一章 5 『一難去って巻き込まれヤツー』

 一章 5 『一難去って巻き込まれヤツー』




 人狼と瞳姉の戦いはまるで、大迫力の戦闘物映画のように、目の前で繰り広げられていた。

 だが戦いというには少し誤解があるかもしれない。

 瞳姉が一方的に空中から何か、を撃ち下ろし、人狼を滅多打ちにしていた。

 人狼の方は腕を頭上で組み、受け身をとっているのだろうか。

 受け身の形はとっているが、攻撃を受けている振動で足元の地面がだんだんと沈んでいっている。


 ものすごい猛攻だ。まるで反撃させまいとするように、次々と何かが撃ち下ろされ衝撃が人狼を飲み込んでいく。こちらにもかなり衝撃が伝わってくる。


「くあぁぁ! 痛ぇ! くそっ、マジでとんだヤツにでくわしちまった……。しかし本気じゃねぇな? 舐めてやがるのか吸血鬼野郎が!」


「だから野郎でもないし吸血鬼って呼ばないでって言ってんでしょクソ狼が! 時間稼ぎなんだから本気なんて出すわけ無いでしょ。せいぜいアンタに攻撃させなきゃいいだけなんだから」


 あの轟音、衝撃で本気じゃないのかよ……。


 ーーそういえばぶった切れていたオレの右腕は、瞳姉の猛攻を外側から観戦しているうちに、春香の魔法によっていつのまにかほとんど完治していた。


「どう晴香? 咲都の取れてた腕治りそう? そろそろ疲れてきたんだけど……」


「うん、もう少しで……よし治った! いいわよ瞳姉。最大威力ブチかましてやって!」


 そう晴香が言い終え、それに答えるように瞳姉が頷く。

 すげぇ。見るも無残に切断されていた右腕は、完全に元の体に繋がっている健康な右腕に戻っていた。

 腕を動かし、指を動かし……違和感は無し。

 これが魔法というやつなのか……。


「ーーだってさ。治ったって言ってるしそろそろ終わりにさせてもらうわね。一発、キツイのアンタにお見舞いしてあげるわ。まぁ、死にはしないんでしょうけどねぇ」


 さっきまでの攻撃でもかなりの破裂音、衝撃だったのにそれよりも凄いのがあるのか。いったい瞳姉は何者なんだ……なんて事を考えるしか出来ないオレ。


「おいおい待てって! 今日はお前とやりあうつもりなんて毛頭無いっての! かなり久しぶりのコッチの世界で『適応』もまだ完全に済んでないしな。今お前の本気なんて食らったらひとたまりもねぇよ。またの機会にしようや」


「知らないわよそんなこと。第一適応がまだなら今はただのカモじゃない。いい機会だわ……砕け散れこのクソ狼が!」


 そう瞳姉が言い終えると同時に攻撃が止み、瞳姉の周りが虹色にキラキラと輝きだす。

 さすがに人狼もマズい、と感じたのだろうか。顔が少し青ざめている気がする。


「これはヤバいな……あっ、ーーあんなところに美人な女子高生が百合百合してるぞ!」


「えっ⁉︎ どこどこ!」


 人狼の一言に瞳姉の周りの輝きが失われる。キョロキョロと辺りを見回す瞳姉。

 おいおいおい、あるわけないだろそんなこと……。瞳姉が百合大好きなのは知っているがそんな初歩的な罠に引っかかるやつがあるかよ。

 ……オレもちょっとだけ目で探してしまったが。


 瞳姉が百合に惹かれて辺りを見回している一瞬の間に、人狼は黒い渦をまといどこかへと消えてしまった。


「何してるのよ瞳姉! 三喰者の一角を葬れたかもしれない千載一遇のチャンスだったのに! アッチに帰っちゃったじゃない!」


「……テヘペロ☆」


 テヘペロじゃねぇよ。言葉の選択が古いんだよ。




 こうしてよくわからなかった事態は瞳姉のテヘペロ、で一幕を閉じた。


 ーーそんなことよりもだ、何が起こっていたのか、イマイチまだ収集がオレの中ではついていない。

 終わってしまえば一瞬だった目の前で繰り広げられていたあの出来事はいったいなんだったのか……。

 人狼やら吸血鬼、そしてなにより魔法とか。


 ふと気づけば、時間は当然のごとく動き出しており、風によって枝から離れた青葉は空を舞って地に落ちていた。

 瞳姉の猛攻によってえぐれていた地面も綺麗に元通りに。景色も、空には雲が流れ、風によって揺れる木々の音がする。


 一つだけオレに理解できた事は、今の今まで目の前で繰り広げられていた非現実の数々が、現実だったという事。夢の世界なんかじゃなく、この世で起こっていた事だったという事ぐらいだった。

 信じたくない。信じたくはないが、これがオレに理解できた唯一の物事だった。

 オレの欲していた平和が崩れ去っていくのが脳内で一番確かになった瞬間だった。


「ーー晴香、瞳姉! 今の今まで起こってたのがなんなのか説明してくれ! さっきまでのが夢じゃないのは分かったけどそれ以外は何が何だか……。考えても何もわかんねぇよ!」


 少し間は空いてしまったが、晴香と瞳姉に事の説明を求める。ちょっと怒鳴るようなかたちにはなってしまったが感情を抑えきれなかった。


「瞳姉……説明するしかないよね」


「……分かったわ。心配しなくても巻き込まれたからには怒鳴らないでもちゃんと説明してあげるし安心して。ーーでもいいの? 怒鳴った勢いに任せて晴香の太もも触ってるけど……」


「「えっ?」」


 どうやら勢いに任せて、隣に座って腕を直してくれていた晴香の太ももに手を置いてしまっていたらしい。

 これは……ラッキースケベ!!!


 ……ムニッムニッ


「なに触って……しかもどさくさに紛れてなんで揉んでんのよ! この変態咲都が!」


 ドスッ!


「グエェッ……」


 腹パンを食らってしまった。痛ぇ。

 まあ今の状況ならどうせ触ってしまっていたんだ。殴られるのは目に見えていたから手をどけるどころか揉み、その最高の感触を味わうのは男なら当然の選択だろう。

 我ながらいい判断だったと思う。

 瞳姉が苦笑いでオレを見ている。ありもしない百合に騙された人にそんな目で見られたくない、と言ってやりたいところだ。


「とりあえずちゃんと説明はするけどこんなところで話して関係無い人に聞かれるのもアレだし……一回家に帰ってご飯でも食べてからでいい? 時間も時間だし」


 時計の針は午前十一時五十分前を指していた。

 確かに寝坊して朝ごはんを食べていないので腹もかなり減ってきていた。ここは瞳姉の言う通り、一旦解散して昼ごはんを食べた後、再集合というのがいいだろう。


「じゃあそんな感じで。それじゃあまあ帰りますか……」



 こうしてオレ、晴香、瞳姉の三人、家の方向は同じなので揃って帰って行く。



「あっ……、ちょっとしたい事あるし先に走って帰るわ」


 と、言い残し瞳姉は途中で先に走って帰って行った。いつもの学校帰りと同じ絵になる。

 本当にさっきまでの事が現実だったのか、なおさら信じられなくなる。


「咲都、これから色々あると思うけど覚悟しといてね」


「えぇ……まぁ、はい」


 そんなこと言われると話しを聞きたく無くなってきたような……。


 ーーいつもと同じ帰り道を、いつもとは違う複雑な心境で家路についていた。

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