一章 3 『触れてしまった異世界』

 一章 3 『触れてしまった異世界』




「はっ……? えっ……?」

 テストの時に見た夢に続き、違和感が体を支配する。いきなりの静寂が、景色の停止がやってきたのだ。


 順序としてはこうだった。

 門をくぐった瞬間に風によって作られていた周りの音が一瞬にして消えさり、無音の世界に。

 そして枝から離れて宙をまって地に着くはずだった青葉が目の前、宙で数枚がその地に落ちる運命を停止している。

 そう、音が無くなり周りの時間が停止しているようだった。否、音は完全には無くなってはいなかった。なにせ自分が発した音、声は確かに耳に届いている。


「イヤイヤイヤ……何これ……。音消えたし景色動いて無いし……意味わかんねぇ」


 思った事をそのまま口に出すことしか出来ない自分がいる。というかこれは、この状況では仕方がないだろう。意味が分からなさすぎる。思考回路が目の前の事態に追いついていないのが自分でもよく分かる。

 目の前には起こるはずのない事が、確かに現実として起こってしまっている。

 この有り得ないであろう状況が現実で起こってしまっている、と理解しつつあり得ないものは有り得ない、と否定する自分がいる。

たどり着いた結論は、


「ハハァーン。これは……夢かな」


 最終結論は目の前の事態を否定する自分が勝ち、やはり現実ではあり得ないという事で頭の中の処理が終わり夢だ、という判断を下す。

 多分今はあのよく分からなかった夢の続きなのだろう。

 起きたと思っていたオレはまだ夢の中。途中で夢が切り替わったのだろうと考えた。

 にしてもやけに現実味があるような……いや、そんなわけがない。こんなこと、オレの妄想や夢の中以外で起こってたまるか。

 これが夢という事はやはりまだオレはテスト中なのか?

 よく分からない夢を見て起きて時間が止まるという夢……。自分でもよく分からなくなってきた。

 だがしかし、オレは夢を夢と判断すればある程度、夢の中でも好き勝手できる。妄想のし過ぎである日から出来るようになった、と思っている無駄な技だ。

 いや、自分で言うのもなんだがエッチい夢を夢だ、と判断できた時のオレの無双っぷりを考えると案外無駄な技でも無いような……っといけないいけない。今はそんなアホな事を考えている場合ではない……が


「って事はまだ夢の外はテスト中なのか。チャイム鳴るまで適当にブラブラしとくか」


 時間が停止する夢なんて滅多に見れるものでもないな。これは夢だとしてもかなりラッキーかも知れない。

 行き着くところはまさに一つ。これはまさしく、


「パンツ見放題じゃね⁉︎」


 おっと待てよオレ! それ以上の事も出来てしまうではないか! 夢の中だし犯罪にもならない!

 早速学校に戻ってスカートの中を下から……なんて事を考えながら、来た道を戻ろうと振り向く寸前、


「咲都! どうしてあんたがこの空間にいるの⁉︎」


「うおっ!」


 うおっ! ビックリした……。後ろからいきなり話しかけられ勢いのまま振り返ると、またしてもそこには少し息を切らした晴香がいた。

 本日二度目の、それも夢の中で二度晴香に驚かされてしまった。ここは一つ、イカした言葉でも返してやろうか。


「いや気づいたらここにいてな……妄想が遂に身を結び時間停止という一つのオレの夢を実現させたのさ! まあ夢の中だけどな。オレの夢だけに……」


「えっ⁉︎ 遂に妄想が身を結んだのね! ……って何言ってんの咲都。しかも最後たいしてうまくないし」


 うるせーよ。夢の中でも的確にツッコんできやがる。まあ、少し乗ってくれたのはちょっと嬉しかったけど。

 ていうか今気づいたが何で晴香は動いてやがるんだ。オレしか動けないだろうなグヘヘなんて思っていたのに。

 これじゃあ時間停止中の夢の中でスカートを覗く。あるいはそれ以上……という男なら誰もが夢を見る行為が出来ないじゃないか!  夢の中なんだしそれぐらいさせてくれてもいいのにな……。


「ていうかほんとなんでここに咲都がいるのよ。いや、でも動いてるってことは……」


 いやなんでとか言われてもここオレの夢の中なんですけどねぇ……ええ。


「まさかあんたも……」


 ーー晴香がなにかをオレに伝えようとした瞬間、その声をかき消す轟音が背後から耳に届く。振り向くとその轟音とともに目の前、数メートル先の地面から黒い渦が現れその渦の中心から何か、が姿を現し始めた。


「なんだありゃ? ウニョウニョと……うんこか? にしては何も無いところから出てくるな。しかもデカくね?」


 何て軽口を叩いていられるのは一瞬だった。ほんとうになんなんだあれは。

 身の毛がよだち、全身が凍りつくような感覚に襲われる。これはほんとうに夢なのか。感覚がリアルすぎて少し気持ち悪くなってきた。


「あれはうんこなんかじゃない」


 ……真顔で何を言ってるんだ晴香のヤツは。一応花の女子高生だぞお前は。自覚しろよ。なんてツッコみはもちろん出来ない。明らかに普通じゃありえない、そんな空気を『現れた何か』は放っていた。


