手から緑色の淡い光がゆっくりと伸びてくる。暖かいゆっくりした光で何故か気分が落ち着く感じがした。


「痛ってぇぇぇぇぇぇ!!!!!!」


 落ち着く感じなんて気のせいだった。

 光が腕の傷口に触れた瞬間に忘れかけていた最大の痛みが、岩に打ち付けられる波のように一気に押し寄せる。

 ーーそして一瞬、心臓の鼓動がドクンと跳ね上がる様な感覚を覚えた。


「荒くなるって言ったでしょ! いいからじっとしてて! 動くともっと痛くなるわよ」


 その言葉を聞いて必死に痛みに堪え、体を動かさないよう耐えに耐える。

 しかしかなり無茶な事だ。いっておくがこの痛みは今まで体験したことのない痛みだ。例えるなら……例えが見つからないぐらい痛い。


 とてつもなく痛い。痛いは痛いが、人狼の爪によってえぐられていた右腕腕の傷がジュウゥゥゥとか、シュウゥゥゥとか何かが焼けるような音を立てながら治っていく。そう、再生していっているのだ。

 不思議なものだ。本当に魔法とかなのかよ。でもこんな事はオレの知っている限りの医術ではあり得ない。


 てことは瞳姉が行なっているであろう攻撃、破裂音の数々も魔法関係のなにかなのか。

 ……マジで頭がパンクしそうだ。


 ーーあぁ、そうかとうとうオレはここで死ぬのか……なんてついさっき思っていたのが嘘のようだ。


 オレにとって『三本目 』の腕が、何故か生えてきている……。

 まあ一本目、二本目はもとから誰でも生えているが、三本目が生えてくる人間なんてあまりいないだろう。それもこんなにすぐに生えてくるなんて有り得ない。

 切断された右腕が回復していくのが、まさに目に見えてわかる。


 痛みもだんだんと引いてきたような気がしてきた。

 やはりオレにとっての有り得ない事が現実に。俗に言う非現実が目の前に広がりそして、生えてきている三本目の腕が痛みの回復に続き、物理的に非現実を訴えてきている。

 もう脳が追いつかん。まさにパンクしてしまいそうだ。


 ーーそれにしても物凄い破裂音、そして衝撃が体を震わせる。

 あぁ、これは確実にあれだ。変な事に巻き込まれてしまった。いや、まだ分からん。やはり諦めがつかない。

 オレの妄想やもしれないーーなんて淡い期待が脳をよぎる……そして過ぎ去っていく。


 ーー拝啓、数時間前オレ。いかがお過ごしでしょうか。いや、いかがと言うか何というか……えぇ。お前はまたしょうもない妄想でもしていたことでしょう。

 どうしてこんな事になってしまったんでしょうか。平和が欲しい私の目の前に今、非現実が広がっております。寝坊したからいけなかったのでしょうか。勉強をしておけばよかったのでしょうか。家に帰ってアニメを見とうございます。


 こういうことは妄想の世界だけにしていて欲しかった。

 望んだ事が無いかと言われれば絶対に無いとは言い切れない。がしかしだ、オレの平和が、平凡な日常が崩れる音が脳内に現在進行で響いている。


 こういう非現実に巻き込まれれば、多分無かったなんて事にはならないのだろう。むしろ飲み込まれていくのがアニメや漫画では定石というやつだ。

 あぁ、なんか感情が爆発しそうだ。


 気づくと感情のほとんどを支配していた痛みも無くなっている。

 やはり非現実だなこれは……いや実際に起こっているから現実か。今まさに目の前で非現実は現実になってしまったのか……。

 おかしい。おかしすぎる! やはりこの状況をすぐに納得出来るほど、オレの頭は良くないようだ。

 普段妄想や大好きな二次元ではこういう事はよくあるのに……。


 声を発しても誰にも届かないような爆音が鳴り響き、目の前では相変わらずの衝撃が繰り広げられている。

 現実に起こってしまったこの状況。どうにもならないと半分確信を持ちつつも自分自身を保つためにも声を張り上げて叫ぶ。


「オレの……頼むからオレの妄想であってくれ!!!」




 と、虚しい叫びは目の前に起こる爆音でもはや自分にもほとんど届かなかった。

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