 そうこう考えているうちに黒い渦から何か、がそのとてつもない威圧感とともに全貌を現した。

 全身は白銀の毛で覆われており狼の様な顔。まるでアニメや小説に出てくる人狼のような……コスプレか? そして大柄な人間よりもさらに一回り、大きい体格をしている。


「誰だ……このオレをうんこ呼ばわりしたクソ野朗は!」


 うんこだけにクソ野朗ってか。なかなかうまいな……何もうまくねぇよ! ……いやいや、この低レベルな下ネタから離れなくては。オレはもう高校生になったのだから。

 目の前の生物なのだろうか。が発した一言から少し間が空き、続いて晴香が声を発する。


「あの体高に白銀の体毛。そして喋り方といい……やつはもう一つの世界の特級排除対象『三喰者』人狼シリウス。マズイわね」


 ほんと夢の中だけど晴香は何を言ってるんだ。どう見たってコスプレだろこれは。言葉喋ってるし……いや、人狼って字には人って漢字がついてるぐらいだから言葉喋っててもおかしくはないのか?


 にしても地面からのあの登場。夢だから仕方ないと言えば仕方ないがあんな所に穴なんて無い。あるはずか無い。一ヶ月近くこの道を行き帰りに通い続けていたオレの記憶が証明している。あんな演出現実で出来るわけない。

 再度オレは思案しやはりこれは


「やっぱ夢だな」


 という口に出した結論に結局落ち着く。

 なんか色々とめんどくさくなってきたしそろそろ起きたくなってきた。というか目覚めてくれ寝てるオレ!

 ……起きそうにないしもう少し遊んでおくか。

 その威圧感に少しビビりながらもオレは言ってやる。


「いや〜、よく出来た人狼のコスっすね。特にその顔なんか。でもこれオレの夢なんですよ。いくら夢でもなんか疲れてきたんでそろそろ起きたいんですよね〜。てことでごめんなさい。また別の機会に出てきてください」


 夢の中でもあくまで大人の対応。さあそろそろ目覚めよオレ! ……おーいどうなってんだこれ。


「あぁ? コス? なに訳わかんねぇこと言ってんだお前」


 ……オレの夢の中のモブのくせになんだこの言い草は。

 というかこの耳に響くような人狼コスの低い声……何処かで聞いたことがあるような……。何処だっけ?


「ここは夢なんかじゃないわ咲都! ていうか早く逃げて! 特級なんて対象に私がしのげるかどうか……」


 夢じゃないだと? そんなバカな話があるか。じゃあこの目の前で起こっているとんでも不思議現象、の数々はどう説明をつける気だ。夢という形でしか対処できないたろ。


「雑魚が一、二……どうせだしどっちも食ってやるか」


 ーー雑魚。たった一言、この単語を聞いていつこの声を聞いていたのか。その記憶が蘇っていく。

 そう、この声は夢の中で見た夢、一度目の夢と言えばいいのだろうか。……あの胸糞悪い嫌な夢。腕が吹っ飛んでいたという記憶が蘇ってきた。

 思い出してしまった途端に体が震え、悪寒がしてきた。

 そして目の前に依然として佇む人狼は、鋭利な牙が並んだ口を開き声を発する。


「というか……しのぐもクソもねーんだよ雑魚が」


 鈍く、低い脳に響くような声がした瞬間、視界の中から白銀の塊が消え、ザクッという音とともに何かが宙を舞い地面に落ちる。


 ……やはりといっていいのだろうか、右腕に違和感を覚え腕を動かそうとするがその腕が無くなっているような感覚に陥る。

 ーーまさかと思い目視で確認しその瞬間、腕が無いという情報が脳を支配する。

 そしてさっき宙を舞い地に落ちたのは自分の、オレの右腕だったという事が分かり瞬間、次は痛みが感情を支配していく。

 そしてその痛みは今、現実に起こっている衝撃としてオレを襲っていた。


「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!」


「咲都!!!!!!」


 ーーヤバいヤバいヤバい!

 痛い、痛すぎる! この痛さは確実に現実、事実だ!

 なんだよこれ! 晴香の言う通り夢じゃ、本当に夢じゃないのかよ!

 無くなった腕がついていた右肩から先、二の腕にあたる少しに残っている部分から生暖かい赤い液体、血が流れ出て地面を赤黒く染め始めている。


 オレを襲っている痛さが、血に触れた時の生暖かさが現実を、夢じゃない事を証明している。

 これが夢じゃないってことはオレは死ぬんじゃないか、という感情が痛さの上を行き始める。


「あっちの女も俺からすりゃ雑魚だがお前が一番非力だな。この世は所詮弱肉強食ってな。まぁここはオレが住む世界じゃねーが」


 何言ってんだこいつは。

 それよりマジで腕が痛い。痛すぎる。なんかボーッとしてきたし何故か痛さが薄くなってきた気がし始める。これってマジでヤバいんじゃ……。

 ふと視界に入った人狼の右腕。鋭利な爪に滴る血。てことはあの血はオレの血か。あぁ、あの爪がオレの右腕をえぐったのか。

 思考は短絡的になり、目の前で起こった出来事をあまり整理できない。

 目の前にオレの右腕をえぐったであろう爪が近づいてくる。


「じゃあなにいちゃん」


 ああ、ああ、あぁ、ーーマジかよ。

 痛みが、右腕に起きている痛みの元がオレの首を狙って振り下ろされる。


 あぁ、そうか。こんなよく分からない形で……




 これ、オレ……死んだ。

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